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【 編み物雑感 】
◆トラック運転手の僕。
一日置きに大量の毛糸を運んでいる。愛知県の毛織物工場宛ての貨物だ。
「商業貨物」はその物量が半端ない。「毛糸」と言っても20キロの包装で50袋ずつ。⇒1トン。
どんな製品になるのだろう。
◆本多勝一の「極限の民族」が愛読書だった小学生の頃の僕。
パプアニューギニアの、森の中で裸で暮らす人たちの、あのルポはとても面白かった。
文章はもちろんのこと、たくさんの写真が興味深くて、僕は、彼らがかぶっている「なにかの植物の糸で編んで作った帽子」をずっと見ていた。あれが不思議に印象に残っているのだ。
人は裸であっても、人は時間をかけて、自分のために、そして大切な誰かのために糸を紡いで「編み物」をするらしい。
◆毛糸玉を転がしてセーターを編む。
編んだセーターをほどいて湯気に当てる。
巻いてほどいて、巻いてほどいて。
一本の毛糸のあちらとこちらに、人がいる。
◆母も、元妻も、
僕に心のこもった手編みのセーターを作ってくれた。
細い細い毛糸でタートルネックの黒いセーター。
紺碧の海の、沖合いから寄せる柔らかい波のような、青くて太い毛糸のセーター。
秋の実りや、大地のおごそかさを想わせてくれる茶色いセーターはボートネックだ。
冬の蒼空から筋雲がふわりと舞い降りたような軽いニット帽ももらった。
人知れず編み棒を繰って、どれだけの時間と想いがそこに費やされたのだろうか。
編んでくれたひとを裏切るなんて、僕はクズですよ。
◆折しも2024パリ五輪が終わり、
「#編み物王子」がトレンドとなった。
イギリスの高飛び込みの選手=トーマス・デイリーくん。彼は自分のために競技の待ち時間に編み物。そして同性のパートナーのためには応援席で、彼はずっと編み物をしていたのだった。
前回の東京五輪の折にも、彼は笑顔で編み物をする写真報道で、世界中に有名になっていた。
彼ら夫夫は結婚をして、その家庭で子供も授かっている。なんとも楽しくて、新しい姿ではないか。
◆会社の同僚が手編みのセーターを着ていたので「それって、手編みだよね?」と訊いたら彼は有頂天の笑顔。
「で、おめえ自分で編んだのかよ?」と僕が続けたら、ものすごいふくれっ面になった(笑)
編み物には物語があるのだ。
編み物は人なのだ。
◆母は辺野古の海岸で機動隊に見張られながら編み物をしていた女でしたね。
「どうしてあなたはこんなにところで編み物をしているの?」と問われて彼女は答えた
「私の日常は誰にも奪われたくないのよ♪」。
なるほどだ。
◆本作、全編通してのナレーションが素晴らしく心地よい。格調のある詩的で文学的なフレーズが、画面に流れる。
そういえば「編纂」の語も、これは「言葉の編み物」の事だ。
◆マハトマ・ガンジーは、
「偉業」を成し遂げたあとも、彼は最貧層の衣をまとって糸車をまわした。有名な写真だ。
愛と命の YEAN は、温かさと思いやりの結晶だろう。
KEEP CALM
戦争や憎悪とは、まったく対極のものだ。
ナチスがアウシュビッツでやった震撼の「人毛による織物」を除いては。