ふしぎな岬の物語 : 映画評論・批評
2014年10月7日更新
2014年10月11日より丸の内TOEIほかにてロードショー
プロデュース初挑戦の吉永小百合と、彼女を愛し支える共演者たちの心が物語に昇華
吉永小百合が企画に名を連ね、初めてプロデュースに挑んだ。ここに女優として映画に懸ける情念が集約されている。現在の日本映画界では、女優は年齢を重ねるにつれて演じる役どころが制限されていく。デビュー以来、主演女優として第一線を走り続けてきた吉永とて例外ではない。ならば自らの力で切り開きたい。そんな思いが、小説「虹の岬の喫茶店」との出合いを引き寄せたのではないか。
心温まるささやかなエピソードが連なる原作の一部を導入に、小さな村で喫茶店を営む悦子の心象風景を軸にした人間ドラマとして脚色。早くに夫を亡くした彼女が求めるのは心の安寧。一方で、常に抱えている孤独への恐怖を和らげてくれるのは、おいの浩司、30年来の常連客・タニさん、東京から戻ってくる漁師の娘・みどりら純朴な村の人々だ。
使命、慕情、あこがれ。それぞれが悦子に向ける愛の形はさまざまだが、これはそのまま阿部寛、笑福亭鶴瓶、竹内結子ら共演者が吉永に注いだ思いと重なる。現場を共有できる喜びとともに、製作サイドとしても奮闘する座長をもり立てようという強い意志が伝わり、個々の心と心のつながりが絶妙なアンサンブルに昇華されていく。
時には大切な人との別れと向き合わねばならないが、人は決して独りではない、支え合い寄り添いながら生きているということを、あらためて喚起させる。当然、その中心にいるのは吉永で、包み込むような笑顔は大女優に失礼かもしれないが実にかわいらしい。
同じく吉永を敬愛する成島出監督も、雄大な海やのどかな田園風景に囲まれ、不器用だが懸命に今を生きようとする人々の心模様を丹念に切り取っていく。この日本人の慎ましい姿が、モントリオール世界映画祭での審査員特別賞グランプリという評価につながったのだろう。
流れはできた。これが日本で多くの観客に受け入れられてこそ、プロデューサーを兼ねた映画女優・吉永小百合の宿願が結実する時である。
(鈴木元)