SOMEWHERE

劇場公開日:

SOMEWHERE

解説

「ロスト・イン・トランスレーション」のソフィア・コッポラ監督が、父フランシス・フォード・コッポラとの思い出や、2児の母となった自らの経験を投影して製作。第67回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。米ロサンゼルスにあるスター御用達の有名ホテルを舞台に、派手なセレブライフをおくる映画スターのジョニー・マルコが、離婚した妻のもとで育った11歳の娘と再会し、人生を見つめ直す姿を描く。

2010年製作/98分/G/アメリカ
原題:Somewhere
配給:東北新社

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(C)2010 - Somewhere LLC

映画レビュー

3.5退屈に感じて正解の映画

2022年6月16日
Androidアプリから投稿

笑える

単純

寝られる

前半30分くらいのところで寝てしまった。はっと起きて、見落としたところを戻して見直した。退屈だった。でも、観ていくうちにわかった。そう感じたのはこの映画の目的にかなっていたんだと。
同じことの繰り返しで発展性がなく退屈、目を見張るような贅沢も繰り返されると感覚がマヒしてくる。それがジョニーの日常で、「物足りない、飽きた」というような言葉で説明はさせない。あくまで映像で体感させてくれる。
確かに、チヤホヤされて笑顔で返すのも神経が疲れてくるし、女性も最初はキレイな人だなと思ったけれど、だんだん似たような人ばかりでウンザリ、みんなバカみたいに行動が軽過ぎ、AさんとBさんとどう違うの?となってくる。

そんな中でジョニーの娘の飾らなさや素直さが、新鮮に見えてくる。でも、そこでもまた、ゲームで遊んでやることしか出来ない能のなさやマンネリ化が浮き彫りにされてくる。

ジョニーのもつ優しさは、娘への態度や周囲の人たちへの配慮に伺える。彼自身はさほど駄目になってはいなかった。だから次へと繋げられる。

なかなかおもしろい映画だった。

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雨音

3.5【映画スターだが、空虚で自堕落な生活を送る男の元に戻って来た大切なモノが、男に気付かせた事。若きエル・ファニングの魅力的な事と言ったら!!】

2022年2月15日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

知的

幸せ

ー 映画スターのマルコ(スティーブン・ドーフ)の元に別れた妻との間に設けた娘。クレオ(エル・ファニング)が一時的に戻って来る。
  マルコが豪奢な生活を、娘と送る愉しき日々を、センスある衣装、意匠で魅せる作品。-

◆感想

 ・今作の魅力は、若きエル・ファニングの姿に尽きるであろう。
 - フィギュアスケートする姿(上手だなあ・・。)、プールで遊ぶ姿、マルコのために朝食を作る姿・・。-

 ・アンナ可愛い娘が、一時的にでも独り身の所に戻ってきたら、父親としてはメロメロであろう。

 ・マルコが、クレオとイタリアで愉しき日々を過ごす中で、徐々に精気を取り戻して行く姿。

 ・それまで、豪奢なホテルの部屋でポールダンスを女性にさせていたり、共演女優と情事に耽っていたマルコの生きる姿が、徐々に変わって行く様を、巧く映し出している。

 ・マルコが電話で”俺は、空っぽな男だ・・”と涙するシーンも印象的である。
 - お金と名声が有っても、埋められないモノはあるよね。それに気づかせてくれたのが、少し大きくなった、愛娘の存在である。-

<ソフィア・コッポラらしい、お洒落な映像が印象的な作品。
 フー・ファイターズやポリスの音楽の使い方も良い。
 愛するモノを持つ人間は、独りでは生きられない。
 お金が有っても、名声が有っても・・。
 吹っ切れたマルコが、愛車のポルシェで向かった先は、想像が付くよ。>

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NOBU

4.0ここではないどこかへ

2021年12月1日
iPhoneアプリから投稿
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因果

4.0じわりと

2021年8月23日
PCから投稿

いちばん好きな映画が答えにくいのは、ひとつに決めにくいから、でもあるし、ひとつに決めてしまうと、じぶんというパーソナリティに多様性が失われる、ような気がするからでもある。

それが最良のもの──としてしまうのは、なんか怖い。
おれは他の映画も好きですよ──という懐の深さもあったほうがいいんじゃないか、と考えて、ひとつだけ挙げることを躊躇してしまう──わけである。

しかしとうぜんながら、匿名の一般庶民が誰/何を好きであろうとカラスの勝手*である。その情報に価値どころか値はない。犬猫どっちがすきですか?わたしの好きにあなたはきょうみがありますか?知っての通り「好き」が価値を持つのは、有名人にかぎる。
──わたしは、たんに、じぶんの精神衛生のために、無意味な配慮をしているに過ぎない。そもそもinternetとはそんな無為をする場所であろうと思う。
(*余談だがカラスの勝手とは志村けんがつくった語らしい)

いちばん好きな映画をあえてひとつあげるならロストイントランスレーション。わたしは田舎のお百姓にもかかわらず都市の業界人のような趣味をしている。都市の業界人がそれな趣味を披瀝しているとむかついて仕方ないんだが・・・。

ソフィアコッポラは玉石のムラがあるがSomewhereはソフィアコッポラ節(とでもいうべき固有の魅力)がロストイントランスレーションに次いでいる。と思う。

俳優マルコ(スティーブンドーフ)は頼りなく、上っ面なかんじ。にもまして、かれはいつでも心そこにあらずの体。ホテル暮らし。酔って転んで腕を骨折し仕事が停滞したまま日毎パリピに囲まれ、ポールダンスを呼び寄せ、だらだら飲みあかす生活。が、ちっとも楽しくない。

そんな彼に前妻から娘を預かってほしいの依頼。荒廃した徒食の彼と娘のクレオは対照的。無機と有機、静と動、腐臭と生気、闇と光。だが無邪気なクレオは父親の懶惰が気にならない。しばしふたりは利害のない楽しいコンビとなる。

『ソフィア・コッポラ監督の幼少時代の思い出から着想を得た映画である。』
(Somewhereのウィキペディアより)

マルコのモデルは従兄のニコラスケイジだろうか。詳細はわからないが言いたいことはよくわかる。誰しも幼いころに、叔父母か従兄弟か、あまりよく知らない大人と関わったことがある。大人たちは、子供がわからない思惑や屈託をかかえながら生きている。そのときは、たいして感じないが、年を経て振り返ったとき、彼/彼女が言ったことや、やったことを、なんとなく思い出す。そんなことがある。
すなわちクレオ=幼いソフィアコッポラは思ったわけである。かれは売れっ子のスターだった。でもいま思えば、どこか寂しそうだった。と。
それが映画になっている。

一方、生気に満ちた無垢なクレオと過ごしたことにより、マルコは虚無にとらわれる。「俺は空っぽの人間だ」──そう自戒して、なにか新しいことをはじめる。と映画Somewhereは言っている。のである。

じっさいにカジノで遊んだりヘリで移動したりパンケーキにチャイブをかけるような幼少があったはずのエルファニングが完全に素の見ばえだった。

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津次郎
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