ゼロ・ダーク・サーティのレビュー・感想・評価
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ビン・ラディン殺害までの緊迫の10年間
昨今の世界で起きた事件の中でも、最大の驚きを持って迎えられたのが「ビン・ラディン殺害」であろう。元々ビン・ラディンの捜索に四苦八苦するCIAを描くつもりだったらしいが、この一報を聞いて急遽脚本を変えたらしい。正直そのニュースを聞いたときは「どうなることやら」と思っていたが、それは私の完全な思い違いであった。 まず映画は9.11のときに様々な人の間で交わされた電話のコラージュからスタートする。画面は真っ暗のまま、人々の恐怖を音声のみで描き切っている。このシーンに代表されるように、「ゼロ・ダーク・サーティ」は全編を通して音響効果が素晴らしい出来映えだ。爆破のシーンも、電話の盗聴も、終盤の作戦決行時も「音」が映画の持つ異常なまでの緊迫感を生んでいる。 CIAによる捕虜の拷問シーンも前半では盛りだくさんだ。容赦ない水責めに合わせたり、陰部を露出させたまま首輪をつけて狭い箱の中に閉じ込める。オバマがあれほど捕虜への拷問を禁止すると言っていたのもうなずける、凄まじい描写だ。 ビン・ラディン殺害に成功したCIAを、ただ賛美するだけに終わらないゆえんはここにある。このシーンだけでなく、CIAに批判が飛んで拷問を取りやめた後半でも、「拷問」がいかに有効な手段かを暗示する台詞が登場する。極悪非道のテロリストを洗いざらい見つけ出すために、極悪非道な手段をとるのだ。いかに「大義」というものが不安定なのかを指し示している。 こういったシーンの冷酷さが際立つのは、"The Killer"と呼ばれるマヤを演じたジェシカ・チャンスティンによるところが大きい。今まで彼女が出演した映画をいくつか見たが、毎回まったく異なる役柄に完璧になり切る。今回も例外ではない。捕まえたアルカイダの幹部を尋問する時でも欲しい情報を吐かなければ、傍にいる男性の軍人に殴るよう促す。人間がする行動とは思えないことを繰り返し、精神が疲弊していく様は時折描かれるが、それでも申し訳程度だ。ひたすら全面に押し出されるのは、ビン・ラディン捜索のためなら何をすることも厭わないマヤの冷酷さと異常な執着心だ。 キャスリン・ビグローは「ハート・ロッカー」でもそうだったが、戦時下などの異常な状況における「麻痺した」人間を描くのがとても上手い。拷問を加えた後は優雅にコーヒーをすすっている。こういった場面が今回ではより強調されているが、それに伴い「ハート・ロッカー」のときよりも、個々の人間の内部の描写に欠けているとも感じた。 というのも、主人公のマヤには最後まで感情移入できない。いくら9.11の主犯であるからとはいえ、彼女のビン・ラディンへの執着心は異常としか言いようが無い。なにしろ上司にすら「気でも狂ったか」と言われる始末なのだ。劇中の人物が理解できないことを観客が理解できるはずが無い。憎悪にも似たその感情をもう少し丁寧に描けば、ラストシーンもより深みが増したのではないだろうか。 その他の人物も同様だ。すべての人物が「ネプチューン・スピア作戦」実行までの駒に過ぎず、それまでに感じる葛藤などは「ほぼ」見えてこない。「ほぼ」というのは、作戦決行時に一兵士が困惑した表情を見せるシーンがあるからだ。だがそんな彼もコードネームで呼ばれる特殊部隊の1人でしかなく、あまりにも大きな事件の影に埋もれてしまっている。 さらに「ビン・ラディン殺害」に対する監督なりの考えも一切見えてこない。いや、オリバー・ストーンのように自分の考えをゴリゴリ押し付けてくるのもどうかと思うが、「ゼロ・ダーク・サーティ」は一定の筋道ですら見せない。 そもそもキャスリン・ビグローは社会派映画監督ではない。彼女は一流のアクション映画監督だ。自分の得意分野を理解しているからこそ、テロリズムにおけるイデオロギーを映画に込めるのではなく、作戦決行までの張り裂けそうな緊迫感を描く方を選んだのだ。 だがこんなにタイムリーな題材を用いているのだから、何か「一つの答え」を提示することはできなかったのか。「ゼロ・ダーク・サーティ」が映画史に残ることは間違いないのだから、もう少し大胆なアプローチもを取っても良かったのではないだろうか。 しかし先ほども言及した通り、キャスリン・ビグローは最高のアクション・サスペンス監督だ。テロリストによる自爆テロの場面はあまりのことに見ているこちらも息を呑む。会議室のシーンでさえも、(ビン・ラディンの潜伏先を発見してからは、あまりにもじれったいが)捜索に必死になるCIAたちの対決が見られる。ほとんど戦闘シーンは無いが、2時間半の上映時間で飽きがくることはまったくない。 そして何と言っても、終盤の作戦決行のシーン。彼女の手腕が遺憾なく発揮された、手に汗握ること間違いなしの名場面だ。通常のカメラと緑色の暗視カメラに切り替えることで、闇夜に浮かぶ特殊部隊の不気味な姿が一層不安感を煽る。銃撃が開始されても、むやみやたらに撃つことは無い。標的を確実に、かつ静かに仕留め、倒れたその体にも銃弾を撃ち込む。冷静さと残酷さを兼ね備えた、リアリティあふれる場面だ。 おそらくアルカイダに関連した映画はこれからも製作されることだろう。しかし、事件後わずか1年半後に公開された点、それでも最高のクオリティを保っている点でこの映画は歴史に名を刻むだろう。必見の作品である。 (13年3月12日鑑賞)
「ていうかそういえばいつイラク戦争終わったっけ?」
戦争が終わると映画が作られる。 「ていうかそういえばいつイラク戦争終わったっけ?」っていう人達に向けてのメッセージ映画っぽい。 見終われば、確かに戦争終わったんだっていう感想を抱かせる。 こんな悲惨さは終わったんだ!だから新しい所へ歩んでいけるんだ我々は! という思想に満ちてる=プロパガンダ映画に近いのかなー、と。 主人公をアメリカと重ね合わせて、主人公の真っ白な未来=アメリカのこれからみたいな隠喩で終演。 この主人公の趣味や過去が全く描写されない『職場以外に存在しない』かのような独特の主人公像は、見る人(アメリカ人)の意識の投影であるからです。『主人公をあえて描写しない』手法をとり、自己投影をさせようとする方法は『グリーンゾーン』にもありました。 次回作は今回の戦争で親を殺された人達が育って復讐戦争後かもね、期待しましょう^^ メッセージが押し付けがましいように感じるけどそれは当該事件を遠巻きに見ていた外人だからか、 当事者のアメリカ人だったら思う所あるかもしれないし、 バシバシ心を打つかも知れない。 だけど僕、アメリカ人じゃないし特に心に響かなかったです。 拷問が嫌いじゃなければ見るといいです。
忠実にただ忠実に。これがハリウッドだ!!
見終えた後は、ただその細部までにこだわったシーンが焼き付き脳裏から離れなかった。事実はその場にいないとわからないと思うが、この映画は見るものにその場を巻き戻して見せてくれる錯覚を起こすような映画だと思います。実際報道でしか断片的に情報がはいってこなかったのですべてを把握している訳ではなく、本作を見たが、はっきりいって衝撃を受けない人はいないと感じた。なぜなら、時代の大転換期の終焉と始まりを告げるできごとだからだ。IT革命の幻想と形あるものが一瞬にして崩れてしまった9.11は、これまでの希望を打ち砕いた。一瞬にして。この事件を受けて世界はより身近にそれぞれが影響されあって相互依存しなければ成立しない時代がやってきたと思う。その時代の大変換期のエピローグを本作は忠実にただ忠実に再現、描写している。しかも驚いたことにここまで細部にこだわっている職人気質の映画であることも個人的には驚いた。うん。素晴らしい出来だと思う。
佳作
ビンラディン暗殺作戦というセンセーショナルな主題を扱っていますが、映画として見ると、主演ジェシカ・チャステインの演技が光っていたように思います。 全編を通じてダレることなく、適度に起伏のある緊張感が続きました。荒削りな娯楽戦争映画などとは全く違い、とても丁寧に作られた作品。満足感がありました。
ミリオタ向けでは無い
いかにもミリオタ向けの映画かと思わされるが、ラスト20分位からようやく盛り上がる。 正直2時間30分は長すぎる。 はじめから分かっていた事ではあるが、そんなに過激な戦闘シーンがあるわけでもなく、 地味な映画だと思う。 やはり、事実をベースにしたらこうなるんだろう。
クライマックス凄い
突入まで眠くて眠くてちょっとウトウトしてしまうほどだったんだけど、クライマックスの突入からは目が覚めるほどの面白さ。敵を撃って倒れているところにとどめの銃弾を撃ち込むところに米軍のリアルな怖さを感じた。作戦はちょっと間抜けなところもあるけど、そこがまたリアルであった。
前作超えてきた
前作のハートロッカー超えてきましたね。
やはりキャスリンビグローの映画は臨場感がアツいです。
暴行シーンや爆発シーンは他の映画にはない彼女らしさがとてもでていました。
CIAの描き方もそこいらのアクション映画とはまた違いますね。
この映画は内容的に賛否両論らしいですが政治的,民族的な考えで観るのではなく,映画としてみてほしいです。映画告知がアメリカさまさま感だしてるから悪いんですよ。
渾身の演技と渾身の物語
傑作。 まず物語に言及するよりも兎に角、先に触れておくべきが主演のジェシカ・チャステインでしょう。凄いです。渾身の演技ってのはこのことを云うんじゃないですかね。 正義と呼ぶには拷問やら殺人が横行する血濡れた稼業。悪と呼ぶにはその大義が意味する処を思えばグレーの世界。 そんな只中に放り込まれた新人CIA。彼女がビン・ラディン暗殺を画策する凄腕エージェントに成長を果たすまでの一大エピック。 見事に演じ切っておりますよ、ジェシカさん。 物語冒頭の拷問に閉口しつつ、やがてそれも『毒を喰らわば皿まで』的に受け入れてく、否応なしで身に付けるタフネス耐性。 何度も命を狙われながら、決して任務遂行の手を弛めぬ、ある意味で意地にも似た狂気的信念。 あまりに不甲斐ない上司に激昂し顔筋歪めてキレる心情吐露しまくりの鳥肌モノシークエンス。等々。 素晴らしいです彼女。あんだけの登場人物、アンサンブルなキャスト揃えてるにも関わらず、主演ジェシカ・チャステインの一人勝ち。独壇場。 ―な、安定(?)した主役を据えての、肝心の物語の方なのですが。 これもこれも。ストーリーも秀逸。 終わりの見えない、気が遠くなる程に長い年月の追走劇。 掴んだ証拠はどれも霞の如く手指をすり抜けていく。不透明で空虚な証言の数々。 諦めムードも許されない精神疲弊の孤独な環境。 しかし。 それでも着々と、着々と首謀者ビン・ラディンに近付き行くアプローチ感。 結末は世界中の誰もが分かってるのに、この固唾を飲まされる緊迫感。 恐らく今年度で1番強いられたであろう、切迫した緊張感。 どれを取っても一級品。 このブロックを一段づつ積み重ねるが如くの丁寧な物語運びが、エンターテインメント性を廃しつつ、だけどこれこそ寧ろエンタメだったんじゃないか、という映画的カタルシスを用意されたラスト。 非常に面白かったです。 傑作。
観てよかった。
捕虜へのアメとムチを上手く使った心理戦からの情報収集。
その情報を片っ端から調べ上げて行く過程での様々な出来事。
そして史上最高の訓練を受けた兵士たちの襲撃シーンは実践もこのように淡々と進められているのだろう…
ウソか本当か判らなくなるような妙な錯覚に陥ってゆく…
古代兵士の大軍勢が朝靄の中からザクザク出てくるようなまるでレスピーギローマの松のアッピア街道のようなBGMが水面下での現代の戦いを静かに表現する…
爆発シーンが何度もあるがとても静かな映画に感じた。
長い
いつかは映画化されると思ってたビンラディン暗殺ミッション。 ただこの映画は、女性係官目線で、しかも8年くらいに渡った調査の上ようやくアジトを見つけるという展開。それ2時間半の尺で延々やってるので、まぁ途中飽きますよ(笑) 肝心の暗殺現場も、夜中の作戦決行なので映像が真っ暗。暗視カメラ使ってアジトに忍び込んでるけど、これ映画なんだから照明当ててもよかったでしょ(笑) 題材は興味深かったけど、思いのほか欠陥が目立つ作品。
なんとも重い気持ちに…
真実の物語ではなく、証言に基づいて作られた物語。
正直なところ観賞後の感想はスッキリしたものではない。なんともモヤモヤした気持ちを抱いたまま劇場を後にした。
この作品も前作「ハート・ロッカー」同様、作り手が答えを用意するのではなく、観た人各々が答えを出すカタチになっていると思うが、あるひとつの疑問を抱かせる方向で終わっているようにも思う。
あくまでも私個人の感想だが、
ビンラディンとされる男が100%本人であるという科学的証拠は何一つ示されてはいなかった。
ラスト、リアルタイムでストーリーが進行する中、兵士が射殺された男の名前をその場にいた女性や子供に確認する場面があるが、そこでもビンラディンの名前は一言も出てきていない。
あくまでもビンラディンらしき男なのである。
「疑わしきは皆殺し」……そう感じてしまった。
あれほど慎重だったホワイトハウスなのに、100%本人であるという証拠も無いまま見切り発車的にゴーサインを出してしまった。
しかも劇中、最終的に本人確認をしたのはマヤの目視のみ。
明かに私怨と憎悪と執念に駆られたと思われるマヤの目視だけでは、その男が間違いなくビンラディンであるとはどうしても思えなかった。
もし本人であることの科学的証拠が示されていたなら、この映画の感想は全く違うものになっただろう。
それほど重要なことが抜け落ちているために、この映画の感想は、スッキリしないイヤなものになっている。
もしこれが事実なら、アメリカの敗北ではないだろうか?
そんなふうに考えてしまう。
知るべき真実とは。
もはや、このキャサリン・ビグローという監督に
この手の作品を撮らしたら、
右に出る監督は、いないだろう。
きっと、
『ハートロッカー』を観て、この作品を観た方なら、そう思うはずだ。
このデリケートな題材を映像化するにあたり、さまざまな困難や苦労はあったに違いない。
それでも、メガホンを取ったビグロー監督の男気には、頭が下がる。
憶測で、この作品や、この作戦の背景を語りたくないので、そこは観た方の判断に任せたい。
もちろん、事実を忠実に形にしたとは思うが…
この作戦後のアメリカが発表した情報は、ものすごく曖昧で少ないからだ。
もちろん、あの作戦に参加したスタッフなどから、
イロイロな情報を集め、それを本にして行く中で、多少の脚色もあるだろうが、
脚本は、言うまでもなく、すばらしい。
アメリカの失敗や失態をも、完全にブチまけ、真実にこだわる姿勢に、ブレはない。
臨場感のある映像は、ニュース映像を観ているかのようで、
クライマックスの捕獲作戦シーンでは
思わず、一発の銃声に、ビクッとしてしまうほどだ。
この手の作品は、賛否両論あるに決まっている。
真実の向こう側は、果たして。。。
これだけ話題性のある作品。
ぜひ、その目で、その耳で、鑑賞してもらいたい。
これほど後味の悪い映画も他にない
これほど後味の悪い映画も他にない。
2001年9.11の主犯をオサマ ビン ラデインと決めつけ、CIAがSEALS(米海軍特殊部隊)を使い、彼の居場所を突き止めて暗殺するまでの過程を描いた映画。独善的で一人善がりで、正義の名を借りた容疑者への私刑と虐殺を正当化する。彼らは、ガードマンも持たず、無抵抗の武器を持たないラデインを一方的に殺害した。
ビン ラデインの急襲作戦に ゴーを出したオバマ大統領は 共和党にも出来なかったことをやった、この結果を高く評価されて、超保守、愛国支持者まで味方にしてしまった。容疑者を逮捕、捜査、尋問することもなく、主犯と断定し、深夜闇に紛れて、襲って殺すという、警察も行政も裁判制度もない私刑処分をしたのは、アメリカという世界一権力を持ち、法も民主主義も持たない無法国家だ。こんなことが まかり通るなんて。
いまだ、9.11については「アルカイダという有名だが実態が把握されていない組織による犯行ではない、」とする知識人も多い。一般に報道されていることが、事実ではなく、9.11直前に巨額のドルが、ウォールストリートで動いたことや、少なくとも、ルイジアナの飛行機事故は 爆弾犯によるものではなかったという目撃者や関係者が多いことや、誰一人として犯行を公に認める声明を出していないなどなど、わかっていないことが多い。未解決事件なのだ。
CIAやアメリカ政府が作り上げたお話ではなく、客観的な事実を私たちは、知る必要がある。
上映に先だって、アメリカ国内でも上院議員のジョン マッケイン、カール レヴィン、ダイアン フェインステインらが この映画はアメリカ政府に 人々の誤解をもたらす恐れがあると声明を出した。人権擁護団体も、映画のトップシーンで CIAが捕虜を虐待するシーンで、これらが国際法違反であるという理由で抗議声明を出した。
パキスタンも この映画は、購入せずパキスタン国内では上映できないようにした。前代未聞の形でパキスタン政府を無視してパキスタン国内で、アメリカ政府が介入、軍事行動をとったことで、政府も不快と遺憾を表明した。また映画のなかで、一般のパキスタン人がアラビア語をしゃべっている。パキスタン人は、ウルドウー語か、パシュト語を話す。また映画では、一般人がHUMMUSという、ひよこ豆とごま油のペーストを食べているが、トルコ人と違って、パキスタン人は、これを食べない。パキスタン文化に無知で、基本的知識さえ欠如しているため、このフイルムはパキスタン人にとっては悪い冗談でしかない、とパキスタン人コラムニストが語っている。
ストーリー
2003年CIA分析官、マヤらはアルカイダのリーダー ビン ラデインを探し出すために、パキスタンに派遣される。ここでありとあらゆるテロリスト容疑者へ拷問をして、情報を得る。何日も食べさせず、眠らせず、ぶんなぐり、水攻めや性的拷問 何でもありだ。ビン ラデインは腎不全を患っている。常に 腎透析できる施設と医者を必要としているはずだ。当初からCIAは、顔の割れている アルカイダ ナンバー2のアブ アラハドを、追っていたが、その写真の顔は彼の弟で、すでに死亡していたことがわかった。ありとあらゆる手段で、アブ アラハトを追う。クエートのプリンスに、アルファ ロメオをプレゼントする代わりに、彼の母親の電話番号を手にする。そこから不審者をあぶり出し、ついに顔のわからなかったアブ アラハドがパキスタン国境ちかくで ある家に出入りしていることを突き止める。屋敷には数人の男女が子供たちと住んでいる。CIAの長官は、屋敷の男女は ドラッグ デイラーだと決めつけて、まじめに取り合わない。マヤは辛抱強く 監視して、この屋敷に住むのがビン ラデインに違いないことを 確信して、仲間を説得する。遂に、2代のステルスヘリコプターで、SEALSの面々が 夜間屋敷を急襲。側近の男女たちを、手あたり次第に次々殺していって、泣き叫けぶ子供たちに、ビン ラデインの部屋かどうかを確認したうえで、中に居た無抵抗の男を 殺害。何発もの銃撃をしたうえで、ラデインと確認する。というストーリー。映画の中では少なくとも ラデインとされる男以外に3人の男女を殺害しているが、実際はどうだった、誰にもわからない。
SEALSの元隊員マット ビソネットが、ペンネームでこの作戦の内幕を克明に描いた本を出版。これが映画の参考になっている。マット ビソネット自身が、ビン ラデインに銃弾を撃ち込んだそうだ。
SEALSはアメリカ人にとってはヒーローだが、本来は名前も顔もわからない秘密の存在だ。国のために自己犠牲の精神で特殊作戦を戦い、戦果を一般人に知られることはない。退職後も彼らは どんな作戦に従事したか、家族にも語ってはならないことになっている。この愛国の戦士の名前と顔が 表に出るときは、死んだときだけだ。
例えば、2006年イラクで銃撃戦の最中 窓を破って手りゅう弾が飛んできた。一瞬のスキもなくマイケル モンスール隊員は手りゅう弾の上に覆いかぶさり 体で爆発を受け、他の仲間たちの命を救った。2005年アフガニスタンでSEALSのヘリコプターが40人のタリバンに囲まれた。米兵全員が負傷、マイケル マーフィー隊員は覚悟を決め、電波の通じやすい広場に走り、全身に銃弾を受けながら無線で友軍の救助を依頼しながら絶命した。ニュースウィークによると、己の命を捨てて仲間を助けることがSEALSの伝統だそうだ。これも、アメリカ人の自画自賛で、マット ビソネットの自伝や、この映画などが、契機になってSEALSに入隊したいと思う人も多いのだろう。
映画の中で、CIA分析官マヤが 自分の生活とか、趣味とか男遊びとか酒やドラッグなど見向きもせずに仕事にうちこんで、それがなぜかというと、9.11が動機になっていることは、わかる。事実こうした職員も多かっただろう。また、SEALSの隊員どうし 互いに命をあずけ合った仲間と仲間の友情も、本当のことで、実際にあるだろう。
しかし、映画を見ていて、一瞬たりとも共感できるシーンがない。正義はどこにいったのだ。こんなことをアメリカという国が大手を振ってやっている。許されて良いことではない。
デリケートな題材を扱ってるだけの映画
ドキュメンタリーのような映画になっている。
ビンラディンの最後を題材にしている
デリケートな題材だけに誇張せずにしっかり作っていると思う。
アメリカよりの話なので真実とは違うのだろうけど。
ただそれだけ。
この映画はデリケートな話題を扱っているだけの映画で
しっかり作ってあるが、普通の映画。
最も卑劣で効果的な。
またしてもこの時期に^^;
アカデミー賞戦を割るように突っ込んできたK・ビグローの最新作。
前作ハートロッカーで、その手腕を知らしめてしまった女性監督は、
ビンラディン殺害計画の内幕を(証言に基づいて)全面暴露している。
…大統領選を控えた政権陣営が震え上がったのは言うまでもない。
娯楽性を欠いた作りにはファンが期待するようなドラマはないし、
ひたすら(真実を)語る切り口に観応えをどう得るかは様々だと思う。
結局アメリカはアメリカだった。と、やっていることはそのものだ。
それを当たり前のように突きつけてくる話であり、爽快感などない。
アメリカ万歳!的な作りになっていないことは分かるが、
今作のテーマは主人公マヤの孤独な闘いであり、やはり復讐戦だ。
CIA分析官という特殊な任務に就く彼女にとって、そこに個人的な
感情や執着(他のチーム員同様)は持ち合わせていない冒頭だが、
その後の進まない捜査の進展、同僚がテロに巻き込まれ殺害される
という脅威を経て、彼女が段々強い執念を帯びてくるのが分かる。
(上司への強い苛立ちは迫力満点。狂気が決断を促したってことね。)
風化されかけた(言い方が悪いけど)凶悪テロの犯人を執念を持って
捜査するためには、莫大な資金と忍耐力が必要になってくるが、
どうしてそんなに執念を燃やせるのかを考えると、やはり個人的な
恨み・辛みが一番になると思う。というよりそれがなければできない。
その先に待つものが何だとか、それをやればどういうことになるか、
そんなことは分かっていても必ず報復を遂げるのが最強国の使命で、
彼女に与えられた任務なのだから、致し方ないのである。
…というのを最後の最後まで、まざまざと体感させてくる作品なのだ。
ちなみに女というのは、勘が鋭い。これが、けっこう当たる(爆)
いや、本当に笑いごとではなくて、これって実際にあるんだと思う。
だから夫の浮気とか(例えが悪い?)鼻が利くんだろうと思う。そういう
動物的な生理現象にきちんと耳を傾けてくれる組織であるのは有り難い。
とはいえ、確信が持てない潜伏先に100%!って言える自信も大したもの。
物事を決めるまではウダウダと悩んでも、一度決断したら梃子でもその
意思を曲げないっていう、頑なな意思表示も女ならでは。
あのビンラディンの最大の弱点は、鼻が利く女。だったのね。
(あれだけ用心して潜伏してるのに、見つかる時はアッサリだもんね)
バカな男共(ゴメンね)は、人質を拷問にかけて仲間の名を聞きだすが、
肝心なものはそんなところから出てこない。
ところであの拷問、K・ローチのルートアイリッシュでも使われていたが
ああやってタオルで水責めにした方がプールに沈めるより効果的らしい。
う~、やだ、こんなことまで知ってしまった。。
淡々と進行する作戦のクライマックスは何といっても突入シーンだが、
個人的には思ったほどスリリングではなかった(前作よりもまったく)
これはどうしてか、と考えると作りものではないからか?と思った。
ネイビーシールズが着々と作戦を遂行するカッコ良さがウリなのではなく、
ブラックホークが墜落したり、施錠が開かず何度も爆破を繰り返したり、
(あれでよく3階まで辿りつけたと思う)
家族とはいえ民間人を次々と射殺してトドメまで刺す描写のリアルさに
これが本当の「作戦遂行」場面なのだ、と面を喰う。
寝込みを襲うという、最も卑劣ながら最も効果的な殺害方法を遂行した
といえば、日本でも歴史に名高い「討ち入り」や「変」があるけれど、
一度で確実にやり遂げるため、そういう手を使うのは万国共通だったのね。
ぞんざいに置かれた死体袋に近づき、確認するマヤの顔に笑顔はない。
達成感も高揚も感じさせないその表情に、今作の言いたいことが分かる。
操縦士の「アンタ、どこへ行きたいんだ?」に応えず、泣き崩れるマヤ。
やっとここで彼女の人間的な一面が垣間見えるが、これで終わりじゃない。
(現在も任務についているマヤの背景は、やはり何も語られなかったねぇ)
失敗で失うものより、やらずに失うことの大きさ
世界中の誰もが知る2001年の反米テロ組織アルカイダによるニューヨークの9・11同時多発テロ。その首謀者・ビンラディンは行方が掴めないまま年月が過ぎるが、2011年5月11日、パキスタンの地方都市アボッターバードの潜伏先を急襲した米軍特殊部隊によって殺害される。この極秘作戦をクライマックスに据え、作戦実行に至るまでのCIAによるビンラディン捜索活動を克明に描いたのがこの「ゼロ・ダーク・サーティ」だ。タイトルは深夜00:30を意味する軍事用語。 ブラック・サイトと呼ばれる米軍秘密基地での拷問や、CIA組織内での攻防、中東諸国の何を見て何を信じればいいのか右も左も分からない雑多とした拒絶感など、キャスリン・ビグロー監督の演出は相変わらずシャープだ。 手持ちカメラを故意に揺らしたり無駄に顔をアップするような小手先の描写がなく、第三者のクールな目で捉えられたような映像はドキュメンタリーを見ているようだ。 突然の爆発や心理戦など、映画的な描写をつける技もクリント・イーストウッドなみだ。 映画のオープニング、9・11同時多発テロ事件での死を迎える直前の被害者と家族や警察との電話の肉声が真っ暗ななか交錯する。スクリーンにあのときの映像を流したりはしない。何もない真っ黒なスクリーンに、観客は皆、頭のなかのあのツイン・タワーの映像を想い描いたに違いない。観る者を信じて作品から贅肉を削ぎ落とすキャスリン・ビグローの思い切りのよさが出ている。 監督の緻密だが潔い性格と主人公のCAI情報分析官マヤのしたたかさがリンクする。周りの男たちがビンラディンが潜伏する確率に100%を求めるのに対し、失敗することよりも何もせずに失うことを恐れるマヤは、作戦の実行を上に対し強引に進言する。 マヤの分析能力と何年にも及ぶ執念が実を結ぶわけだが、そこには条件を引き算していくだけではない彼女の決断の大胆さがある。 作戦は成功するが、マヤは世界の至る所に見えない敵を作ってしまったに違いない。今もCIAの任務に就いているようだが、いつこれまでの人生を断ち身を潜めなければならない事態になるか分からない危険を抱える。 たったひとり、C-130輸送機のドロップゲートが閉じても彼女の髪の毛が揺れ続ける。任務完了の開放感にそよぐ風というよりは、行くアテもなくぽっかり空いた心の穴に吹き込む隙間風に見える。
観て良かった!!!
前半はまだ少しのんびり感が漂ってて眠いのを我慢するのに必死でしたがビン・ラディンの名前が出て来た辺りから集中出来ました。 特にヘリからの突入、作戦は物凄い緊張感が伝わりニュースで見たあの衝撃的なシーンとリンクして手に汗握りました。 誰もが知ってるあの凶悪なテロ事件をとてもリアル感がある映画に作ったのでその分盛り上がりに欠ける所もありましたが結果それが良い方向に行ったと思います。
観てよかったのかな?
2001年9・11起きた同時多発テロこんな事がアメリカで、ありえない、あのツインタワーが本当に衝撃でした。 関連した映画ユナイテット93はドキメンタリーを観ているのかと錯覚するほどで、 テロリストに立ち向かう乗客たちの混乱と勇気、最後のメッセージに嗚咽しました。 映画終わってもほとんどの人がすぐ立ち上がらなかったのを覚えています。 そして今回はその首謀者オサマ・ビンラディン暗殺に関わった人々。 ただ淡々と事実?だけを写していく、拷問や多くのテロシーン悲しむ暇もない。 作戦決行の日のオサマ・ビンラディンの住む現場は子供たちの泣き声、女性達の死、達成感など何処にもない。 CIA女性分析官マヤと決行部隊の心情は? すべてを観客にポーンと強く投げてくる。 これを映画にした事で、マヤ(仮名)は普通の女としてこの先の人生を送れるのだろうか。 英雄として持て囃される訳もなく、報復に怯えながら密やかに生きなければならないのなら、 彼女も被害者なのかも知れない。専用飛行機に乗った時の彼女の涙は決して誇らしげでは無かったもの。
‘ハートロッカー’に続きズッシリ。
ストーリーはご存知の通り。 ビンラディンを見つけたCIAの女性情報分析官のお話。 とにかく、派手なアクションシーンとかほぼないのに、全編緊張感とすごい張り詰めた空気が続きます。 これは、実話だから? ワンシーンワンシーンのつなぎ方やひとコマひとコマの映像全てがピーンっと張り詰めているからだと思います。 とても女性監督とは思えない。ガッツリ男映画になってます。 主演のジェシカチャスティンもすごくよかったです。 高卒の何の功績もない彼女が執念でオサマを追い詰める。 ひしひしとその感情が伝わってきました。 ラストシーンは喪失感?絶望感?の涙? 9.11テロで多くの人々が犠牲になったけどどこからスタートしてこうなってしまったのか。 ビンラディンを見つけ出したことで問題は解決したのか? この話にしても‘衝撃の実話’ということだけど、あくまでも‘証言にもとずいて’出来上がったお話だし…。 どう考えるかは人それぞれなんでしょうね。 とにかく‘必見!’と僕は思います。
絶対的なインパクトが有り、迫力は感じるが、それだけで終わってはならない!
本作品は世界的テロ組織アルカイダの主犯格の暗殺作戦が実行される迄のプロセスを描いて行く、超一級のサスペンス大作映画と言う事が出来るだろう。
確かに、2001年の世界同時多発テロと言うあの事件はまぎれもなく世界の多くの人々に多大な衝撃を与えた事件だった。
しかし、アメリカのその後に続く、アフガニスタン侵攻やイラク戦争へと事はエスカレートして戦争が発展し、多大な被害を世界中に出し続けていった。
その事で多くの罪無き一般市民が空爆などで亡くなって、この911テロの被害より報復戦争による被害の方がその数百倍もの被害を出し続けている事実を決して忘れてはいけない。
それだからこそ、この911事件の真相究明は大切な問題だと思う。
その根源的な世界同時多発テロを企てた主犯格の男こそ、オサマビンラディンと言うわけだが、出来る事なら、アメリカのCIAには、オサマビンラディンを生け捕りにして、国連法によって、その犯行の全貌を明らかにして、この男を国際連邦の裁判に因って刑に処する事を計画して欲しかったと個人的には思っていたのだが、残念な事にオサマビンラディンの逮捕は現実には起きなかった。
この映画でも描いているように、CIAの調査なども、担当当局の人間関係や、その人達の個人的な、仕事の立場や面子と言う事柄までも絡んでくるし、その時代の政治や政治家達との連動などによって、真実公正なる正義の名の基で、真相究明目的のみの為に事件の解決への目標が設定される事は無い、真実究明の足掛かりとしてのオサマビンラディン逮捕が行われる事は無いと言う真実を描き、その現実社会の構造的問題を含んで描いている点は、本作品が単なるCIAのプロパガンダ映画として終わっていない唯一の救いである。
しかし、この映画がアカデミー賞候補となりまた世界的な規模のマーケットに乗って順次この作品が公開されていったとしたら、あの「96時間リベンジ」の映画の様に、テロ組織の痛恨を煽る事にはなりはしないかと、正直恐くもある。
国際テロ組織は絶対に無くなって欲しいし、日本ばかりでは無く、世界中の何処の国であっても、テロ事件は絶対に起きて欲しく無いものだ。
そう言うテロ組織との憎しみの連鎖は、一体、何時・何処で解決する事が出来ると言うのだろうか?
日本でも戦国時代、戦では敵の一族は皆殺しする事で、報復を阻止して来たけれども、必ず武力に因る制裁は、報復というリスクを追う事になるのが世の常であるし、現実的には実態の特定が出来ない国際テロ組織なるものの、関係者の取り締まりや、ましてやその関係者による、憎しみの連鎖の阻止など、アメリカ政府は今後どう解決していくのだろうか?
この作品は今後起きるかも知れないテロ事件のリスクに対する多くの不安を煽る映画でもある様に感じた。この作品の監督キャスリン・ビグローは世界の平和を願ってこの作品や、「ハートロッカー」を制作した事だろう。彼女の願いが天に届き、私達の暮す地球に、テロ事件や戦争と言う人災が起こる事の無い事を願って止まない。彼女と脚本家のマーク・ボールには今後楽しい映画を制作して平和を実現して欲しいと願っている。
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