愛と誠 : インタビュー
妻夫木聡「愛と誠」で体感した三池崇史監督の演出
「映画、どうでした?」「本当に面白かった?」「楽しんでもらえた?」。妻夫木聡は、心配そうに問いかける。自分の評価が気になるというよりは、演者として自分はその人物をしっかりと表現できていたのだろうか? 観客を満足させることができたのだろうか? という自身への厳しい問いかけのようでもあり、その問いかけがいつもより多い作品となった「愛と誠」は、いい意味での問題作として、妻夫木の記憶とフィルモグラフィーに刻まれた。銀幕デビューから10年以上経っても、いまだ最盛期を保ち続けている俳優を不安にさせた「愛と誠」。きっとそこにはこれまで見たことのない妻夫木がいるはず──。(取材・文/新谷里映、写真/片村文人)
究極の片思い、究極の純愛というキャッチコピーがつけられているが、「こういう映画ですと、ひとことでは言い切れない。純愛エンタテインメントのひと言で終わらせるのはもったいない」というのが妻夫木の本音だ。原作は、梶原一騎・ながやす功による伝説の同名コミック。昭和っぽさを出すため、脚本家・宅間孝行のアイデアによって昭和のヒットソングの数々が組み込まれ、鬼才・三池崇史の手腕により、まるで歌謡曲がキャラクターの心情であるかのように表現されている。けれど、予告映像を見ても、妻夫木が「ひと言では言い切れない」と言うように、どういう映画なのか捉えることは難しい。ただ、何か面白そうな映画、何かひき付けられる映画、そんな期待を持ってしまう映画であることは確かだ。「脚本を読んで面白そうなら迷わずやる、やってみたいかどうかは直感で決めます」という妻夫木にとって、今作は間違いなく直感を得た作品であり、「SABU さぶ」以来となる三池監督からのラブコールも決め手となった。そして「けっこうギリギリなんですよね」と意味深長な笑みを浮かべながら、ひかれた理由を説明する。
「いろんなところを攻めているし、他にたとえようのない映画だし、ジャンルもないし、歌って踊ってはいるけれどミュージカルではないし、エンタテインメントだけれどそれだけではないし、純愛映画ともアクションとも言い切れない(笑)。でも、脚本を読んで面白いと思ったんだからいけるだろうと。実際、完成した作品は人間味にあふれていて驚きました。無茶苦茶やっているように見えて、三池さんの頭のなかではやりたいことがはっきりしていたんですよね。口では、どうなるか分からないけれど新しいものを作っちゃおうよ! と言っていても、完全に完成が見えている。だからこそ、安心してついていけたんだと思います」
妻夫木が演じるのは、誰にも止められない超不良・太賀誠。武井咲扮する正真正銘のお嬢様・早乙女愛に、どれだけ「愛している」と言われても、まったく動じない。役づくりとしては、誠の“孤独感”を大切にしながらクールで、皮肉屋で、いつも何かにいら立っているキャラクターを構築していった。「ふつうの男は女性にワーッとこられると、たとえイヤだったとしても、まあいっか……と思い返す弱いところがあって(笑)。好きだって言ってくれる人に弱いというか。誠の場合はそれがないんです。一切、揺れることがない。それってものすごく硬派だと思うんですよね。衣食住を与えてもらっていても『うるせえ!』って言えてしまう。あそこまで自分を貫けるのは硬派です。そういう意味では憧れますね」。男としての魅力を語りつつ、愛のような女性については「正直、愛みたいにガンガンくる女の子は苦手かもしれないですね」と、申し訳なさそうな面持ちで誠に賛同する。それでも、とことん硬派な男だからこそ、ラストシーンには三池監督が書き換えた、泣かせる場面が用意されている。
「それは三池さんの手腕です」。取材中、幾度となく三池監督の演出の妙を熱く語る一方で、三池組の大変さも語る。「大変だったのは、寝られない現場だったことですね。三池さんって寝ないで大丈夫な人なんですよ。時間があればずっと撮影していたい人なので、監督が寝ないからみんなも寝られなくて、それが一番キツかった。こっちは芝居やアクション、歌も踊りもやっているのに、寝られないって(苦笑)」。今作では、キャラクターそれぞれが昭和のヒットソングを歌い、曲に心情を重ね合わせるという表現方法が用いられている。音楽は小林武史、振り付けはパパイヤ鈴木というサポートのもと、妻夫木はトップバッターとして西城秀樹の「激しい恋」を熱唱。さらに、アクション付きだ。「事前に歌を録っていたので、現場とシンクロとさせることはなかったんですが、どういう位置付けで歌と踊りとアクションが加わるのかは未知でした。僕のなかでは、アクションをしながら歌う? なにそれ?ってことになっちゃっていて(笑)。当初はミュージカルを思い描いていたけれど、事前のレコーディングのときに、監督から『誠っぽさが出るといいよね』と言われて。踊りについても、うまく踊るのではなくて、むかついたからケンカして殴るっていう行為が、むかついたからケンカして踊る! というように、感情の延長上に踊りや歌があると説明してもらって、『ああ、なるほどな』」と合点がいった。
また、アクションも破格だった。「クローズZERO」「十三人の刺客」などでアクションを存分に描いてきた三池監督が、この映画で妻夫木に用意したのは、男性同士のケンカだけではない、女性相手の乱闘シーン。「殺すか殺されるかの瀬戸際だった」と苦笑いしながら、三池組のアクション撮影をふり返る。「女性キャストは、その場で殺陣をつけてもらっていました。ここでこう殺しにかかるんだよ! 殴りかかるんだよ! ナイフを投げるんだよ! バシャってやれよバシャって! 死にものぐるいで突っ込んで行け! と三池さんに言われると、女性キャストは本気で突っ込んでくる。こっちとしては、テストの時と全然違うし、洒落にならないほど危機迫る恐怖を味わいましたね。バイオハザードよりも怖かったです(笑)」
ケンカ、純愛、昭和、歌謡曲、踊り、笑い──さまざまな素材を組み合わせた作品は、エンタテインメントという言葉に置き換えられ説明されることが多い。だが、「エンタテインメントという響きはあまりにも現代っぽくて……。どちらかというと娯楽、究極の純愛娯楽っていう方が合っているのかもしれないですね。でも、やっぱりこういう映画とは言い切れないから、とにかく、だまされたと思って見て来てください」。そんな風に映画のことを第一に考えている俳優に人は自然とひかれ、どう料理されたのかを見たくなる。そして、映画館から出るとき「彼が言いたかったことは、こういうことだったのか!」と、答えが浮かび上がってくるだろう。こんな妻夫木聡は見たことがないという驚きとともに。