クリーピー 偽りの隣人 : 映画評論・批評
2016年6月14日更新
2016年6月18日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
ダイナミックかつ“身の毛がよだつ”描写で探求する人間の怪物性
タイトルの“creepy”とは「ゾッとするような」とか「身の毛がよだつ」という意味の形容詞で、虫が這いずる様などを表現するときに使われる単語である。ホラーやスリラー映画を解説する英文でもしばしば見かける言葉だが、異形のモンスターがバーンと現れて襲いかかってくるような直球型の恐怖映画はこれに当てはまらない。普通の人間の姿をした隣人をよくよく観察してみると、実は人の心を持たない怪物だったという本作のプロットのストレンジさは、まさに“creepy”と呼ぶにふさわしい。
問題の隣人役、香川照之は期待に違わぬ怪演を披露する。唐突に暴言を吐いたかと思えば、次の登場シーンでは一変して愛想のいい別の顔を見せる。そのツジツマの合わない言動はあからさまに異常で、前半からこんなに飛ばしたら不条理コメディになってしまうのではないかと思わされるほどだ。しかし、後半にはこちらの想像を超えた飛躍のサプライズが待ち受ける。黒沢清監督は隣人の家の中にあの「悪魔のいけにえ」を彷彿とさせる物々しい鉄製の扉を設置し、私たちを扉の向こう側に渦巻く別次元の暗黒へと引きずり込む。その先は観てのお楽しみということで、抽象的な比喩にとどめておこう。この隣人は恐怖をまきちらすだけでなく、いわばブラックホールのように次々と人を吸い込む怪物なのだ!
こう書くと香川の狂気に満ちたワンマン・サイコスリラーのようだが、それに立ち向かう元刑事の主人公(西島秀俊)も単純な正義漢ではない。犯罪の闇への好奇心を抑えられず、理性をかなぐり捨てて怪事件に深入りしてしまう彼もまた、人として重大な欠陥を抱えている。主要キャラクターでまともなのは主人公の妻くらいだが、これを演じる竹内結子が絶品。常軌を逸した隣人と夫に翻弄され、憔悴し、壊れていく役どころを的確に体現し、世にも奇怪な事の成り行きに唖然とする観客をはっと現実に引き戻す役目も担っている。
というわけで人間の得体の知れない“creepy”な怪物性を全面的に探求した本作は、黒沢清テイスト炸裂の怪作にしてダイナミックな娯楽性もたっぷりの快作なのだが、中盤には魅惑的な長回しショットも盛り込まれている。とある大学キャンパスのガラス張りの一室を舞台にした尋問シーン。大勢の学生が行き交う何の変哲もない日常の光景に、じわりと妖しい暗さを滲ませた照明設計とカメラワークの“エレガントな気味の悪さ”も堪能してほしい。
(高橋諭治)