劇場公開日 2018年9月1日

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「移動する映画」寝ても覚めても cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5移動する映画

2018年9月27日
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一番好きな映画、と訊かれたら、「ラブソング」と答える(ことにしている)。ピーター・チャン監督、マギー・チャン×レオン・ライ主演。公開当時、何の気なしに観たものの、心が激しくかき乱されながらも満たされた、あの衝撃と幸福感は今も忘れられない。濱口竜介監督の「寝ても覚めても」を観終えたとき、ふっと心に浮かんだのは「ラブソング」だった。
「ラブソング」は、とにかく移動する映画だ。(中国)大陸から香港、さらにアメリカ、アルゼンチン…と恋人たちは流れ、流され、すれ違いを重ねる。2人乗りの自転車で街を駆け抜け、かけがえのない面影を追って疾走する。
本作の2人(もしくは、3人)も、とにかくヨコ移動が多い。大阪から東京へ、東京から東北への行き来、そして再び大阪へ。その移動の全てを、彼らは道路を使って目的地へ向かう。飛行機や新幹線を使ってもおかしくない距離でさえ、あえて時間と手間を掛け、道をひたすら辿る。時には、無謀なほどの長い距離を黙々と歩く。景色が目前で移り行くぶん、心に浮かび移ろう思いも様々で、時に大きく揺らいだのではないか。そんな彼らの心情に、あれこれと思いを巡らした。
また、道は幾重にも広がり、分かれ、交差するぶん、「選び取る」「外れる」意味合いがより強いように思う。同じ道を、着実に進み往復する良平、ふっと外れて海に行き着く麦、まっしぐらに向かう朝子…と、時間を経て重なっていく中で、物語の初段では少し違和感のあったヨコ移動が、最後はここに行き着くのか、としみじみ合点した。
ヨコだけではない。タテの関係も随所に現れる。家の2階から、オフィスビルの上層階から、彼らは地上を見下ろし、大切な存在を視界に収めようとする。一方、思いがけない出会い(再会)は、見上げるところから始まる。見上げる、というのは、反射的で無防備な動きだ。そのくせ、重量に逆らうかのように、見下ろすよりも見上げる方が(望んでいなくても)思いは届く。見下ろすときの思いは、一途すぎて重たいのかもしれない。
中盤と最後に、2人は並んで目前の「下界」を見下ろす。ありふれた眺めが、2度目は全く違って見える。2人にも、映画の観客である私にも。そこに、スッと被さってくる音楽。…久々にすごいもの観ちゃったな、と熱がさめない幸せに、しばし浸った。思い出すほどに、今もじわじわと。今すぐ、は気力がないけれど、またいつか、今度は誰かと一緒に観てみたい。そして、互いのずれを味わい、感じ取りたいと思う。

cma