黄金のアデーレ 名画の帰還 : インタビュー
名女優ヘレン・ミレンが伝授する、輝き続ける秘訣
2006年の映画「クィーン」でアカデミー賞主演女優賞を受賞したヘレン・ミレン。最新作「黄金のアデーレ 名画の帰還」が先日、東京国際映画祭でプレミア上映され、ミレンはデイムの称号にふさわしい、美しく気品あふれる笑顔でレッドカーペットに登場した。クリムトの筆による1枚の肖像画をめぐる、驚くべき真実が描かれたこの作品について、ミレンが語る。(取材・文/本間綾香)
日本でも人気のある画家グスタフ・クリムトの作品を巡って、こんなドラマがあったことをどれだけの人が知っているだろう。1998年、アメリカに暮らす82歳の女性マリア・アルトマンが、ナチスに没収された叔母アデーレの肖像画を取り戻すため立ち上がり、2000年にオーストリア政府を訴えた。オスカー女優ヘレン・ミレン主演の最新作「黄金のアデーレ 名画の帰還」は、クリムトの名画に秘められた、1人のユダヤ人女性の幸せな思い出と癒えることのない哀しみが描かれている。
「『黄金のアデーレ』という絵画については知っていました。すごく有名な作品だし、私が学生だった頃とても流行していて、友人たちはみんな部屋の壁に複製を飾っていたから。でも、マリアという女性と彼女の物語については全く知らなかったので、今回彼女の過去を調べてとても驚きました。裁判のことは新聞にも載ったはずなのになぜかしら、まるで知らなかったのです」
マリアは、ウィーンの裕福なユダヤ人家庭に生まれ育った。クリムトやフロイト、マーラーといった偉人たちが集う豪華なアパートで、マリアは両親や叔母夫婦と優雅な日々を送っていたが、ヒトラー率いるナチスの勃興により、命からがらアメリカに亡命する。ミレンはこのマリア役を演じるにあたり、意外な人物からのサポートを得た。
「ロサンゼルスにいる、私のかかりつけの歯科医のお母様が、マリアと似たバックグラウンドを持つ人だったのです。彼女もウィーンの恵まれた一家に生まれて、アメリカに移住した人でした。私がマリア役のオファーを受けたときは、すでにマリアは亡くなっていたので、歯科医がお母様のビデオを見せてくれたのです。洋服の着こなし方やウィーンなまりの英語など、マリアと共通するところがたくさんあって、とても参考になりました」
壮絶な体験を経て生き長らえてきたマリアだが、映画のなかの彼女はただ悲嘆に暮れる可哀想なヒロインではない。ミレンが演じるマリアは、率直で溌剌として、とてもチャーミングだ。
「絵画に隠されていた事実は素晴らしいストーリーだけれど、この映画の核となっているのはマリアという女性のキャラクターです。彼女はユーモアがあってセクシーで、勇敢で知的。とても興味深くて魅力的な女性なので演じていて楽しかったし、私が彼女のそういった人柄を表現できていればいいなと思っています。マリアが退屈な女性でなくてよかった。もしそうなら、演じていてもつまらないもの(笑)。彼女がウィーンを危機一髪で逃げ出したことは、誇張ではなく映画のなかで描かれている通りです。見知らぬ土地で新しい暮らしを送りながら、ずっと心には痛みを抱えていたでしょう。私はマリアを演じる上で、その痛みを理解する必要がありました。どんなに彼女がウィットに富んでいても、瞳の奥に暗闇を宿していなければならなかったのです」
マリアが協力を求める新米弁護士ランディ役を演じるのは、人気スターのライアン・レイノルズ。同じユダヤのルーツをもつマリアとランディを、ミレンとレイノルズが親子のように、親友のように、また時には歳の離れた恋人のように、息ぴったりのかけあいを見せた。
「私とライアンとの相性は、映画のなかのマリアとランディそのもの。彼との仕事はとても楽しかったです。ライアンが俳優として成功しているのは、相手役が誰であろうと、スクリーンのなかの女優を素敵に見せてくれるからでしょうね。面白くて優しくて、彼と一緒にいるとみんなハッピーな気持ちになるのです。私はライアンのことが大好きよ」
映画だけでなくテレビ、舞台と多岐に渡って活躍するミレンは、女優という仕事はクリエイティブ性を発揮できるところが魅力だと語る。「人間とは、生まれるときも死ぬときも、未知の世界に飛び込んでいきます。女優という仕事も、想像力を使って自分が知らない世界に分け入っていくのです。“物事の本質に鏡をかざす(※シェイクスピア『ハムレット』の言葉)”ように、観客をインスパイアし別世界に誘うことができるのが、この仕事の醍醐味であり喜びだと思います」
最後に、俳優に比べ女優の旬は短いと言われるハリウッドで、70歳になった現在も輝き続けている秘訣を尋ねると、「難しいけれど、自分に正直であるように努めています。人生とはマジカルで素晴らしいもの。そのことに感謝する姿勢も大切だと思うのです」とのこと。「若い女優たちにはいつも、役柄の心配をする必要はないのよと話しています。ドラマの外である、現実の生活でしっかりと自分の役割を果たすことが大切。変化と闘いながら、柔軟に地に足のついた生活をしていれば、自ずといい仕事がついてくるものです」