「イーストウッドのハートウォーミング・シネマ」ハドソン川の奇跡 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
イーストウッドのハートウォーミング・シネマ
イーストウッドの映画は、見終えたあとで心にずしんと残るものが多いと思っている。しかしこの作品は逆に、心の重みを取り払うような心地よさが残った。
物語は決して心地よいだけの内容ではない。ハドソン川への不時着そして乗客全員を救ったという事実とその裏側の真実と、さらにその裏返しの真相、そして機長であるサリーの心の揺らぎ、そういったものを宛らサスペンスのような緊張感で描いて行く。とてもスリリングで息をつく暇もないほど。それでも、見終えたあとにまるで肩の荷が下りるような安らかさが残ったのは、イーストウッドがこの物語を温かく見つめたからだと思う。フェアな立場を崩すことなく、それでも温かい目を向けたから、だと思う。エンドクレジットの映像を見ていたら、まるでハートウォーミング・ムービーのようや温かみを味わった。これはイーストウッドならではのハートウォーミング・ムービーなのかもしれない。鑑賞後の心地よさは、さながら心温まるドラマ映画のよう。
この映画は、時間軸をずらしつつも、情報と真実の開示の仕方が実に巧みだ。私などは完全に翻弄されて、サリーが英雄に見えたり、一瞬にしてその思いに疑惑が芽生えたり、しかしまた違う思念が生まれたり・・・と、見事に操られていた。ここらへんも、イーストウッドの映画の巧みさを堪能したところ。見る角度によって見え方は変わる。それを熟知するイーストウッドは、多面的に物語を切り取り、その多面性を積み重ねることで、真実を立体的に映し出す。映画の「編集」という平面的な切り貼りを超えた奥深さがスクリーンの中にあった。この手さばきにまた惚れ惚れする。
映画は思いのほか短い。充実した映画体験ではあったけれど、わずかに物足りなさが残ったのも事実。イーストウッドの良作に違いはないものの、しかし傑作とは呼びにくいかな、という気がした。