そして父になるのレビュー・感想・評価
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血を取るか、思い出を取るか
取り違えられた子どもを元に展開が進む。
福山はより優秀な子どもになってほしいから血を選ぶが、リリフランキーは子どもとの時間を愛し、よき父親として描かれている。
しかし、本当に福山はダメな父親だったのだろうか。
たしかに、優生思想は問題があるが、仕事も頑張りながら家族を幸せにしたいという志しがあったことは間違えない。
また、自分の過ちに気づいた時は、すぐに謝罪へと足を向けている。
わたしは、ある意味柔軟な父親だと思った。
血縁関係の重要性、子どもとの接し方、過ちへの対応など考えさせられる内容である。
まだ私は父親ではないが、将来見返したい作品であった。
犬でも無理
自分は子供がいないので
とりあえず飼ってる犬で想定。
‥
突然他人が飼い主になって、戸惑う愛犬を考えたら‥
もう泣けます。
(犬だって無理よ、と真木よう子さんも言ってましたね)
普通にくつろいでたら切ないですが。
血のつながりがどれだけのものか
にわかには想像がつかないけど
答えは出せない!
ラスト、カメラのとこは、号泣です。
リリーフランキーのクセが強いが、主役はもちろん◎
この映画の存在は公開当時から(おそらく)「ふわっと」認識していた。「なんと福山雅治が主演らしい」とも「ふわっと」認識していた。「そういえば、尾野真千子も出ているな」とも。福山雅治は、同じ長崎県出身ということもあって、ぱっと目についていたし、尾野真千子も、NHK連続テレビ小説「カーネーション」で主演をやっていたことがしっかりと記憶にあり、やはりぱっと目についた。だから、いつか観ようという気持ちは「ふわっと」あったのだが、自ら主体的に作品を手に取ろうとまでは至らなかった。
結局のところ、この作品を観るに至った動機は受動的なものだった。当時、私は、ブルーレイレコーダーに邦画を自動で録画するよう設定していた。そうすると「海街diary」や「万引き家族」といった是枝裕和監督の作品が自動的に録画されていた。この2つの作品はすでに鑑賞済みだったが、最後まで手をつけていなかったのが「そして父になる」だった。今回、連休に入ってようやくゆとりができたので、鑑賞することができた。以下に記すように、配役にはとても満足しているのだが、テレビで観るには少し物足りない印象を受けた。全体として映像は落ち着いた感じがしており、かつピアノのBGMは品がある。映画館のスクリーンで観てこそ映えるように思う。
前述の通り、是枝裕和監督の作品には少しだけ触れる機会があった。だから、リリーフランキーや風吹ジュン、樹木希林といった「いつもの顔」が出てくると安心感を覚える。いずれの作品においても、異なる役柄を演じているはずなのに、彼ら彼女らのキャラクターは何処か似通っているところがあるからだ。とりわけ、リリーフランキーの「抜け感」にはいつも笑ってしまう。是枝作品ではない別のドラマでも、社会不適合な感じの役をやっていて、これが「平常運転」なのだろうと確信に近い感覚を覚えて久しい。今作では、群馬の小さな電器屋の親父を演じていたが、不思議な方言を話していて、相変わらず「抜け感」抜群だった。
もちろん、福山雅治と尾野真千子もすばらしかった。福山雅治はもちろんいつもカッコ良いのだが、今作では少し不器用な父親を演じている。仕事には全力を注ぐが、子育てにはやや関心が薄い。父親に「なりきれていない」感じが出ている。今にも「愛情って何ですか?」なんて言い出しそうでおっかない。それとは対照的に、尾野真千子はいわゆる「良妻賢母」そのものを演じきっている。2人の子育てに対する温度差があって、それが最後にグッと縮まっていく気配が感じられるところが、鑑賞者の涙を誘う。
”父”とは、”親”とは何なのか?
とても大切なことを投げかけた題材(だからカンヌで絶賛される)。
家族とは何なのか、幸せとは何なのか。
父とは何なのか。
上映後の監督のスピーチで聞いた。
監督の娘さんの一言をきっかけにして生まれた作品だそうだ。家から仕事に向かう監督に、娘さんが言った一言「また、来てね」。手塚治虫先生もお子さんに言われたとどこかで読んだ。
偉大な仕事をする男は、そうならざるを得ないのか。けれども、それでいいのか。そんな疑問がよぎる。
監督も「父としてこれでいいのか」と思ったとか。
だからか?
監督が娘さんとやりたかったことが、斎木家に投影されているんじゃないかと思う演出。
「慶多が良多を尊敬して良多みたいになりたいと思っているから、良多だってそれなりの父だった」というコメントをどこかのレビューで拝読したが、一概にそうとは言えない。
このくらいの年の子どもは、自分を虐待する親のことも肯定して、虐待する親のようにふるまえないから、暴力を振るわれると思う。虐待する親を理想化して虐待する自分を価値のないものだと思い込む。だって、”家族”が”法”であり、”世界のすべて”。それ以外の価値観を子どもは知らない。(”家族の価値観”以外の”価値観”を知るために”学校”は大切。)
”父”という役目を誤解していた男の成長譚としてみれば、それなりに見られる映画なんだけれど…。
”家族”の物語として観てしまうと…。
あの流れで、子どもを取り換えるか?と唐突。お試し期間だとしても。「交換しなきゃね」と思わせるような描写がもっと欲しかった。
また、周りの人々とのやり取りの中で野々宮が自分の生き方を振り返るのは良いとして、
カメラのシーンは涙を誘うけれど、『そして父となる』というテーマなら、息子たちとのやり取りの中でももっと葛藤・気づきを得てほしかった。
とってつけたように、一番従順だった息子の反乱が描き出されるけれど、そこも唐突。慶多の描写は、今までにない自由な環境で楽しんでいる描写しかなかったのに。慶多が過剰適応していると匂わせてくれるショットが少しでもあればよかったのに…。
もう一人の息子との心の掛け違えの描写は秀逸。でもあのシーンだけ他で撮ってはめ込んだような違和感…。
そして、この事件の現況の家族。血のつながりについて、良多が思いをはせるきっかけとしては重要なエピソードなのだけれど、ここを削って二つの家族と子どもをもっとじっくり描いてほしかった。
そして、笑っちゃうほどステレオタイプな人物造形。
子ども目線で子どもと心の交流するけれど、躾のできていない斎木家。
子どもの気持ちなんて無視する管理者気質+過干渉的な関りしかしないけれど、躾と教育はしっかりしている野々宮家。
衣装にも意味を持たせてコーディネートしている話を伺うと、そこまで設定するのかすごいなと思うのだけれど。
その対比すらも表面をさらったような描写。
何より、上にも記したけれど、子どもたちの気持ちが表現されていない。当事者の二人の戸惑いはあんなものなのか?兄弟たちは?突然兄がいなくなったらそれなりの反応があるだろう。
ドキュメンタリー手法を得意とされる監督と聞く。
『誰も知らない』では成功した手法だが、この作品に合っていたのか?
ドキュメンタリーなら、かえって実際にこのような被害にあわれた方を取材した方が、もっと迫力のある、真実が描き出されたのではないか。
ー取り換え事件を描きたかったのではないのだろうけれど。
ー”父”としての自覚が芽生えていく過程を描きたかったのなら、『クレイマー、クレイマー』のシチュエーションの方がシンプルだったと思うけれど…。
監督ご自身がまだ”父”としてどうあるべきか迷っていらっしゃるのではないか。
”父”として現役だから、これ以上思索を深められなかったし、客観化が中途半端になってしまったのではないか。
二兎を追う者は一兎をも得ず。頭で考えた感の演出・脚本が、今一つ乗れない。
血か時間か。よくわからない。
狩野先生という精神科医がある講義で「一緒に過ごす時間が家族を家族としてくれる」とおっしゃっていた。
血のつながりはなくとも、人として尊重して愛され育まれている子どもを知っている。
血のつながりがある親から搾取されている子どもを知っている。
血のつながりはあり、同じ家に住む父を「たんなる同居人」という青年~大人は多い。
取り換え事件に巻き込まれた家族を調査した論文では、100%”交換”をして、成功したらしい。
論文を読んでいないから反証はできないが、”成功””適応”をどのように評価したのか。
年齢にもよるが、子どもは大人の決定に従わざるを得ない。自分で変えられない環境なら”適応”するしかない。
子どもは授かりものである。
子どもを”作る””育てる”という感覚が身についてしまったけれど、
子どもとの時間は、子どもが与えてくれるもの。子どもがいなければその時間は存在しない。
子どもがその人の元に来るおかげで、その人は”親”になることができる。
なのに、いつから私たちは、そのすべてを私たちがコントロールできると思い込んでしまったのだろう。
親子の関係。最終的に当事者の子どもにしか評価できないのだと思っている。
カプセル親子、双子親子、友達親子という言葉ができて久しい。毒親という言葉もメジャーになってきた。
甘やかすだけでもダメ。厳しいだけでもダメ。
子は意外に親をちゃんと見ていて判断している。その躾や行為を誰のためにやっているのか。
自分のために生きるのか、誰かのために生きるのか。
血であろうが、時間であろうが、親子になるのは難しい。
(区の企画鑑賞会にて)
泣けるなぁ。4人の親と子供が、健気です
今まで大切に育ててきた6歳の息子が、実は産院で取り違えられた他人の子供だということがわかり、さぁ、どうする・・・と双方の家族が翻弄されるというストーリー。
エリート夫婦に福山雅治と尾野真知子、下町の電気屋の夫婦にリリーフランキーと真木よう子。
このままがいいのか、それともやはり元の親に戻す方がいいのか・・・
話し合い、やはり交換する方向で、とりあえず週末だけ新しい子供と過ごすそれぞれの家族。
かわいそうなのは子供です。急に預けられてもわけわかんないよね…
急に、私たちがほんとのパパとママなんだ、と言われても…
結末はあえてここに書きませんが、子供がいる人には心がズキンときてたまらない映画です。
でも、でも、取り違いはもちろんあってはならない事で悲劇には違いないんですが、この事があったことで、この4人の親は、人として、親として、家族として、すごく深みが出て、絆が深まって、あらためて愛を知ることができたのは間違いない。
(あの看護師には怒りしか感じない… どうしても同情できなかった)
私は母親の立場としてやっぱり観るので、真木よう子と尾野真知子が困惑しながらも目の前の子を一生懸命愛して世話する健気な姿に胸打たれ、2人が河原で抱き合うシーンに涙でした。母は強し、愛深し。やっぱり男と違ってお腹痛めて産んでるからなぁ。
福山雅治の演技も結構好きなんですよね。淡々としてるけど、ふとした時にグッときます。
最初はほんとに嫌な人で、上から目線で自信家で、冷たい感じなんだけど、もちろん彼も悩み苦悩してるわけで。。。
ちゃんと息子と向き合うラストには泣かされました。
リリーさんの、子供と転げ回って遊ぶ庶民的な父も好きだし。
そうそう、今は亡き樹木希林さんが祖母役で出てますが、あのフワッとした感じ大好きです。
「昔はねぇ、戦争の時、孤児になって貰われたり親戚の子を引き取ったり、そりゃあ色々あったんだよ」って。
家族ってなんだろう。
血のつながりって、なんだろう。
良い映画です。
さすが「万引き家族」の是枝監督。
「海街Diary」も良かったけど、是枝さんは家族のコアな部分に迫るのが上手い!!鋭い!!
次回作ではソン・ガンホさん主演とのこと。楽しみです!
リリーフランキーの父役が、素晴らしい
福山の演じた父役のように、父と言う自覚が足りない男性も多いのだろうな。手放してやっと、一緒に過ごした6年間の重さを実感、やっと父になった。けど、この後、どうなるんだろう。
鑑賞するのは2度目だけど、前より心に刺さりまくり、涙が止まらなくな...
鑑賞するのは2度目だけど、前より心に刺さりまくり、涙が止まらなくなった。是枝監督の描く人間は、良くも悪くも基本みんな善良な人間。自分がおかしいって思っている人がいないからこそ、他人との軋轢に苦しむ、そういう描かれ方していて、大人の心に突き刺さりまくるのかなあと思います。
ラストシーンに涙
重いテーマの作品と思い避けていつか、見ようと思っていて今日みた。もっとはやく見れば良かった。素晴らしい映画です。
家族とは親子とは、何なのか、考えさせられます。
予想では6年育てた子供をそのまま育てると思っていた。僕なら絶対にそうする。
しかし結論として、交換してしまう。
福山雅治の家にきた、リュウセイ君は家出する。そして流れ星にお願い何したの?
と聞いたら、もとの家に帰りたいという。
福山雅治も最初からあとで、変わった。
リュウセイ君とよく遊ぶようになり、子供の気持ちを思いやるようになる。
そしてラストシーン
はっきりしないが、リュウセイ君をリリー・フランキーの家に連れて行き、ケイタ君を迎えに行く福山雅治家族。
ケイタ君はパパなんてパパじゃないと逃げた。そして父親は懸命に語る。
言葉の下手くそな足りない父親だが。
ケイタと福山雅治が抱き合う。
もうミッションはおしまいだ。
そうだよね。そうだよね。
涙が止まらない。父親は育てた子供を捨てることなんてできないし、子供を育ての愛着のある親から引き離す権利なんてないんだ。実際に権利はあるのかもしれないが。
子供の気持ちを優先してあげたい。
親子の素晴らしさを再認識させられる
映画だ。両夫妻が好演です。
涙なくして見れない。
福山さんがなかなか良かった
取り違いが起きた理由がちょっと「え?」と思ったが、そのあとの展開を考えると、それもまた必要な伏線だったんだろう。
結論としては、こっちじゃないほうを選ぶ人もいるのかもしれない。
だけど私も、「時間」な気がする。
まさに設定の勝利。
病院で取り違えられた二人の子供を6年間育ててきた二組の夫婦。
生活環境も何もかも違う二組に、さあどうすれば良いのでしょうかという答えは、実はありません。
この映画でも、やはり最後まで答えは出ません。
つまりね。
これはもう、答えを出さずに済むのですから、福山雅治・尾野真知子組も、リリーフランキー・真木よう子組も、演技合戦やり放題。
監督、ほんとにいいネタを設定しましたね、って感じで、きっと話のほうが勝手に成長していってくれた、そんな映画と感じました。
つまり、これら名優たちの名演技を楽しむ映画というのが真の姿だと思います。
100%、設定の勝利って感じでしょうか。
最後のエンドロールへ続くカットは好み
建設一流企業のエリートサラリーマンは都内の高級マンションに息子と妻の3人暮らし。
病院からの知らせで小学高入学を控えた息子が赤ちゃん取り違えが起きていたことを知らされる。血のつながった息子は下町の電気店で、夫婦と子供2人と5人暮らし。
お互いの家庭で息子を血のつながりの家庭に戻そうとし、互いの家庭環境の違いからすぐに融和できないが、それぞれに葛藤を抱えながら、成長していく。
一番変化があったのは、主人公のサラリーマン。父としての在り方を見つめなおし、子供との時間を増やしていく。
是枝監督の瑞々しい描写、リズムのいいカットで自然な流れるような展開でとてもみやすい。最後のワンカットで次第に引いていき、エンドロールが流れる展開は好み。
うーん是枝監督
まず、リリーフランキーは極悪や、scoopの役柄が私的にははまり役なので、いい父親と言うイメージがない。
福山の家庭はエリートで子供も一人っ子だし英才教育が可能。
家族の多い家でみんなでわちゃわちゃしてるのは楽しくみえるが、大人になった時にエリート家庭で英才教育を受けれた事には感謝すると思う。
自分が庶民だから、そう思うのかもしれない。
コロナ時代に極めてマッチしたテーマの作品だと思います
ポロポロと涙がこぼれました
我が身を振り返って冷や汗も流れました
どちらの親だって正しい
子供の将来が自分より少しは開けて欲しい
そのためには経済的にもある程度は余裕がないと、それなりの教育も与えられない
自然のあるところで暮らして、庭のある広い家に住んで、育つ環境も良くしてあげたい
そんなことを考えて子供が小さかったころは、かなりの郊外からの長距離通勤に耐えました
だから月曜日の早朝会議に出るために、始発で出勤して終電で帰ってくるような生活になっていました
出張も多く、月曜日に家を出たきり金曜日の飛行機で帰ってくるような時期もありました
そんな調子だから、いつも子供は寝ていました
土日しか起きている子供に会えなかったのです
その土日も、今度は自分が疲れはてていて、ゴロ寝ばかりでした
野々宮良多を非難することは自分にはとてもできません
それでも斎木雄大の家ような雰囲気を土日の間だけは努力してきたつもりでした
家族で車で買い物にでたり、一緒に公園に行って遊んで、子供達とお風呂にはいって、寝るまでの間ふざけたり、たまにはドラえもんの映画にも連れて行ったりもしました
だから中途半端で、さほど教育熱心でもなかったからお受験も失敗、習い事もやったり、辞めたりでした
その子供達ももう大きくなりました
果たして自分は「父」であったのか?
合格点もらえる存在だったのでしょうか?
とても駄目です
本作の描く二つの両極端の育て方の中の、真ん中なのか、どちらか寄りなのか、自分だけでなく皆さんそれぞれ苦闘してもがいて子供を育てているのだと思います
でも、子供は子供です
子供らしい子供に育つことが一番です
そしてそれが本当の親子の情を育むのだと思います
それが本作の結論なのだと思います
ラストシーンは日暮れていく群馬県の街並みの光景にカメラが引いていきます
この二つの家族の結論は語られません
それぞれの本当の子供を育てるのか
やっぱり元の通り取り違えた子供を育てるのか
それは観客たる私達の想像に任されます
自分ならどうするのか?
本作を観てあなたの子供との関係がどう変わるのか?
それを考えて欲しいとの是枝監督からのメッセージなのだと思います
野々宮は宇都宮の研究所に異動となり、例のタワーマンションから栃木県の環境の良い一軒家に住まうことになるでしょう
仕事も以前のような激務ではなくなり、朝食も夕食も家族と一緒の暮らしになるはずです
琉晴なのか?慶多なのか?
もう、どちらの子供でも大丈夫な気がします
良多もこの事件で子供と共に育ったのだと思います
彼は大人になったのです
初めて父になれたのだと思います
コロナウイルス禍でテレワークが広がりました
父と子供の関係、仕事と家庭のバランス
それを見直すきっかけになったのではないでしょうか?
コロナ時代に極めてマッチしたテーマの作品だと思います
福山雅治演じる父親がイケメンすぎる
2013年11月3日最寄りのイオンシネマで観て以来2度目の鑑賞
当時カンヌで賞を獲った影響で劇場は三密状態で窮屈な思いをした
カンヌとかベネチアとかアカデミーとかこの世から無くなれと思いながら観たものだ
重いテーマだ
さすが是枝はうまい
彼は無駄に左翼発言を繰り返すためかアンチも多い
たとえ彼がパヨクでも映画監督として素晴らしいのは間違いない
思想だけで人間の価値は決まらない
それゆえに玉川徹も青木理も室井佑月も平等に価値がない
なるほど子供の演技が自然だ
是枝が為せる技だ
監督がモニタリングの演出をするなら観てもいいんだがな
主演の福山雅治がイケメンすぎる
父親っぽくない
イケメンの父親は世の中にたくさんいるだろうが
ガリレオは彼のルックスにぴったりはまったが今回はちょっと違うかな
福山雅治のイケメンぶりは非現実的に思える
大沢たかおあたりならうまくはまったような気がするが
どう見てもホームレスっぽいリリーフランキーが福山雅治の頭をポカリとやるシーンがあるが強い違和感を感じた
是枝監督の要望かリリーのアドリブかわからないが頭を叩くことはないんじゃないか
普通は肩を押すんじゃなかろうか
両方の父には内面的に明らかな欠陥がある
それゆえに人間味はある
奥さんたちにはそれがあまりない
よくできた嫁だ
美人だ
是枝の理想像なのだろう
良多は自己中だろうか
自己中なのは中村ゆりが演じた元看護士だろう
幸せとは?親子とは?血の繋がりとは?自分なりに深く考えた
血の繋がりがある親子だから幸せというわけではない
その逆もまた真なり
毎日つらい思いをしていると他人のちょっとした優しさに幸せを感じて涙が溢れる
年がら年中ボーと生きていると何が幸せかわからない
どっちの父親を選ぶかと聞かれたら自分が同じ立場なら福山雅治を選ぶ
リリーフランキーが一般人なら痴漢で逮捕されそう
尾野真千子という役者を初めて知ったのはこの作品だと記憶している
川で真木よう子と2人で横並びになったシーンで尾野の鼻の高さに驚いた
とんねるずが昔ミツカン酢のCMで「鼻たーかだか」って言っていたときにつけていた付け鼻みたいな変な鼻だなとあの頃は思った
良多慶多の再会シーンが泣ける
BGMのピアノが良い
やっぱり最後はモヤモヤした終わりかただった
痛快娯楽時代劇じゃないからしかたがない
これも是枝監督の特徴だ
是枝監督はだいたいいつもこうだ
「あれ?終わり?」
無能なんかじゃなくてあえてこんなふうにしているんだ
是枝の考えは知らないけど
みんなで一緒に暮らしちゃえば解決じゃないのかな
大人と子供
親に振り回される子供…。
子供交換の動機が弱いような気がしました。リリーフランキー家が納得したのが謎。
ぼやっと続いていく切なさがこの監督の作品なのかな
取り違えの看護師は最悪!
あの場で息子にお前の母親は犯罪者だぞ!と言ってもおかしくない。許されない存在だと思う
【"子供のために毎日頑張る父親は、涙するに違いない・・・。"と、観賞当時思った作品。】
ー 今作で福山雅治さんが演じる野々宮良多は、前半は相当、いけ好かない奴である。
上から目線で人を見る姿や話し方・・。
特にあの
”ふたりとも引き取りましょうか・・”の台詞には怒りが爆発したものだ(脳内で・・)ーー
・野々宮が乗っている高級車も、(とっても良い車なのですが)彼が運転していると、
”うーん、君は、乗っている車で自分のステイタス感を出す奴なのね・・。
君が乗るには10年早いね・・。”
と、心中思ったものだ。
(私も充分、上から目線である・・。)
・その後、斎木家夫婦(雄大:リリー・フランキー、ゆかり:真木よう子)の子育ての仕方、人との接し方など、自分とは違う価値観の中で楽し気に生きる姿や
妻みどり(尾野真千子)の彼に対する遠慮しながら生きて来た姿勢が変容する様、そして、その理由に気付いていく過程の中で自分の価値観、生き方に疑問を感じていく良多の姿。
・そして、良多が6年間育てた”息子”慶太に
”出来損ないだったけど、これでもパパだったんだよ。”
と川沿いの道で、必死に声を掛けるシーンで、涙が溢れてしまった。
<是枝監督が描く家族の姿は様々だが、今作は当時、自分と息子との関係性をダブらせて観てしまったため、後半部分、涙が止まらず困った作品。
その後、
”貴方は相変わらず、傲岸不遜な態度を取っている”
と家人に言われた際には、見返している作品でもある。>
<2013年9月24日 劇場にて鑑賞
2020年1月12日 息子が成人式に出掛けて行った日にレビューアップ。>
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