フォックスキャッチャー事件の裏側

2016年製作/91分/アメリカ
原題:Team Foxcatcher

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映画レビュー

3.5マーク・シュルツは登場しない

2023年7月6日
iPhoneアプリから投稿

映画「フォックスキャッチャー」は本当に大大大好きな作品で、スティーブ・カレルの暗い瞳を今もときどき思い出す。

Netflixのこのドキュメンタリーでもやはり身近にいた人から「彼は本当に孤独だったんだと思う」と評されている。ジョン・デュポンという人は、人が望んでも到底得られないような恩恵を浴びながら、本当に欲しいものは手に入らない、という究極的な矛盾と孤独に苛まれていたように見える。
ただ、彼がデイヴ・シュルツを射殺した動機は映画とはずいぶん違っていたようだ。
まず映画版でチャニング・テイタムが演じていたデイヴの弟マークは登場しない。
またジョンの母も事件より前に亡くなっている。
そしてジョンが統合失調症によるものか、コカインかによる妄想を抱えていることは多くの人々が目撃しており、それによる身に覚えのない理由で原因でフォックスキャッチャー農場を追い出されたメンバーも複数いた。

映画では惹かれ合うジョンとマークの関係にデイヴが横槍を入れたような印象だったけど、実際のジョンはブルガリア出身でチームの一員であったバレンティン・ヨルダノフに肩入れしており、しかしもともとデイヴの親しい友人であり、ジョンのつけ入る隙もなく、そのかなわぬ「友情の三角関係」に身を焦がしていたという。

ジョンがデイヴを撃った理由も、デイヴがジョンの妄想に基づく行動や病的な生活を、彼を案じるがゆえに諌めたことが裏目に出て、ジョンの被害妄想を後押ししてしまった、というのがきっかけのようだ。
母親がレスリングを嫌っていたことは事実のようだし、母への反抗心からレスリングをやっていたのは映画と同じだけど、時系列的にそれが直接的に事件に影響したわけではなさそう。

ジョンは病状が悪化する前から奇行が目立ち、広大な敷地をマシンガンを手にウロウロしていたり、メンバーに銃を向けて通報されたりしていたけど、地元警察的には「いつものこと」としてスルーされていた。
アメリカでも有数の資産家で、決めた対象には援助を惜しまなかったジョンは、地元警察に対してもなんらかのサポートを行っていただろうことが仄めかされている。賄賂とまではいかないが、危険な行動でも大目に見られてきた部分はあるのかも知れない。
そのような被告の事件が、心神喪失を争点にした裁判で第三級殺人を認定され、服役に至ったことは、それまでいかに彼の財力が大きいから繰り返し語られた後では、驚異的な判決だと感じられる。

「市民ケーン」を地でいくようなデュポン財閥の御曹司ジョン。アメリカのような国でお金があるということは、個人として得られる自由も大きくなるが、そのせいで彼が適切なケアを受けたり、信頼できる人の助言を聞きにくくさせていたようにも見える。
そして彼が本当に望んでいた、心を許せる友人を得ることや、自分の好きな競技でチャンピオンになることは果たすことができない。
広大な敷地を持ち、そこに一流選手を囲い込んでトレーニング場所から家や車を与えることができる自分と、「バラの蕾」を得ることができない自分。
ギャップがあまりに大きすぎて、たとえ統合失調症の要素がなかったとしても大抵の人は病むでしょ…と思わざるを得ないような極端な自己のイメージ。
そういう彼の凍てつく孤独を、スティーブ・カレルのあの眼は体現していたんだろうな。好き…

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