沈黙 サイレンス : インタビュー
窪塚洋介が語る、「全てが新鮮で刺激的」だった巨匠M・スコセッシとの日々
なぜ神は苦悩する人間の前に姿を現さず、沈黙を貫くのか――巨匠マーティン・スコセッシ監督が、遠藤周作氏の小説「沈黙」に込められた問いに触発され、映画化を決意したのは1988年のこと。大勢の日本人キャストが集い、約28年の時を経て完成した「沈黙 サイレンス」の撮影は、ハリウッド初進出を果たした窪塚洋介にとって「全てが新鮮で刺激的、最高の経験だった」と熱を帯びるほど、かけがえのないひと時になったようだ。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)
世界20カ国以上で翻訳された「沈黙」は、江戸時代初期、キリシタン弾圧下の長崎が舞台。日本で棄教したとされる師の真相を確かめるため、長崎にやってきた若き宣教師ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライバー)が、厳しい弾圧のなかで自らの信仰心と向き合う様を描く。71年には篠田正浩監督によって映画化されているが、本作は篠田版で省略されていた原作の要素も含め、遠藤氏が紡いだ物語を可能な限り映像として見せようというスコセッシ監督の気概に満ちた仕上がりになっている。
窪塚が初めてオーディションに参加したのは約7年前。「アテンドしてもらった方の手違いで、ガムを噛んだままオーディション会場に行ってしまったんですよ。それが原因で会場の空気がかなり悪くなってしまって。キャスティングディレクターからは『マーティン、あなたみたいな人は大嫌いだから』と言われてしまうほど」と実力を発揮できず、不合格になってしまうという波乱の幕開け。だが「2年後、再びオーディションに来てくれないかと誘われたんです」と予想外の展開を見せる。
「マーティンが最初のビデオオーディションで気にかけてくれていたみたいで。最終審査まで残ったのは自分と浅野(忠信)さんだったんですが、求められているキャラクターには『自分の方があってるかな』という思いはありましたね。読み合わせはマーティン自身が担当してくれて、役者への接し方がとにかく素晴らしかった。芝居のしやすい状況を監督自身がつくってくれて、最良のコンディションでの演技を見てくれました。久々に人の手の平の上で踊らされた感じ(笑)」
最終審査を勝ち残り射止めた大役は、ロドリゴたちと行動をともにする日本人のキチジロー。ロドリゴが「悪人にも値しない男」と評し“人間の弱さ”を身をもって体現する男を演じるうえで、ある言葉が重要になったという。「イノセントという言葉をキーワードにしていましたね。キチジローという男は、イノセントであるがゆえに、強い一面も見せれば弱い一面も見せる人物だととらえました。実はマーティンとキチジローの人となりに関して話し合ったことは一度もないんですよ。自分の中にあるもので形づくったキチジローを、撮影現場で披露するだけ。マーティンが『これこそキチジローだ』と言ってくれたのは、そのキーワードが上手くキャラクター像とマッチしたからだと思います」
台湾での撮影では、ガーフィールドとの共演が多かった。「メソッド演技で役に臨む人ですからね、後半の撮影ではかなりふさぎ込んでしまっていた」と明かすように、信者たちの壮絶な殉教を目の当たりにし、“神の不在”という考えに心を蝕まれていくロドリゴという役は、ガーフィールドにとって過酷な役柄だったようだ。「しかも馬アレルギーなのにロバに乗らなきゃいけない。さらにプライベートでも気を病むことがあって、撮影中に感情を剥き出しにしてしまう時も。だから自分も負担は大きいんですけど、ある意味隙のあるキャラクターを演じているので、現場の雰囲気を和ませるために“ピエロ”みたいな役割も担っていました」
「最初に想像していた集中力、忍耐力をはるかに凌駕する密度のものを求められた」と振り返る一方、スコセッシ組に参加できたことへの興奮が言葉の端々から伝わってくる。「日本人キャスト、ひいては日本そのものに対して敬意を払ってくれていて、カットごとに気遣いを欠かさない。あのマーティン・スコセッシがですよ? 監督の情熱にほだされて全員が“奉仕”するような気持ち。作品の質を高める努力、そして繊細なケアも含めて、本当に偉大な監督だと実感しました」
物語の魅力を問うと「まさにタイトル通り、沈黙の中に答えがあるのなら自分で見つけなければならないという点。非常に壮絶な時代を描いているからこそ、答えへのガイダンスがたくさんある」と回答。「現代へと通じる時代背景を踏まえて、当時なぜ弾圧が起こったのかという疑問も深まるといいですね。日本人である自分たちがなくしてはならないものを改めて考えさせられますし、なにより映像が持つパワーは圧巻の一言」
ハリウッドの現場を経験し、役者として大幅にステップアップした窪塚だが「今回はマーティンの望む役に自分がハマっただけ。英語が達者なわけでもないですし」と海外進出には慎重な姿勢。「またチャンスがあるならやりたいですけど、自分の今の状況にあっていて、ワクワクして挑めるものでないと」と述べつつも、エリザベス・バンクス主演作「Rita Hayworth With a Hand Grenade(原題)」への出演も決定。世界の映画人たちは既に窪塚の才能を認知している。「マーティン・スコセッシが認めてくれたというのは、僕らが思っている以上に影響力があるんだなと思う。今後は語学力を磨いていきたいですね」と万感の思いを口にしていた。