幸せへのキセキ : 映画評論・批評
2012年5月29日更新
2012年6月8日よりTOHOシネマズスカラ座ほかにてロードショー
豊かな幸福感に満ちた上出来のファミリー・ピクチャー
愛する家族の死に動物と子供が絡む感動的な実話という、凡庸な作り手の手にかかればいくらでも後ろ向きで湿った、嫌な映画になる可能性を持ったベタな題材である。日本映画にもよくあるその手のダメな映画の多くは、こうしたドラマに有名スターたちの自己主張の強いクドい芝居や大声で歌い上げるタイアップ主題歌などを加え、無駄な“足し算”や“掛け算”の発想でせっかくの題材をリアリティのないお涙頂戴劇にしてしまう。
キャメロン・クロウ監督は、そんなありがちな手法とは正反対の“引き算”と“割り算”で素材の良さを際立たせ、さわやかな感動を呼ぶ上出来のファミリー・ピクチャーに仕上げている。脚本は細部を積み重ねながら、見る者の感情を過剰に揺さぶることなく淡々と物語を語り、大人から子供まで、後ろ向きだった家族全員それぞれが前を向く姿を丁寧に描いていく。また、マット・デイモン、スカーレット・ヨハンソン、トーマス・ヘイデン・チャーチといった、どちらかというと個性の強い濃い目の名優たちはもちろん、子役や動物に至るまで、キャスト全員がでしゃばらない芝居で互いの存在感を高め合い、アイスランドの人気バンド、シガー・ロスのヨンシーが手掛けるサウンドトラックも無理な自己主張せずに作品を盛上げて効果抜群。そうした奥ゆかしい“引き算”の数々でシンプルな素材を“割る”ことで、この一見突飛な実話の持つ、優しさと不屈の冒険心が濃厚な密度で際立ち、見る者にじんわりと、しかしリアルに伝わってくる。派手さはないものの、豊かな幸福感に満ちた好編である。
(江戸木純)