「稀に見る大傑作です」君の名は。 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
稀に見る大傑作です
新海誠監督作としては6作目に当たっているそうだが,私がこの監督の作品を観たのはこれが初めてである。この作品を生み出した新海誠という人は,ゲーム会社で動画制作に従事していたものの,自作を作りたくて独立したという経歴の持ち主だそうで,自分の進路を自分で切り開くという強い意志を持った人らしく,その映画作りも実に自らの価値観を貫くことに徹底していた。端的に言って,この作品は,シン・ゴジラをも凌ぐほどの大傑作である。
まず,画面のアスペクト比が今風の横長でなく,かなりアナログテレビの比率に近かったのは,恐らく監督が絵の作製に使っているパソコンのモニタのアスペクト比のせいなのだろう。自分の使える資源の中で最良のものを作り出そうという正直さのようなものが感じられた。絵作りの素晴らしさには,本当に度肝を抜かれた。あらゆる自然物が物凄いリアリティをもって描かれていて,特に雨と雪の表現には魂を奪われるかと思うほどだった。雪国に 60 年も住んでいると,雪が降る景色にはウンザリするばかりなのだが,何十年か振りで美しい雪の風景を見せてもらったような気がしたし,太陽や天の川,そして肝心な彗星の表現も息を飲むほどであった。
脚本もまた実に見事なものだった。予告を見る限り,男女の体が入れ替わるというコメディかと思って,正直なところあまり気が進まなかったのだが,こんな深い話だったのかと大いに驚かされた。この映画を見るようにお膳立てしてくれた今日の雨と職場の作業停電に感謝してしまったほどである。敢えて難点をいえば,彗星の核はほとんどが氷でできていて,岩石成分を含まないので,核が分裂して地球の衝突コースに入っても,多くは地表に届くことなく空気中で蒸発するし,もし地表に衝突しても運動エネルギーはたかが知れているので,大規模なクレーターを作るようなことはないという点なのだが,あの話を成立させるためならそんなことには目を瞑ってもいい。
個人的に,この話の下敷きになっている話として,東日本大震災のものが沢山感じられたのだが,防災無線とか避難誘導とか,それを想起させるポインタが数多く用意されていて,それらは大自然の前の人間の無力さとか,愛する者たちとの強制的な別れとか,堪え難い喪失感を脳内再生してくれるものであり,お陰で途中から涙が止まらなくなってしまった。監督は,東日本や熊本の大震災への追悼をこめてこの作品を作っていることが痛いほど伝わって来たのである。
声優は主役の2人を声優の専門家でない俳優がやっているのが気がかりだったが,必ずしも悪くなかったと思う。特にヒロインの三葉(みつは)を演じた上白石萌音は,想像を遥かに超える好演であったと思う。驚いたのは長澤まさみである。今回の役はとびきりいい女の役なのだが,その雰囲気を実に良く出していた。真田丸のあのウザ過ぎる女役と同じ人とは到底思えないほどであった。ヒロインの祖母役を演じた市原悦子も流石であったが,あの声を聞くとご本人の顔が浮かんで来てしまってちょっと困った。:-D
音楽には問題があると思った。監督がファンになっているギターの弾き語り式のミュージシャンらしいのだが,個人的には全然合っていなかったと思うし,むしろ耳障りに感じた。何が耳障りかというと,全ての曲に歌詞が付いているところで,画面の雰囲気に浸ろうとする見る側の気持ちを,歌詞が邪魔しているようにしか思えないところが多かったのである。感動しようとしている隣で,感動しろ感動しろと声に出して言われたら台無しではないだろうか。では,その曲を器楽に置き換えればいいかというとそういう単純なものではなく,総括的に見て,この映画を彩る音楽としては力不足なのではないかという思いがした。
演出は,完全にジブリを超えていたと思う。ジブリアニメには,大自然は美しいが,都会は美しくないという先入観のようなものを感じてしまうのだが,この映画には都会の美しい風景も数多く描かれていたのである。さり気ない光の反射やフレアなど,実に細かなところに神経が行き届いたアニメであった。また,実は入れ替わっていたのは体だけではなかったということを表現する方法として,スマホなどの身近なアイテムを上手く利用するところにも非常にセンスの良さを感じた。ヒロインの持っているスマホが iPhone4 なのが気になっていたのだが,真相を知ってなるほどと腑に落ちたのと同時に,やられた感が半端なかった。最後のオチまでの部分にやや説明不足があったのだけが残念であったが,シン・ゴジラに続いてこれほどの傑作に出会えたことに素直に感謝したい。少なくとももう1回は観に行くつもりである。
(映像5+脚本5+役者5+音楽2+演出5)×4= 88 点。