少年と自転車

劇場公開日:

少年と自転車

解説

「ロゼッタ」「ある子供」のジャン=ピーエル&リュック・ダルデンヌ兄弟が、2011年・第64回カンヌ国際映画祭でグランプリ(審査員特別賞)を受賞したヒューマンドラマ。父親から育児放棄された孤独な少年が、ひとりの女性との出会いから自立していき、女性もまた少年を守ることで母性を獲得していく姿を描く。自分を児童相談所に預けた父親を見つけ出し、一緒に暮らすことを夢見る少年シリルは、ある日、美容師の女性サマンサと知り合う。週末をサマンサの家で過ごすようになったシリルは、自転車で街を駆けまわり、ようやく父親を見つけ出すのだが……。シリル役は新星トマ・ドレ、サマンサ役は「ヒア アフター」のセシル・ドゥ・フランス。

2011年製作/87分/ベルギー・フランス・イタリア合作
原題または英題:Le Gamin au velo
配給:ビターズ・エンド
劇場公開日:2012年3月31日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第69回 ゴールデングローブ賞(2012年)

ノミネート

最優秀外国語映画賞  
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映画評論

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(C)Christine PLENUS

映画レビュー

5.0荒れ狂った自転車少年。 痛みと傷にそっと寄り添うベートーヴェンの調べ。

2024年11月20日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

場面転換のたびに、静かな、抑制された弦楽が流れる。
それも短くカットされて。
極めてゆっくりのテンポで。
同じ曲が何度か繰り返しで鳴っていた。
お気づきだったろうか。

これは「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番」。その第2楽章の冒頭の、ほんのさわりの部分なのだが、
それがあまりにも短い引用でフェードアウトされており、またそれでも
あまりにも甘美な響きなもので、宗教曲か、あるいはモーツァルトの何かのアリアの伴奏かと思ったほどだ。
そしてこのメロディは、荒れた少年のいるこの情景には場違いで、似つかわしくない。
怒りと悲しみの思いから激しく自転車を漕ぐ少年のシーンに不釣り合いなのだ。
違和感があるのだ。

しかし、
このサウンドトラックの曲名を知る人ならば判る仕掛けが、この選曲には隠されてある。
ダルデンヌ兄弟監督は、この傷だらけでこの荒んだ少年に、
その 血をながしている子供の
その生き様と、 辛い物語に、
この緩徐楽章(アダージョ)による「安らぎの時」を、選りすぐりに選んで静かに聴かせてくれる。
それはまるで優しく降りてくる夜露の包み込みのようだ。
繰り返し繰り返し、こぼたれた存在に、慰めを授けているのだ。

いつの日か、そういつの日か、その弦楽の繰り返しの最後には必ず「まだ聴こえていなかったあの美しいピアノが鳴り始めるはずなのだ」と、聴き手に待望させる仕掛けだ。

つまり、このアダージョの数回の繰り返しのあとには、「物語の結末はきっと平安なものとなるはずだ」と我々に信じさせてくれる“ネタバレの選曲”を、
監督が約束してくれているわけだ。

徹底して暗く、先の見えないシリルの人生に、誰かが幸せをいのっていてほしいと監督はきっと考えている。

この選曲は、
愛ゆえだと思う。
監督の、この少年に注がれる眼差しの優しさゆえだと思う。

・・・・・・・・・・・・・

映画の構成 ―
◆自分を捨てた父親への、強烈な不安と思慕。そして失意の「第1楽章」。
◆父親を失い、こんどは兄的存在に憧れて、麻薬密売人の少年についていってしまう「第2楽章」。そして、
◆里親を買って出てくれたサマンサへの愛情と責任感の萌芽で物語が終わる「終楽章」だ。

「少年と自転車」なぞと云うこの題名を見て、なんの前知識もなかった僕である。
おそらく子どもたちの無邪気な冒険物語とか何かだろうと思っていた。
が、父子家庭が崩壊してゆく瞬間の残酷なさまを直視させられるのだし、
父親と自分を繋げてくれる縁=よすがだった自転車が繰り返し盗まれてしまうという、哀しみの物語だったわけだ。

うちにも里子として預かり、僕とは兄妹として育った子たちがいた。

仏伊伯の共同制作。
フランス映画独特の冷めて突き放す非情さと、
イタリアの哀切がないまぜになった傑作だと思った。
もちろん1948年のネオリアリズモ、「自転車泥棒」の記憶を、スタッフたちが共有していない筈はない。

本作は2003年に日本を訪ねたダルデンヌ監督が、日本の児童養護施設を訪れ、
「生まれたときからこの施設で暮らし、迎えにこない親の姿を待って、いつも屋根の上にいた子供の話」を聞き、
この脚本を書いたのだそうだ。

・・・・・・・・・・・・・

シリルは、
サマンサのために、
そして今度は自分自身の人生のために、
まだこんなに幼いのに、
あまりにも早い自立となってしまった彼なのだが、

ラストは己の足で、ペダルを強く踏んで、新しい道を進み始めるシリルを見送るところで
映画が終わる。

そして、ピアノが、鳴り始める。

·

エンディング曲:
ベートーヴェン ピアノ協奏曲5番「皇帝」第2楽章Adajio um poco mosso (アルフレッド・ブレンデル+ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮ベルナルド・ハイティンク/動画はブレンデルの上半身写真とピンクのラベルのもの) 。
他のピアニストの演奏よりも遥かにゆっくりだ。
鍵盤のこの下降音は、静かに天からくだるようなパッセージ。

シリルの心にも、そして
屋根の上の子どもたちにも染みて、
慰めが与えられるようにと
祈るかのような演奏だ。

とうとう耳が聴こえなくなったベートーヴェンが、それまで続けてきた自身のピアノでの初演発表を初めて諦めた一曲でもある。
その事を知ると、またさらに胸が痛い。

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きりん

3.5美しい物語と音楽だった

2023年6月10日
iPhoneアプリから投稿

全くの他人であったシリルとサマンサ。
この二人が互いを分かり合おうと言葉を交わす。
時に衝突しながら、それでも寄り添い合おうとする。
その姿が興味深く、美しかった。

子供にとっての良き大人の指針を
誰が見せてやるのか。
サマンサが居なければ、彼はどうなっていたのか。

最後にシリルとサマンサは信じ合う。
シリルは信頼してサマンサを頼りにし、
サマンサもまた信頼して、シリルを放す。

もうシリルはどんな目に遭っても、サマンサが居る。
子供にとって、その安心感は計り知れない。

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JYARI

2.0たぶん、いい話を撮ろうと思ったのだろうが、 不快だった。 これは映画であって、お芝居で創作なのだが、 これを受け入れる度量や寛容さは自分にはなかった。

2022年11月19日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

萌える

動画配信で映画「少年と自転車」を見た。

劇場公開日:2012年3月31日

2011年製作/87分/ベルギー・フランス・イタリア合作
原題:Le Gamin au velo
配給:ビターズ・エンド

セシル・ドゥ・フランス
トマ・ドレ
ジェレミー・レニエ

2011年・第64回カンヌ国際映画祭で
グランプリ(審査員特別賞)を受賞したらしい。

その少年(小学生)に母親はいない。
少年は父親に捨てられて、児童院にいた。

美容師の女性が里親になった。

少年は美容師といっしょに父親に会いに行ったが、
「二度と来るな」と拒絶されてしまう。

少年は街で不良と仲良くなった。
不良に手懐けられた少年は、
野球のバットで武装し、
店主親子をバットで殴打し、
けがをさせて店の売上金を奪って自転車で逃走。

この映画の少年を見て、
こんなにも態度や言動が終始ひどい子供は見たことが無いと思った。

いろいろな人を不快にして、
たくさん迷惑をかけた。
美容師の女性はよくこんな子供の里親になったなあと感心した。

たぶん、いい話を撮ろうと思ったのだろうが、
不快だった。

これは映画であって、お芝居で創作なのだが、
これを受け入れる度量や寛容さは自分にはなかった。

満足度は5点満点で2点☆☆です。

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ドン・チャック

1.5安定のタルデンヌ兄弟!!

2018年10月15日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

単純

寝られる

同じ監督の「サンドラの週末」は観ましたが、同じ作風で流石という感じです。しかし「サンドラの週末」ほど続きが気になるという訳では無く、少年にも興味が無いのであまり面白くなかったです。私は母に怒鳴られてばかりいたので、本当の親子じゃないのに心が触れ合っていく様は少しも面白くなかったです。

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𝖒𝖚𝖓𝖆𝖈𝖞