「映画そのものが艶やかなブルー」ブルーに生まれついて 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
映画そのものが艶やかなブルー
学術的な意味合いや技術的な意味合いにおいて「優れた音楽」というのは確かに存在して、ただそういった音楽が人々の琴線に触れるかどうかは別の話。なぜなら、私たちの多くは音楽の専門家ではなく、ただ聞こえてくる音楽を感覚的に好きか嫌いかで判断しているからだ。この映画で、怪我をした後のベイカーの演奏や歌はとても頼りなく技術としては見劣りのするものだったはず。しかし、再びベイカーが活動するようになって、思わず聴衆が拍手を送らずにいられなかった彼の演奏には、きっと彼にしか出せない音が宿っていたからで、その彼にしか出せない音が、いかにして生まれたか、というものをこの映画は描こうとしたのかな?と感じた。
物語は、酒とドラッグと名声に溺れたチェット・ベイカーの姿から始まる。前歯を失ったことで活動が出来なくなったベイカーが、失意の中にいながらも、愛する女性の支えと励ましを受けて、少しずつ少しずつ自分らしい演奏・パフォーマンスを身に着けていくところにドラマを感じるし、カムバックを目指すようになるその心の変化を、イーサン・ホークやカルメン・イジョゴがきちんと演技にして魅せてくれる。フィクションの性質上、描かれない史実や語られないエピソードがあるのはやむを得ないことだし、この映画に関してはそういうこともまったく気にならずに見られた。この映画の時期は、ベイカーにとっては「影」の時代とも言えるだろうとは思うのだけれど、映画は決してこの時期を「影」としては扱わず、一歩一歩再起に向けて歩みを進め、芳醇な音を獲得するまでの前向きな時期として見つめているようで、なんだか共感を覚えた。
映画自体が、ジャズの音色のようにブルージーで艶っぽくてとても美しい。強いお酒を片手に観たくなるようなそんな風情がある。シーンのひとつひとつ、そして物語の見せ方が格好いい。
そしてこの映画はラブストーリーでもある。ベイカーとその妻その関係は、男と女、夫と妻、という以上に、人と人としての絆と信頼を感じる。ラストで訪れる一つの結論は、それ自体が「愛」だとでも言いたくなるほど。