STOP

劇場公開日:

STOP

解説

「嘆きのピエタ」などで知られる韓国の鬼才キム・ギドクが、東日本大震災に伴う福島第一原発の事故を背景に、若き日本人夫婦の葛藤を描いた社会派ドラマ。キム・ギドク自らが来日して監督・撮影・照明・録音の全てをひとりで担当して完成させ、その衝撃的な内容が世界各地の映画祭で物議を醸した。2011年3月11日、東日本大震災が発生し、福島第一原発がメルトダウンを起こした。原発から5キロ圏内に住んでいた若い夫婦は東京に移住するが、妊娠中の妻は放射能が赤ん坊に与える影響に怯え、正気を保てなくなっていく。ある日、彼女の前に謎の役人が現われ、強引に中絶を迫る。写真家の夫は妻を安心させるため、かつてと変わらぬ美しい自然や動物たちを撮影しようと福島へ戻るが、そこで驚くべき光景を目の当たりにする。台湾でも活躍する俳優・中江翼と「3泊4日、5時の鐘」の堀夏子が主人公夫婦を演じる。

2017年製作/82分/韓国・日本合作
原題または英題:Stop
配給:Kim Kiduk Film、Allen Ai Film
劇場公開日:2017年5月13日

スタッフ・キャスト

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映画レビュー

0.5"違和感"

2021年2月18日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

興奮

エンドロールに入る瞬間、緊急地震速報の音が数回流れる嫌な感じ、全体的に煽っているようなジワジワくる暴力性に吐き気がする。

どの作品を観ても粗かったり大雑把で最終的に映画を撮るのが下手クソなイメージの反面、予測出来ない展開とおかしな人物描写が癖になるキム・ギドクの気狂いたる変態性!?

劇団員の舞台劇を見せられているような大袈裟に思える演技と過剰なまでの胡散臭さ加減、東京-福島間の微妙な距離感を何度も往復する違和感、そりゃ辛ラーメンはたまに食うけれど、サンダーであんな太い鉄の塊は切れないし、丸太の上で捌く鶏肉を御丁寧に串まで刺したり、やはり女性に対する暴力性はテープでぐるぐる巻放置に表れている。

異国、韓国ではない、おかしいのはキム・ギドクである変な感じ??

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万年 東一

2.0よくできた映画だ!

2017年7月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

単純

興奮

もちろん、標題は皮肉である。
この作品が大学の映研あたりで作ったものなら、立派なもんだ。
いかに外国人が撮ったとはいえ、キム・ギドクの視点は問題は投げかけてはいるものの、ユーモアやもうひとつ突っ込んだ描写もなく、物足りない。
大学の映研の学生がここまで撮ったとしたら評価はしたいが、曲がりなりにも国際的な映画賞も取った監督の作品としては拙いできだろう。
東京から横浜まで往復で1300円、チケットも当日料金1800円で払ってまで見る作品ではないなあ。
ヒロイン=って感じではないけど=を演じる堀夏子という女優が高橋一生似なのがちと笑えるか。
あと、主人公の中江翼という役者も早稲田の理工学部卒っていうネット情報が正しければ、売れてないのに無駄に高学歴だって、本筋とは無関係のところで感心した次第。
それなりに出演者は熱演していたので、これを機に売れることを祈っておきたい。

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町谷東光

3.5キム・ギドク監督とは何者なのか。

2017年7月2日
iPhoneアプリから投稿

他の映画にも増して、監督と切り離して見ることは難しいのではないでしょうか。
日本人は絶対にこう表現できないと思いました。
問題をそのまま生でえぐり出してしまう荒々しさが、強烈です。キム・ギドク監督は、この生えぐりが特徴なのではないかと思いましたが、どうなんでしょうか。もう、ガシッと掴んだら離さない!どーなんだよ、これは!みたいな押し出しですね。
問題を包んでぼんやりと見せるという、障子の向こう的な日本人の手法とは真反対ですね。シンゴジラと好対照。
制作の制限からか、実際に事故を体験していた私たちから見たら、え?と思うことも最初は多々あって、違和感を感じながら見ていましたが、そんなの関係ねー、俺が言いたいことはこれだ、というものをバーーンと突き出されて、それを見ていくうちに、その違和感もいつの間にか消えていって、それではキム・ギドクさんは、何が言いたいのかしらという感じになっていきました。
そういう意味では、原発の映画というよりも、キム・ギドクとは何者かということが、よくわかる映画なのかも知れません。
この人の想像力はこうなるんだ、というラストが用意されています。ここには微かな希望の光もありますね。ドキュメンタリーとは違う創作映画の面白さがありました。

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yanako

4.0こびりついて離れない

2017年5月27日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

 世界的に有名な映画監督が韓国からひとりで日本に乗り込んできて、ひとりで映画のプロデュースからリクルートから撮影から演出から編集までをマルチでこなした作品が上映されるとあっては、観ない訳にはいかない。
 作品は粗っぽくというか、豪快に作られている。それはそうだろう、時間も予算も限られた状況での撮影だ。しかし役者の台詞の間違いや言い直しなどものともせず、ひたすらに本質に迫ろうとする姿勢がストレートに伝わってくる。東日本大震災による福島原発の被害は本当はどのようであったのか。だから我々も演技や撮影の粗探しをするよりも、作品のテーマの核心を観るようにした方がよい。

 原発から5キロ以内に住んでいて、当日被曝してしまった若い夫婦。避難の指示を受けて東京に避難するが、ある男の電話と訪問を受ける。政府関係者の男だ。政府関係者はこの男以外登場せず、この男が政府の姿勢を象徴する存在となっている。男は言う。原発は必要だ、胎児は堕胎しろ、黙って俺の言うことを聞け。
 妻はインターネットで見つけたチェルノブイリの奇形児の写真に怯え、堕胎しようとする。夫は自分たちは大丈夫、日本は大丈夫と、正常性バイアスだけを根拠に堕胎に反対する。そして妻を安心させるために福島の立入禁止区域に侵入して写真を撮る。
 およそ8か月間と推定される期間に夫は何度も福島に通う。そして夫が最後に見たものが、おそらくこの映画で一番印象に残る映像だ。映画を見終わっても、その映像が頭にこびりついて離れない。

 終映後に出演者のアイアレンさんが短い挨拶をし、そのあと質疑応答があった。ある年配の男性が、福島での出来事はこれほどまでひどいとは聞いておらず、作品には少なからず違和感があるというようなことを質問した。それに対しアイアレンさんは、キム・ギドク監督は賛否が分かれるであろう作品に葛藤もあったが、原発を扱った他の映画がソフトな表現に終始しているのに対して、自分は福島という実名を出し、ストレートに表現できることはストレートに表現する、それができるのは自分しかいないと思っていると言っていたと回答していた。

 福島を「アンダーコントロール」と言ってのけた暗愚の首相にとっては、いまだに対応に苦しんでいる福島原発の現場など存在しないも同然なのかもしれない。しかし放射能を漏出しつづける福島原発の現場は厳然と存在する。メルトダウンした原子炉には誰も近づけないし、だから本当のところどんな状態なのかは誰も知らない。
 もしどこかの病院で奇形児が生まれていたとしても、原子力ムラに取り込まれたマスコミはそれを報道できないだろう。被曝が遺伝子に与える影響は世代を下ると減るのか増えるのかもわからない。被爆した子供たちの次の世代が、奇形児とまでは言わないまでも、何らかの異常を持って生まれてくる可能性はゼロではない。夫が政府関係者の男に啖呵を切ったように、生れてくる自分たちの子供には自分たちが責任を持つと、果して言えるのか。

 本当は、原子力は人間が制御できるエネルギーでないと、誰もが感じているのではないか。チェルノブイリ事故を受けて、ドイツはすべての原子力発電所を停止することを決めている。イタリアでは福島事故の3か月後に行なわれた原発再開の国民投票で9割が反対して原発建設ができなくなった。

 日本は原発の稼働を再開した。アイアレンさんは最後にこう言っていた。福島からもう6年たったと言う人がいますが、まだ6年しかたっていません、決して過去の出来事ではないのです。

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耶馬英彦