ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅 : 映画評論・批評
2016年11月22日更新
2016年11月23日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
J・K・ローリングの描く新世界は驚きと優しさに満ち、一瞬も飽きさせない!
出会いと別れは世の定めと言われるが、名優アラン・リックマンの逝った今年、新たな魔法の物語がこうして幕を開けるのもまさに運命なのだろう。今回の舞台は90年前のアメリカ。ハリーもスネイプも生まれていないが確実に連続性のあるその世界で、一人の魔法動物学者が奇想天外な騒動に巻き込まれていくおはなしだ。
彼の名はニュート・スキャマンダーという。真っ青なコートに身を包み、NYの摩天楼をキョロキョロと望む彼の表情はまるで純真無垢な少年のよう。そして研究のために世界を旅してきた彼の茶色のトランクには大小様々な魔法生物がいっぱいだ。
となるとこれらが逃げ出し、大騒動になることなどすぐに予想がつくわけだが、そうは言っても本作は常に我々の予測の上を飛ぶ。コミカルで愛らしい生物一つ一つの動作にしっかりと創造性が加味されていて飽きないし、ニュートが見せる慈愛に満ちた眼差しにこちらの頬も緩みっぱなし。かと思えば、街にうごめく不穏な空気と魔法省の動きが相まって、鼓動の高まりが階段を駆け上がっていく。
注目したいのは従来の「ハリ・ポタ」との違いだ。前シリーズは原作に基づいていたため、場面によっては詰め込みが過多となる節も見受けられた。だが今回はどうか。J・K・ローリングがオリジナル脚本を書き下ろしているだけに、あらゆるキャラの感情や、街並み、蒸気、ジャズのリズムに至るまで、いわゆる“情緒”の描き方が絶品なのだ。序盤のスラップ・スティック的な動線から後半の息詰まる攻防に至るまで、観客の目線を巧みに魔法世界へと誘っていく描写力もますます研ぎ澄まされている。
そして何より、見ず知らずの4人が結ぶ固い絆は観る者の心を捉えて離さない。彼らは前シリーズのような少年少女ではなく、実社会を不器用に生きる成人した男女だが、その年代はまるで「ハリ・ポタ」の主人公らが成長した姿のようでもあり、さらにはシリーズと共に大きくなった読者の年代ともピタリと重なる。ファンの多くは今やすっかり社会の荒波に揉まれ、時には魔法の力を信じられなくなることも多いだろう。しかしそれでも、あのメロディが聞こえれば、心はすぐに忘れていた何かを思い出せる。
魔法の時間は終わってなどいない。差別や偏見とは無縁で、好奇心旺盛、それでいてピンチになると自ずと結束し合う4人のメインキャラの中に、きっと誰もが自分を見つけ出すはず。お子さん方のみならず、これは大人たちにとっても最高の贈り物と言えるのだ。
(牛津厚信)