シークレット・オブ・モンスター : 映画評論・批評
2016年11月15日更新
2016年11月25日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
奇怪な恐ろしさ、美しさが渦巻く、新たなる“恐るべき子供”映画
哲学者ジャン=ポール・サルトルの短編小説にインスパイアされた本作は、思春期の入り口に差しかかった微妙な年頃の美少年が、ナチスを連想させる独裁国家のリーダーへと変貌していく物語。何とも好奇心をそそる内容だが、いわゆるドラマやプロットのひねりに妙味があるわけではない。その反面、元ウォーカー・ブラザーズのスコット・ウォーカーが手がけた「序曲」が異様な迫力をもって鳴り響く映像世界は、冒頭から観る者の胸騒ぎを誘ってやまない。「ファニーゲームU.S.A.」「マーサ、あるいはマーシー・メイ」などのアメリカの若手俳優ブラディ・コーベットがヨーロッパに渡り、ベレニス・ベジョ、ロバート・パティンソンらの豪華キャストを得て完成させた監督デビュー作だ。
1918年、ヴェルサイユ条約の締結交渉のためにフランス郊外の古めかしい屋敷に滞在するアメリカ政府高官の息子が、教会で投石騒ぎを起こすなどの反抗的な言動を連発し、両親や神の教えへの不信を膨らませていく。話はほぼこれだけで、過激なストーリー展開を期待してはいけない。映画史上における過去の“恐るべき子供たち”、例えば「悪い種子」の少女ローダ、「悪を呼ぶ少年」の双子ナイルズとホランドらの悪行のほうがはるかに罪深いはずだ。
それなのに本作はとてつもなく恐ろしい。35ミリフィルムを採用した映像の陰影の豊かさ、屋敷の内外を虚ろにさまようカメラワーク、そして少年の精神的混乱とシンクロするように不安をかき立てる音楽。もしやこれは幽霊が出現しないゴシック・ホラーなのではないかと形容したくなるほど、画面の隅々にまで高濃度の不穏なムードが充満し、視聴覚を絶えず刺激してくる暗い魅惑にゾクゾクせずにいられない。美しき子役のトム・スウィートもまた全編にわたって謎めき続け、この世で独りぼっちになるにつれて純真さを喪失し、内に邪心を芽生えさせていく少年の変容を危うげに体現する。
ロバート・パティンソンのひとり2役など、未来の独裁者となる少年の複雑な心理を読み解くヒントはいくつかちりばめられているが、やはり本作の主眼はそこにはない。むしろ精緻な様式美に貫かれたアート映画とも言えるヴィジュアルが、不意にぐにゃりと歪む奇怪な瞬間を見逃してはならない。少年がベッドで悪夢にうなされるシーンでは時空を超えたシュールなイメージが渦巻き、少年が田舎道を散歩するシーンでは唐突に“正体不明の視線”との切り返しショットが挿入される。理屈では何が何だかわからない。そんなこちらの困惑などお構いなしに、不条理なまでに得体の知れない恐ろしさ、美しさが押し寄せてくる異形の怪作の誕生である。
(高橋諭治)