劇場公開日 2015年4月4日

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ジヌよさらば かむろば村へ : 映画評論・批評

2015年3月24日更新

2015年4月4日より新宿ピカデリー、丸の内TOEIほかにてロードショー

“カネ”を使わない青年が主人公のマンガを松尾スズキが独自のリアル視点で料理したファンタジー風コメディ

ジヌとは“銭”のこと。東北地方の言葉でお金を指す。カネとはまったく不思議なもので、誰かになにかを頼むときも、心からお願いするよりもカネを払ったほうが人は動いたりする。しかしここに「お金を1円も使わずに生きていく」という目的を抱えた1人の若者が現れる。東京で銀行マンをしていた“タケ”こと高見武晴(松田龍平)だ。タケは、カネによって追い詰められ、死にまで追いやられる人々を目の当たりにするうちに、カネに恐怖を覚え、逃げるようにして限界集落スレスレの寒村、かむろば村に移住する。

原作はいがらしみきおの漫画「かむろば村へ」。2007年から2008年にかけて「ビッグコミック」で連載された。その後のリーマン・ショックによる世界経済の混乱や、未曾有の震災を経た今、当時はファンタジーの側面もあった「なにも買わない/なにも売らない」というタケのスローガンは、むしろリアルな問いかけとして私たちに刺さってくる。

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タケをとりまくかむろば村民達のキャラクターも強烈だ。このシリアスとユーモアと不条理とファンタジーのあいまった物語の監督として、松尾スズキに白羽の矢が立ったのは自然なことに思える。もともといがらし漫画の大ファンでもあったという松尾は、脚本には大胆に変更を加えながらも、気心の知れた俳優たちを起用することで、絶妙な間を活かしたスラップスティック・コメディとして、原作の空気を上手く掬い上げている。その方向性は、言ってみれば“劇場版・大人計画”。監督第一作「恋の門」主演のみならず、俳優としても松尾と共演の多い松田龍平をはじめ、松たか子二階堂ふみといった面々も、その世界にすんなりと溶け込んでいる。それにしても、得体の知れぬ優しさと暴力性を併せ持った村長の与三郎を演じる阿部サダヲの佇まいは、すでにトップ俳優ながら、松尾だからこそ引き出せる魅力に溢れていた。

松尾自身も、過去の因縁により与三郎にまとわりつくヤクザの多治見役で怪演を見せる。多治見はタケに言う。「オレがカネで動くヤクザだったら、ラクだったのにな」。多治見の執着を見ていると、むしろカネで片付くことなんてたいしたことではないとすら思えてくる。カネでどうにもならない人の気持ちこそ難儀だ。「なーんでも解決すっから。ただす、おめが思ったようには解決すねけどな」とは、かむろば村の“神様”ことなかぬっさん(西田敏行)の言葉。それを受けた映画の最後の台詞――それは松尾が原作に新たに付け加えた台詞だ――を聞いた瞬間、世界は反転し、むしろカネに振り回される私たちの思考こそ、最大のファンタジーに見えてくるのだ。

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