風立ちぬ : 映画評論・批評
2013年7月16日更新
2013年7月20日よりTOHOシネマズスカラ座ほかにてロードショー
風、飛行機、夢、美少女との純愛。ロマンチスト宮崎駿の集大成
古い日本家屋で、すやすやと眠っている少年。彼は夢の中で、憧れのジャンニ・カプローニと飛行機で真っ青な空を駆けながら、こう語る。「僕は美しい飛行機をつくりたい」。夢みることと、夢を見ること。これを併せて描くことで、得意のファンタジー性を生かすアイデアに、まずはうなった。そう来たか!
ジブリ映画で初めて実在の人物をモデルにした作品は、宮崎駿監督の趣味全開。メガネをかけ、飛行機に憧れ、仕事とタバコから離れられない主人公の二郎は明らかに監督の分身だ。そして驚くべきは、監督がその徹底したロマンチストぶりをさらけ出していることである。
すべての場面に風が立っている。その中で夢と純愛に生きるまっすぐな二郎は、監督にとっての理想そのものだ。一コマ一コマが、叙情文学の一行一行のように訴えかけてくる。映画自体が、病に引き裂かれるとわかって二郎に「美しいところだけ」見せようとした菜穂子のようでもある。哀切さが降り積もるようなふたりの愛には、涙がポロポロと呼応してしかたない。
もののけのような関東大震災の描写も圧巻だが、語り口で印象的なのは省略の美学。自分の傑作・零戦が、戦争の道具として人命を奪うということへの葛藤や苦悩も省略の中にある。だが終盤に登場する零戦の画は、きっと観客の想像を喚起するだろう。
問題は、主役の声優だ。庵野秀明の声は監督にとっては好みの声なのだろうし、意図も効果もわかる。しかし演技として違和感を呼ぶこの声は、観客が映画の世界に入り込むことを邪魔しかねない諸刃の剣だ。
(若林ゆり)