ハンナ・アーレント

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ハンナ・アーレント
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解説

ドイツに生まれ、ナチス政権による迫害を逃れてアメリカへ亡命したユダヤ人の女性哲学者ハンナ・アーレントを描いた歴史ドラマ。1960年代初頭、ハンナ・アーレントは元ナチス高官アドルフ・アイヒマンの裁判の傍聴記事を執筆・発表するが、記事は大論争を巻き起こし、アーレントも激しいバッシングを受けてしまう。その顛末を通して絶対悪とは何か、考える力とは何かを問うとともに、アーレントの強い信念を描きだしていく。監督はフォルカー・シュレンドルフの妻としても知られるマルガレーテ・フォン・トロッタ。2012年・第25回東京国際映画祭コンペティション部門出品。

2012年製作/114分/G/ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作
原題:Hannah Arendt
配給:セテラ・インターナショナル

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(C)2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl, MACT Productions SA, Metro Communicationsltd.

映画レビュー

4.5絶対的な価値とは?

yoneさん
2020年10月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

最近の日本には、相対的な価値観が蔓延してると思う。

「俺は良くないと思うけど、まぁ、その人が良いと思ってるんなら良いんじゃない?」みたいな、何かを失うことを恐れて全ての価値を相対化する風潮。

そんな時代だからこそ観るべき映画。

ナチスのユダヤ人虐殺を実行したアイヒマンの裁判を論評した、同じユダヤ人の主人公ハンナ・アーレントにまつわる顛末。

この裁判自体、東京裁判なみに公平性の無い見せしめ裁判なので、日本人としての自分は論じる価値は無いと思うんだけど、ユダヤ人の感情的回復を図るには重要な「儀式」だったんだとは思う。

そこに一石を投じたのが哲学者のハンナ・アーレント。

アイヒマンは官僚としての立場で機械的に虐殺命令を実行しただけで、そこに意志は無かった。悪いのは実行したアイヒマンではない、というのが彼女の主張。

彼女の言う「悪の凡庸さ」。
この恐ろしさを理解できるかどうかが、この作品を観る上での鍵。

今現在仕事をしていても感じる、官僚的な組織(会社)の思考停止状態。個人的な良心はあっても役に立たない。集合としての意志というのか、合成の誤謬とい うのか、誰も望まないのに何故か全体として悪い方向へ進んでしまう。別に当時のドイツ人が特別だったわけじゃなく、人間の組織であればどこでもどんな時代 でも起こりえる話。だからこそ恐ろしい。

そして、よくどこかの政治家が言う「絶対的な悪」など、くだらない宗教(空想)上の概念でしかない、ということが、この作品観るとよくわかる。

身の回りの友人関係を失ってでも真実を追求する、という哲学者としての彼女の姿勢に共感&感動する。
(・・作中のハンスとは後に和解したらしいけど。)

それこそが絶対的な価値だな、と私は作品を観て思った。

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yone

4.0危機的状況下においても対話し考え抜くこと

h.h.atsuさん
2020年8月11日
iPhoneアプリから投稿

20世紀を代表する政治哲学者、Hannah Arendtの1960年代前半を中心に描いた作品。

彼女は多くの名著を残しているが、本作では「エルサレムのアイヒマン」を描く前後の物語。実際のアイヒマン裁判の映像を織り交ぜ、まるでドキュメンタリー映画のように淡々と描いているところが、かえって作品のテーマ(“悪の凡庸さ“)を重く伝えている。

アイヒマン裁判の傍聴レポが雑誌で発表されると、アイヒマンの立場を擁護したと世界中の同胞者(ユダヤ人)から大バッシングを受ける。彼女は決してアイヒマンの行為自体を許していないが、彼が世間がみているような世紀の大悪人ではなく、ヒトラーの指示に忠実に従う単なる小悪人(悪の凡庸さ:the banality of evil)とみていた。

ヒトはひとたび思考不能(無思想性)に陥ってしまうと、「法」に従うマシーンと化してしまう。ナチスの暴走を招いた、一部のユダヤ人指導者にも同じ状況に陥っていたことを指摘している。

事の大小は異なるが、企業や官僚の不祥事でも同じようなことが繰り返される。
(深く考えずに)今あるルールや慣習に従うことは楽なことではあるが、もしかすると間違ったことをしている可能性に気づいていない可能性がある。

「思考とは自分自身との静かな対話である。考えることで人間は強くなれる。危機的な状況であっても考え抜くこと。」彼女のメッセージは現代の私たちにも強く突き刺さる。

社会の同調圧力の濫用に安易に屈することなく、言うべきことがきちんと言える社会の大切さ。

彼女は大学の講義のシーンで、決してアイヒマンを許すのではなく、私たちには「理解する責任」があると述べている。彼女のコメントからオウムの高級幹部の裁判を思い出す。なぜ彼らが麻原彰晃を盲目的に信じて、あのような暴挙に走ったのか、きちんと整理・理解することを行わず、結論(判決)を急ぎすぎてしまったのではないか。

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h.h.atsu

3.0アイヒマンって、よく映画化されてますね・・・

kossyさん
2020年6月16日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

 まだ1960年代、ユダヤ民族の感情からすればバッシングを受けるのは当然。それを敢えて自らも抑留されていた本人から、擁護とも取れる内容を発表する勇気には感服する。

 アイヒマン“悪”は“凡庸の悪”であって、根源的な悪ではないと主張するハンナ。最後にいつもの大学で講義するのだが、頭の固い教授たちには伝わらず、学生たちは拍手喝采!どこにでも悪があるんだと喚起してくれる講義にはもっと具体例が欲しかったけど、中東戦争が始まるまではわからないですね・・・

 最後にはハンナの気持ちもよく伝わってくるが、映画としてはなってない・・・。単に彼女の論文をわかりやすくしただけの内容だった。ガチガチの反ナチ映画よりはいいかもしれんが・・・

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kossy

4.5アーレントが提唱した「悪の陳腐さ」

2020年5月23日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

小役人だったアイヒマンが、ユダヤ人600万人を虐殺する大悪党になってしまったのは、彼が思考を停止した凡人だったから。
彼はナチス党で出世するために与えられた任務を一生懸命こなしてこの恐るべき犯罪を犯しました。
アーレント曰く、現行のシステムがもたらす悪弊に思いを至らすことをせず、それをを無批判に受け入れることに「悪」の本質があると。
役人にしてもサラリーマンにしても、現行の仕組みやシステムに対して批判的な目線を持ち合わせていないと、誰もが悪人になる可能性があるということです。
この「悪」は特別なものではなく、その辺にありふれている陳腐なものだというアーレントの考えには賛同します。

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さばとら
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