オリエント急行殺人事件のレビュー・感想・評価
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ポアロ新生…躍動する灰色の脳細胞!
ポアロ・シリーズ(ケネス・ブラナー版)第1作。
Blu-rayで鑑賞(吹替)。
原作(ハヤカワ文庫版)は既読です。
1978年にも映画化されたミステリーの女王、アガサ・クリスティーの名作を、ケネス・ブラナーが監督・脚本・主演を兼任し、旧作に比肩するほどの豪華キャストを迎えて再映画化したミステリー・エンターテインメント。
ジョニー・デップが死体役と云う贅沢なキャスティングをはじめ。旧作に負けず劣らずの演技巧者が揃えられ、見事なアンサンブルを堪能しました。関係者の証言を集める場面はひとつひとつをだらだら並べるのではなく、立体的に描写されていたりして、中弛み回避の工夫が感じられました。
自慢の灰色の脳細胞を駆使して事件の真相へ肉薄していくエルキュール・ポアロ。原作や旧作に無かったポアロのアクション・シーンがあったりと斬新な描写もありましたが、特に目を引いたのがポアロの姿。確か原作シリーズのポアロは、老いへの恐れみたいなものを抱いていたはず。
脳の衰えへの危惧はもちろんのこと、容姿の衰えにも気を使っている様子でした。なので、髪の毛や髭には白髪染めを怠らなかったような。本作のポアロは年齢相応な白髪をそのままにしており、これまた新しい描写だなと思いました。
クライマックス、関係者全員を集めての謎解き。原作や旧作では食堂車で推理が披露されましたが、本作ではトンネルの中で。しかも机を一列に並べて、まるで「最後の晩餐」みたいだと思いました。とても印象的なシーンでした。
※修正(2023/09/04)
楽しいリメイク
むかし、一般家庭では、映画は、テレビで吹き替えを見るのが普通だったと思う。
シネスコを3:4にトリミングされ、CMにぶつぎりされ、放送枠の尺に収められ、終わると解説がつく映画、それが映画だった。
映画を見ない人でも、淀川長治と水野晴郎の物真似はできた。私はもうすこし高度な荻昌弘の物真似もできた。情報がなかった当時は、その解説を熱心に聞いたものだ。
テレビで見た映画体験として、もっとも印象に残っているのがルメット版のオリエント急行殺人事件だった。
なにしろスター総出演。
Rウィドマーク、Sコネリー、Jビゼット、Aパーキンス、マイケルヨーク、Vレッドグレイヴ。当時、往年のスターだったJギールグッド、ローレンバコールやイングリッドバーグマンまでもが出演していて、名匠が監督をつとめる。
文庫のハリウッド名鑑を手垢にまみれるほど愛読していた私には、それがどれほど贅沢な配役かがわかった。ありえないほど豪華、真のオールスターキャスト。
今で言うならニューイヤーズイヴとかバレンタインデーみたいな有名どころの競演映画だが、ルメットのオリエント急行は、所謂バイプレーヤーがひとりもいない空前絶後の濃密さだった。スター勢揃いに加え、米英に欧をプラスし呉越同舟。バラエティの豊かさもそなえていた。
華麗さと同時に文学性もあった。
テレビでオリエント急行殺人事件を見た当時、アガサクリスティの小説は人気があった。
推理小説ブームが中学生だった私たちにも波及しており、定評だったクリスティの「そして誰もいなくなった」はクラスのほとんどが読んでいた。
きょうび、クラスじゅうが一個の小説を読了していることなどあり得ないが、当時はまだ十人が一色の時代だった。
すなわちこの映画は、クリスティのファンを取り込む広汎な娯楽性を備えていた、と同時に、多くの人々にとって『原作を読んだことのある映画』の原体験でもあった──と思う。
あの晩の日曜洋画劇場を(あるいは水曜か金曜だったかもしれないが)私ほど心待ちにしていた中学生がいただろうか。
親たちは時として裸がでてくる洋画を子供が見ることを警戒していたし、ドリフの全員集合が終わったら、加藤茶の訓示にしたがって、歯磨きや宿題や就寝を課していた家庭もあった。
なにしろ映画は21時から始まる。
私はそれをVHSに録画した。放映中、ブラウン管の前でリモコンを握ったまま動かなかった。CMに入るとき、録画一時停止ボタンを押すためだった。CMが終わったとき、もう一度押して一時停止解除するためだった。微妙に遅れたりすると「ああ」と小さく悲鳴をあげた。そんなことを何度やったことだろうか。
ルメットのオリエント急行殺人事件は、批評も興行も成功し、そのあとナイル川とか地中海とか、~殺人事件のタイトルで亜流がつくられたが、柳の下の泥鰌。オリエント急行が無二の金字塔だった。
とはいえ、思いの詰まった映画のリメイクが期待通りとは限らない。それがレジェンダリーであれば復刻することに疑念も生じる。森田芳光の椿三十郎はなんだったのか。ブレードランナーに続編が必要なのか。タンクトップでうろつけばエイリアンになるのか……。
もっとも一介の庶民ゆえ、疑念は見ることの楽しみにつながっている。不可侵なレジェンドこそ、再版権は大歓迎である。
一般に、エルキュールポアロといえばDavid Suchetだが、私のなかではアルバートフィニーがポアロである。
スーシェのような上品な紳士ではなく、ましてケネスブラナーの男臭さは逸脱でしかない。おどおどしてお人好しで、享楽と美食に生きている肥満の隠居みたいなのに、ひとたび謎解きとなれば、すべてを見聞きし憶え、分析し、手繰っていくと犯人がいる。そんな、外面と内面にギャップを据えたのが、ルメットが創造したポアロだった。
その原体験の像を譲ることができないままだったがゆえに、まずケネスブラナーポアロを乗り越えなければならなかった。
そもそもこの面妖なポアロ髭はなんなんだろうか。
大きい。大きすぎる。
いや、ポアロばかりではない。乗客全員。
ヨーロッパを意識して、ルメットが腐心した個性鮮やかなキャストが、大陸横断鉄道かと見まがうほどのヤンキー色に染まっている。デフォーにファイファーに、みんなフリスコで乗った感じの人たち。トントがラチェットになっただけで、これぜったいローンレンジャーの列車内だよね、みたいな。
レビューしてませんが、出来は悪くありません。個人的には、ルメット版と比較して、心中勝手に毒づきながらの2時間が、本当に楽しかった、懐かしかった。
自家製なのか?口髭マスク
とにかく豪華なオリエント急行。王族、貴族が利用していたというのだから、食堂車もフランス料理を中心に一流シェフによるメニューを堪能できる。物語は1934年のことで、第二次大戦後は航空機との競合で撤退しているということだ。ちなみに今でも観光列車としてイスタンブールからパリまでは運行しているらしく、1人で乗車した場合、3泊で200万円ほどかかる・・・
そんな豪華なオリエンタル急行もセルビアのベオグラードを過ぎた山沿いで、雪崩に巻き込まれて脱線してしまう。アメリカ人富豪ラチェット氏(ジョニー・デップ)が何者かに殺害される。12ヵ所もナイフで刺されていた遺体の横には壊れて止まった時計、手紙の燃えカス、車掌の制服のボタン、Hの頭文字のハンカチ、パイプの掃除棒などが見つかる。これだけ証拠品があるのなら、簡単に解決できると、自称“世界一の探偵”が捜査に乗り出す。
乗客全てが容疑者!という状況にあったも、皆アリバイがあるという困った状態。しかも一つを追うと、謎が残る。そんな時、手紙にあった“デイジー”という名前からポアロ(ケネス・ブラナー)が思い出したのは“アームストロング家の誘拐殺人事件”だった。デイジーという娘が殺害されたことが発端となり、関係者が全て死亡するという悲惨な事件。そのデイジーを殺したのがラチェットだと考えたのだった・・・
旧作(1974)ではポアロを演じたアルバート・フィニーがいかにも天才的探偵であることを鼻にかけていたのが嫌味っぽくて好きになれなかったのですが、今回のブラナーは好感持てるポアロだ。「ハーキュリー」を「エルキュール」と言い改めるところがベルギー人のプライドなのか、よくわからないものの、乗客一人一人に対して上から目線じゃないところがいい。
また、オチはわかってはいるのに、なぜか感動的。劇場内では鼻をすする人が何人もいたし、ポアロの最後の裁断にも心打たれます。乗客にも豪華な俳優陣、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチなどがゴージャスさに華を添えてます。もっとも良かったのはミシェル・ファイファーでした。
【2017年12月映画館にて】
その日,一等車両は容疑者で満室でした。
ドラマとミステリーの境界を彷徨ってる
【1974年版に挑戦した"サー・ケネス・ブラナー"主演兼監督兼に敬意を表すべき作品。】
ー誰もが物語の粗筋を知り、犯人も知っている推理劇を映画化するのは、相当な覚悟がいるであろう。
本作は更に1974年に当時の映画スターを多数起用し、大ヒットしている。(ポアロ:アルバート・フィニーを始めとして、今作でアカデミー助演女優賞に輝いたイングリッド・バーグマン、ショーン・コネリー、ローレン・バコール、アンソニー・ホプキンス・・(誰がどの役だったか分かる方は相当凄い))ー
という中、今作を監督・主演する決断をしたケネス・ブラナーの気骨や良し。
そして、今作を劇場にて鑑賞した感想は・・。
<結論:2017年末時点での豪華俳優陣を配役した、王道のエンタメ推理ムービーとして充分に堪能した作品。
鑑賞後、客電が上がった後に、劇場を出ていく人々の顔を見れば、私だけではないな・・と思った作品でもある。>
<2017年12月9日 劇場にて鑑賞>
大岡裁き
ポワロじゃない でもそれなりに楽しめる
人の数だけポワロのイメージはあるかもしれない
もちろんケネス・ブラナーはすごいけど
ポワロが精悍すぎるんです
アガサクリスティが好きで色々な作品読んでるけど
あの感じじゃないんだなぁ私的に
日本人だけど
三谷さんがリメイクしてた野村萬斎さんが演じてた
すぐろたけるのほうがポワロっぽい
日本でドラマやってもオリエント急行殺人事件は出演者が
豪華ですが、こちらの2017版も豪華です
ペネロペ、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニデ、
ミシェル・ファイファーなどなど
恋のためらいが大好きでミシェル・ファイファー
目当てで見に行きました
雪の中のロケ、列車の中の造りお金かかってるなーって
ただね・・・申し訳ない誰のせいでもないのだけど
あたしもうジョニデがジャック・スパロウにしか見えなくて・・・
オリエント急行の物語のなかで
エドワードはあれだけの悪いことをした、今も悪い人
ジョニデの芝居にそういう人物の掘り下げが
感じられないことが残念です
あとポワロは変人だけど哀愁があると思うんです
彼なりの解釈だけど痛みも理解できる
立ち止まることも振り返ることもする
今回のポワロは前向き過ぎかな
ただ豪華俳優の大作なのでこれももちろん
普通にはじゅうぶん楽しめました
私は今回だけは、アンバランスを受け入れます
映画「オリエント急行殺人事件」(ケネス・ブラナー監督)から。
映画館で本作品を妻と鑑賞後、図書館で原作を借りて読み、
さらに1974年に映画化された「オリエント急行殺人事件(1974)」を
DVDで鑑賞したあと、改めて台詞をメモしながら鑑賞したら、
1回目の映画館では気付かなかったことが溢れていた。(汗)
主人公の名探偵ポアロが発する言葉には、1つ1つに意味があり、
そんな伏線があったのか・・と思うこともしばしば。
ミステリー作品は、謎解きが楽しいはずなのに、
結末がわかっていても、引き込まれてしまうのは、
やはり、原作の素晴らしさとキャストの演技力に尽きる。
冒頭「誰がどう言おうと、この世には『善』と『悪』しかない。
その中間はない」と断言し、事件解決(謎解き)に
「必要なのは証拠、秩序、筋道だ」を胸を張る。
その考え方で、世界で起きる幾多の事件を解決してきた自信が、
言葉のあちこちから感じられて、頼もしかった。
しかしラストに再度「世の中には『善』と『悪』がある」と言いながら、
乗客全員にこう説明する。
「今の私に必要なのは、耳を傾けることです。私の心の声に。
皆さん、この事件では『善』と『悪』を図る天秤がうまく釣り合いません。
私は今回だけは、アンバランスを受け入れます」
このワンフレーズは、心の葛藤が表現されていて印象的だったなぁ。
P.S.
ちなみに「オリエント急行殺人事件(1974)」の「気になる一言」も
「良心と一騎打ちをしよう」でした。
原作既読、オリジナル版鑑賞済
これといった感想がない。
あんまりこれといった感想がない。
どうしても内容より役者、配役とかそっちの話しになりがちな作品。ファン心理とでもいうか、映画通?的な?(基本的にそういう見かたをしないので)
もちろん、ふつうに楽しめたんですけど。
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