チチを撮りに
劇場公開日 2013年2月16日
解説
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2012で監督賞を受賞した家族ドラマ。フリーターの姉・葉月と女子高生の妹・呼春は、父親が14年前に女を作って出て行ってしまって以来、母の佐和と3人で暮らしていた。ある日、佐和から「お父さんがもうすぐ死ぬから会いに行って、ついでにその顔を写真に撮ってきてほしい」と頼まれた姉妹は、困惑しながらも、ほとんど記憶に残っていない父親に会いたい気持ちもあり、電車を乗り継ぎ父親のいる田舎町へやってくる。2人はそこで、異母兄弟の少年や叔父に出迎えられるが、すでに父は他界しており、さらに思いがけない人生の修羅場に遭遇する。
2012年製作/74分/G/日本
配給:デジタルSKIPステーション
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2022年4月23日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD
サバサバしたシングルマザーと娘たち。
女三人の物語です。
たとえ没交渉でも、娘たちの父親の臨終という いっちゃん大切なときには、元妻は娘たちを送り出しました。
あんまり有名な俳優を使ってないので、情景には真実味がありますね。
男も頑張っていたんですよ。
女も頑張っていたんです。
あいだにはさまれていた子供たちも頑張っていたんです。
どこにでもあるこういうストーリーを、是枝裕和レベルの「家族の重たさ」ではなく
女の子目線でサラリと描いていて、中野量太監督のライトなセンスには惚れてしまいます。
「悲しかったけど笑おうね」と語りかける映画を作るひと。
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女を作って離婚した夫が死ぬ前に写真を撮ってこいと娘に頼む母親。彼女はお母ちゃんと娘たちから呼ばれているらしい。この時点で、あ、この映画嫌いだなと思う。全然母親の気持ちが分からないし、未だにそんな過去引きずってる母親という人物造形の古さに辟易する。
セリフも不必要で間延びしたやり取りが多くて、さっさと父親に逢いに行けよと思っていたら父親は死んでいたのだった。
寿司とかセミの抜け殻とか、小道具の使い方がいちいち古くさい。お母ちゃんをお母ちゃんと呼んで慕っている家庭なんて今の日本に何件あるの?と思ってしまう。ある意味特殊な家庭をさも当たり前でかけがえのない物だという前提で描く感覚の古さに怖さすら感じる。絆とか大和撫子とか家族愛とか。あるのかないのか不明瞭なものを宗教のように崇めるのは心底やめてもらいたい。
父親の火葬場に同行しない、しないくせに「このままじゃ私たち父親を許せない惨めな娘じゃん」とか言ってるけど、故人を前に自分たちがどう思われようがええやろと。そんなこと気にしてると本当に観客から惨めに見られるよと思ってしまう。
2020年3月28日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD
些細から大袈へと
家族と廻りの人々の人間像
澄んだ風背景と共に切り撮った
つかの間の一日
心染み入る物語でした。
2019年10月30日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD
中野量太という素晴らしい映画監督はここから育っていくのか。『湯を沸かすほどの熱い愛』や『長いお別れ』と名作を生み出す中野監督の片鱗が見られるが(若手役者の演技のせいもあるかもしれないが…)まだまだ荒削りな印象。
今後の作品や変化が楽しみだ。
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