劇場公開日 2013年9月28日

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そして父になる : インタビュー

2013年9月22日更新
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是枝裕和監督「そして父になる」で合致した福山雅治との思い

確かに意外な顔合わせかもしれない。是枝裕和監督も「あまり縁があるとは思っていなかった」という福山雅治との出会い。だが両者の思いは見事なまでに合致し、結果、「そして父になる」へと昇華した。子どもの取り違えという事態に直面した2組の夫婦の苦悩、子どもたちの戸惑いを、現場の意見を取り入れながら丹念につむいでいった是枝監督。カンヌ映画祭では審査員賞という勲章はもちろん、福山をはじめ出演した2家族6人と一緒に公式上映に臨めたことに大きな喜びを得たようだった。(取材・文・写真/鈴木元)

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是枝監督は、掲げたテーマに対し綿密な取材を重ねて脚本を練り上げていく。出演者ありきで企画を進めることはまずなく、今回も温めていた構想の中から医療ミスもの、ある画家の話、平安時代が舞台の時代劇とともに福山に提示したのが、「そして父になる」の原形だった。

「とにかく小さくて等身大の話を振ってみようかなと思い、やってもらうなら家族もの、ホームドラマ、父親役はやったことがないから面白いかなって。当時自分に3歳の子どもがいたので、父と息子の話にしてみよう。なかなか一緒にいる時間のない子どもと父親が、どうつながっていくんだということに日々悩んでいたから、それを福山さんに悩んでもらおうと思ったのがスタートです」

野々宮良多(福山)は一流大学を卒業し、大手建設会社に勤務。妻・みどり(尾野真千子)、一人息子の慶多(二宮慶多)とともに都心の高級マンションで暮らしている。順風満帆のエリート生活だが、みどりが地元・群馬の病院で慶多を出産した際、取り違えがあったことが発覚。同地で電気店を営む斎木夫妻(リリー・フランキー、真木よう子)の長男・琉晴(黄升炫)が実の子であることが分かり、互いの家族が交流しながら育ての子か血のつながりかで揺れ動き、時には本音をぶつけ合っていく。

劇中には、是枝監督の実体験も数多く反映されている。

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「自分の日常を振り返る部分が、他の作品に比べると多かったと思います。(子どもと一緒にいられない)後ろめたさみたいなものですかね。ここ数日、子どもが僕の寝顔しか見ていない、向き合えていないことに気づくきっかけとなった出来事があって、それはけっこうショッキングでしたね。そういう生活の中でのディテールは、いろんな形に変えて入れています」

脚本が完成しても、あくまでベースに過ぎない。撮影で1シーン、1カットごとに構図や俳優の芝居などを見て臨機応変に改稿するのが“是枝流”である。すべての作品で一貫していることだが、今回はその“のびしろ”の部分が大きかったそうで、完成した作品と比べ脚本の出来具合は「6~7割ほど」だったという。

「メイキングを見てビックリしたんだけれど、マンションの風呂場で一生懸命考えながら『すいません、もうすぐ台本できますから』って誰かに謝っているんです。そこで書いてんのかあと思って(笑)」

自分自身への思い入れが強い脚本だっただけに、しゅん巡したことも多々あったと自ちょう気味に語る。一方で、「それだけ、あのふた家族が魅力的だったんですよ」とキャストの貢献度の高さも強調した。

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「ちょっと主人公に自分を重ねすぎて、エピソードも含め実体験を重ねちゃったから、それが面白いかどうかよく分からないっていうのがあるじゃないですか。自分にとっては強かったけれど、確信が持てないまま書いて、引っ込めてみたいなことを延々とやっちゃったんですよ。クランクアップ近くまで。そういうちょっと迷路に入ったとこころもあるんですけれど、今回はキャストに助けられました。皆がプラスに、うまく作れたし、非常に楽しい現場でした」

その中でも軸となる福山には、かなりの信頼を置いていた様子。かねて「コミュニケーション能力の高い俳優」と話していたが、それはどういった局面で感じたのだろうか。

「(クランクインから)1週間くらいたって、福山さんが『僕がどう演じるかではなく、(2人の)子どもから出てくるものにそれぞれ投げ返して、それが違って見えればいいんですね』って確認しに来たんですよ。だから、それで大丈夫ですって。現場でつかんだんだと思う。キャラクターはつかまえられたので、ある程度やり方が分かってからは、子どもへの演技指導も含めて完全に任せちゃった。そこから全然ぶれていないから、そういう意味では適応能力が高い。樹木希林さんや夏八木勲さんとの芝居もそうだったから、直球はちゃんと捕まえるし、荒れ球も捕れる感じ」

そして、ワールドプレミアは5月のカンヌ映画祭。是枝監督にとっては、9年ぶりのコンペとなったが、公式上映は福山をはじめ6人の主要キャストと観賞し10分以上のスタンディングオベーションという大喝采で迎えられた。

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「映画にとっては素晴らしい、最高のスタートを国際的には切れたと思っています。やっぱりあの時間は特別なんですよ。褒められてうれしいというのはちょっと違って、言い方は本当に難しいんですけれど、映画という豊な文化の中に自分の作ったものも含まれていて、大きな川の流れの1滴になっているというか、何か大きなものに包まれている感じがすごくする場所なんです。そういう時間を経験してほしいというのがあったので、スケジュールは大変だったけれど、無理して皆で行けて良かった」

審査員賞という結果に対しては冷静に受け止めているが、授賞式では思わぬ感動を味わったという。2004年、「誰も知らない」で最優秀男優賞を受賞した際、クエンティン・タランティーノ読み上げたのは「ユウヤ・ヤギラ(柳楽優弥)」だったが、今回、初めて自分の名前が呼ばれたのだ。

「授賞式に呼んでもらうことで、ある種の達成感があるんです。でも今回、初めて自分の名前が呼ばれたから。しかも、(スティーブン・)スピルバーグが僕の名前を呼んだぞって、素直に少年のように感動してしまった。それまでは冷静でいられたのに、あの瞬間はちょっと高揚しましたよ。加えて、受賞が決まった時の会場の拍手が、この映画をすごく愛してくれたんだというのが伝わってきたので何よりでした」

“カンヌ効果”もあって、「そして父になる」の公開スクリーン数は既に300を突破。「自分の映画とは思えないですよ。シネコンの大きなスクリーンで自分の予告が流れているのは、ちょっと面白い。人ごとのような感じがします」と照れ笑いしていたが、期待値も高まるばかり。是枝監督と福山らが「小さくて等身大の話」で起こした化学反応は、日本全国へと波及していくはずだ。

インタビュー2 ~福山雅治に大きな糧をもたらした運命的な出会いと新たな意欲
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