月世界の女

解説

「メトロポリス」「スピオーネ」に次ぐフリッツ・ラング氏の作品で原作及び脚色は前記諸作と同じくテア・フォン・ハルボウ女史の担当である。主なる出演者は「悲歌」「ハンガリア狂想曲」のヴィリー・フリッチ氏、「スピオーネ」のゲルダ・マウルス嬢、「淪落の女の日記」のフリッツ・ラスプ氏、クラウス・ポール氏、グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム氏等。キャメラはクルト・クーラント氏、オスカー・フィシンガー氏、オットー・カントレック氏、コンスタンティン・チェトヴェリコフ氏がクランクしている。(無声)

1929年製作/156分/ドイツ
原題または英題:By Rocket to the Moon Die Frau im Mond

ストーリー

青年飛行士ヘリウスが親友ウェンディゲルと共に多年抱く紫の夢は、夜の宇宙に冷く光る神秘の天体月世界への飛行である。今一人同じ夢を抱いて30年貧困と失意の中に日を送る老人がある。マンフェルド博士である。過ぐる日の天文学会に月世界飛行の可能とそこに埋れた金山の存在とを説いて満場の侮蔑を買った博士は以来快々として楽しまない。然も尚世に永らえているのは只一人我が学説を信じ、我と同じ志を抱くヘリウスあるがためである。夢を追う情熱の男ヘリウスも我が夢の如何に危険多きかは知っている。然も彼をして卒然と月世界飛行を決心なさしめたものは愛する女天文学者フリーデが、親友ウェンディゲルと婚約した事であった。マンフェルド博士とヘルウスに依って発表された此の拳を知ったフリーデは女の直感力からヘリウスが何を望んで此の冒険を敢行するかを知った。彼女は遂に許嫁者ウェンディゲルを説いて月世界飛行を共にする。もう一人此の旅行に連なったのは富と事業のためには何物を憚らない米国シカゴの実業家ターナーであった。思い思いの目的と希望を乗せた大ロケットは山と群がる衆人の驚駭を後に一秒間1万1200メートルの速度で蒼々たる大空に飛び去った。 最も危険な最初の8分間がたって、ロケット中の人々が死の如き深い昏睡から醒めた時、彼等は地球を去ったロケットの中に不思議な密行者を発見した。それは12才の少年グスタフであった。今は6人となった一行は36時間の飛行の後に遂いに地球に背いた月の一面に到着した。そしてゼービルヒ天文台長ハンセン博士の学説通り月世界には空気があるということを経験した。しかもそれ以上の驚異は30年前マンフェルド博士が主張して容れられなかった月世界の金山が実に嚇々として目前に屹立していたことであった。測量秤を手に金鉱脈を尋ね歩いたマンフェルド博士は、やがて或る手近の洞窟に目を疑うばかりの鉱脈を発見する。我が学説の遂いに過りなきを知った老学者は喜びのためにやや理性を失う。その時突然背後に現れたのはかのターナーであった。驚駭と激怒は遂いに老博士の足元を狂わせ博士は自ら発見した金鉱の断崖に墜落した。月に捧げられた困苦の命はそこに終った。赫耀たる金鉱を首尾よく手にしたターナーの目前には義理も人情もない。彼はただ金鉱を持って地球に帰りさえすればいいのだ。彼は一人、ロケットを操縦して帰路につこうとする。しかしその作業は中途にして折から来かかったウェンディゲルに見とがめられる。必死の争闘、打ち倒されたウェンディゲルは救いを求める。フリーデが聞きつけて馳けつける。グスタフ少年と共に甲斐なく博士の行衛を求めていたヘリウスも叫び声を聞きつける。ヘリウスの姿を見たターナーは矢庭にピストルを乱射する。ウェンディゲルは辛うじてヘリウスの命を救う。しかし横にそれた弾丸は一行の命とたのむ酸素のタンクに命中した。敵は倒れた。 しかし酸素が洩れたため、今は2人の大人と1人の小供の呼吸を支えるだけしか残っていない。そして一行は4人である。3人を地球に帰すためには1人の大人が此の月世界に止まらねばならぬ。白い孤独の世界に若い命を捨てるために2人の親友はクジをひく。運命のクジはウェンディゲルの手に残った。目の前に確実に姿を見せた死の形相。そして此の瞬間にこそ人は己れの本性に帰える。地球にいる時は信義厚い紳士であり、勇気ある友であったウェンディゲルは弱い、そして利己的な性格の人間として月世界に現われた。フリーダはその時忽然としている。自分のウェンディゲルに対する愛はただヘリウスの親友としての男に対する愛であったことを、ヘリウスこそは彼女の魂の求めていた永遠の恋人であったことを。しかし彼女は許嫁者に対する信義を忘れない。そして、自分も共に此の月世界の土となることをウェンディゲルに申し出る。それに対するウェンディゲルの答えは、地球に帰りたいという一言であった。ヘリウスは親友のために、否それよりはむしろ愛するフリーダのために自分が月に残ろうと決心する。彼は麻酔薬に依ってウェンディゲルを眠らせ、そのそばに一通の手紙を添えてロケットを去る。彼の意をうけたグスタフ少年はすすり泣きならがらもロケットの舵をとり地球を目指して帰ってゆく。地球への、人間への、命への最後のつながりであるロケットが、星光る大空に吸い込まれて行ったのをしばし見送ってヘリウスが淋しく取り残されたテントに帰って来た時、彼は其処に一人の人影を見た。誠の愛のために世を捨て、命を捨て、此の月世界に止ったフリーデの静かな姿であった。

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