劇場公開日 2015年10月1日

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アメリカン・ドリーマー 理想の代償 : 映画評論・批評

2015年9月29日更新

2015年10月1日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー

高潔な理念は幻想と化し、善悪や敵味方の境界が崩れていく

アメリカの新鋭J・C・チャンダーは、デビュー作の「マージン・コール」と二作目の「オール・イズ・ロスト 最後の手紙 」で、金融危機と洋上での遭難というまったく異なるサバイバルを通して登場人物の内面を掘り下げてみせた。新作では1981年のニューヨークを舞台に、新興の石油会社を経営するアベルがサバイバルを強いられる。

一代で会社を築いた移民のアベルは、事業拡大のため、破産のリスクも恐れず油槽所を購入する賭けに出る。ところが時を同じくして、彼の会社のタンクローリーが襲撃され石油を奪われる事件が続発し、さらに検事が脱税の容疑で動き出し、彼は破滅の淵に追いやられていく。

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劇的な展開を見せてもおかしくない設定だが、映画はこれまでの作品と同様の抑制された演出によって内面に迫っていく。アベルは襲撃に対して銃で防衛することを拒絶し、クリーンなビジネスを貫こうとする。それは、会社の経理を担当する妻アナの父親がギャングであることとも無関係ではないだろう。かつては業界とギャングのもたれ合いがあり、アベルも事業を始めるにあたって何らかの支援を受けたとしても不思議はないが、70年代の経済の衰退によってそんな関係は崩れつつある。だから彼は、独力で真っ当なアメリカン・ドリームを手にするために賭けに出た。

チャンダーは、そんな理想が変質していく過程を鋭い洞察で描き出していく。この映画で重要なのは、必ずしもアベルが妨害を乗り越えて成功するのか、破滅するのかではない。破滅を免れるためだけの不毛なマネーゲームの中で、彼を取り巻く世界が見えている通りのものではないことが次第に明らかになる。アナや腹心の弁護士が向き合っていたのは非情な現実であり、アベルが歩んできた道のりや高潔な理念は幻想と化し、善悪や敵味方の境界が崩れていく。そしていつしか彼は、理想とは違うアメリカン・ドリームに縛りつけられている。この映画には冬の寒々しい風景が効果的に織り込まれ、理想と現実の間の深い溝が浮き彫りにされている。

大場正明

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