「振り向かないトラ。」ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
振り向かないトラ。
私は2Dで観たんだけど、それでも十分に映像は美しかった。
しかし内容は、何とも神々しい、尊大なテーマを孕んでおり、
無事に着地した?と思われたはずの漂流ファンタジーが、
一気に現実化してしまうラストの衝撃度は、かなり大きい。
原作は知らないし、予告でもやたら、トラ、トラ、トラなので
パイの人生より、リチャード・パーカーに興味津々(計算ずく?)
少年とトラが漂流する物語としてはとても面白い出来である。
だけど、、いやそれにしても、、
何だろう、この鑑賞後に残る残留感と気持ち悪さ。
そもそも、
こんな苦難を目の当たりにした本人が、調査員やライターに
どう話せばいいんだよ?って、そっちの方がムリな話である。
だから、
こういうファンタジーになってるわけね、とこちら観る方も
どこかで納得していかないと、心がついていけなくなるお話。
少年パイと中年パイが、ボロボロ流す涙がそれを示している。
冒頭、まだ幼かったころのパイの物語は温かく、面白い。
なぜその名前で、なぜ家族が動物園をやっていて、なぜインドを
離れなければならなくなったか。
そもそも祖国で順調に暮らしていられれば、こんな災難に遭わず、
パイは頭のいい?パイのまま、あの初恋の女の子とも付き合えて、
動物園を継いで、結婚して、そんな妄想が膨らんじゃうくらいだ。
カナダへの渡航が齎した遭難と漂流が、彼の全てを変えるのだが、
ラストまで観て(聞いて)から思い返すと確かに…
なぜこんなチョイ役で(あのヒトですよ)大物俳優が?と思ったし、
人間ですら為す術もなく沈んでいく貨物船を前に、パイ以外に
あんなに動物が乗り込んでくる(来るんだもんね~アレに乗って)
ボートっていうのもおかしなハナシである(ダメ出しするなって)
肉は食べない、っていうお母さんの台詞も頑なまでに焼きつく。
だがしかし、この時点ではまったくそういう疑問符はわかない。
今作の凄いところは、その、純然たる遭難ファンタジーが壊れず、
最後の最後の最後まで、観るものを美と驚愕の世界へ惹き込んで
離さない(まるでトラに喰い付かれたかのように)ところなのかも。
まぁやっぱり、リチャード・パーカーの魅力に尽きるんだけど。
こんな苦難を経験した人はおそらくいないと思うので(身近にも)
想像のしようがないのだが、
もし今自分が健康で幸せに暮らしているのならば、まずはそれに
感謝して、今後も普通に生活していくんじゃないだろうかと思う。
(中年パイもそんな感じだったし)
あの年齢であんな経験をしながら、自分で自分を成長・納得させ、
過去と決別する勇気(振り向かないトラ)そのものを体現している。
人間は生きるためなら何だってやるさ~!そりゃ(いざって時には)
だけどリアルに経験した者ほど他人にそんなことを語ったりしない。
自分は苦労したとか何だとか言ってベラベラ喋る大バカ者がいるが、
本当に苦しんだ人間ならそんなことは億尾にも出さず相手を助ける。
良い本を書きたい人には、それに沿う物語を語って聞かせられる。
ある意味自己満足にもとれる、絶対信者のような言い回しも多いが、
目を背けたくなる場面をどうすれば神話化できるというのだろう。
あんなミーアキャットだらけの無人島など普通は想像もできない。
島の描写も海の描写も「食物連鎖」を提示して、人間はどうやって
(信仰心や宗教に関係なく)生存していくものなのかを示している。
神々しいファンタジーとして築き上げた、その世界観はお見事。
どうもラストのおぞましさだけが強調されると嫌になるけれど、
その胃もたれ・消化不良は生きていてこそ味わえる不快感である。
あまりにテーマが尊大(一見で分かり辛いのが多い)すぎて、
エンターテインメント性に欠けるのが、アン・リーらしい仕上がり。
(演技未経験の青年とCGのパーカーの演技には恐れ入る、お見事!)