グレート・ビューティー 追憶のローマ : 映画評論・批評
2014年8月6日更新
2014年8月23日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー
ソレンティーノがローマへの崇拝を込めフェリーニ風に語る、老いと創作への意思
現在のイタリア映画界で最も卓越した才能と目されているパオロ・ソレンティーノ監督の新作である。主人公のジェップ(トニ・セルビッロ)は、65歳のジャーナリストで、40年前に書いた小説「人間装置」が絶賛されたものの筆を折り、夜な夜なローマのセレブが集まるパーティやクラブを徘徊する、享楽の日々を送っている。
ここで映画ファンなら、フェリーニの「甘い生活」(60)を想起しないわけにはいかないだろう。とりわけ、この映画の中で、大勢の中年の男女が〈電車ごっこ〉と称するダンスに興じたり、主人公が白々とした夜明けの街をさまよう光景が何度も登場すると、「甘い生活」の貴族の館での破廉恥なストリップシーンの記憶がふいに甦ったりもする。
「甘い生活」は、高度成長期の絶頂にあったローマの爛熟と退廃、脂が乗りきったフェリーニの途方もない演出力が巨大な倍音を響かせる一大シンフォニーだった。だが、ソレンティーノが描くパーティはどこか、磨りガラス越しに眺められた、冷え冷えとした虚ろなフェリーニのパスティーシュのようにも映る。
ジェップ自身が老いを深く自覚し、近づいてくる数多の女たちとも肉欲で結びつく関係ではもはやなくなっている。ある時、彼は初恋の女性の死を知らされ、激しく動揺するが、いつしか、それがきっかけで、内部で創作への兆しが仄見えてくる。死の予感と再生へのささやかな意思。ここからは一気に、「8 1/2」の世界へ結びつく。
ソレンティーノは、彼のトレードマークともいうべき横移動と前進移動が絡み合い疾走するキャメラワークによって、ローマの街の断片を魅惑的にとらえる。最晩年のトリフォーのミューズ、ファニー・アルダンをはじめとする女たちの美しい貌(かお)と同格、あるいは、それ以上に、ローマという街への限りない崇拝の眼差しが全篇にあふれている稀有な映画である。
(高崎俊夫)