ブンミおじさんの森 : インタビュー
「トロピカル・マラティ」で国際的に高く評価されたタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が、第63回カンヌ映画祭でタイ映画に初のパルムドールをもたらした話題作「ブンミおじさんの森」。“作家主義”を掲げる第11回東京フィルメックスに審査委員として来日したウィーラセタクン監督が、本作について語った。(取材・文:編集部)
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督インタビュー
「今の映画界にはパーソナルな視点が欠落している」
タイの山間で暮らす初老の男ブンミは、残りわずかな余命を悟り、自分の農園に妻の妹ジェンを呼び寄せる。すると、19年前にこの世を去ったブンミの妻の霊が出現し、さらに行方不明の息子も不思議な姿で現れる。やがてブンミは、精霊となって迎えにきた家族とともに深い森へと入っていく。
「この映画は、個人的な日記みたいなものなんだ。そんなものがたくさんの人と共有できるなんて驚きだし、すごく幸せなことだよね。観客には理屈を捨てて心を開いてもらって、イメージと音が流れ込むような体験をしてほしい。新しい世界を発見するような気持ちでね」
ウィーラセタクン監督は、ある僧侶が書いた「前世を思い出せる男」という本に着想を得て、本作の製作を決意した。水牛や王女など、さまざまな映像のシークエンスを重ね合わせるようにして、ブンミの前世や死後の世界観を描写している。
「この作品は、僕が子供のころに好きだった漫画や小説、テレビドラマや映画といったあらゆるメディアへのオマージュだと考えている。僕が経験したメディアのスタイルの多様性が、ブンミおじさんが生きたかもしれないさまざまな人生のあり方と重なった。いくつもの小話を集めて、生命力の豊かさと表現形態の多様性を表したかったんだ。昔、この地域では強く共産主義を弾圧する運動があって、多くの若者がジャングルに逃げ込んでいったから、この物語を政治的に解釈する人もいるけどね」
死を覚悟したブンミは、愛する家族とともに暗闇の洞窟へと入っていき、そこで不思議な体験をする。この生死の境界さえも越えたようなイメージには、ウィーラセタクン監督の死生観が込められていた。
「死というのは、人間の原点、スタート地点だと思う。ジャングルを抜けて洞窟に入るのは、人間の起源に戻っていく行為なんだ。洞窟という場所は非常に生命力が豊かで、母親の胎内のようなイメージ。人はいつしか自然から疎外されて暗闇を恐れるけど、そこに飛び込むことでその恐怖を取り去ることができるんじゃないかな。人は常に闇を必要としている」
カンヌ映画祭最高賞であるパルムドールを獲得した本作に、審査委員長のティム・バートンは「僕たちはいつも映画にサプライズを求めている。この映画は多くの人々に、まさにそのサプライズをもたらした」と賛辞をおくった。
「予想もしていなかったのでとても驚いたよ。コンペにノミネートされるだけでも名誉だから、何だかとてもシュールな体験だった。この映画は今までの自分の集大成なので、これまでの作品全てが評価されたのかなと思うとうれしい。それに、ティム・バートンの言葉を聞いて、『なるほど一理あるな』と納得したよ。今の映画界にはパーソナルな視点が欠落している。映画言語が論理的で単一的になっているんだ。タイでも地元のお化けが出てきたりお坊さんが走り回ったり、世界中の作品で音楽の使い方や編集も大差がない。それでは退屈だと思う。そんな流れに対するカウンターバランスとして、イマジナルなものが求められているんじゃないかな」
本作は、パルムドール受賞前から40カ国以上で配給権が売れ、アートフィルムながら本国タイでも異例の大ヒットを記録した。
「自分の作品がこれほど広く受け入れられることがなかったから、本当に驚いている。タイでも、批評的に優れたものは興行的にふるわないという傾向があるけど、意外にもこの作品はヒットした。たくさんの人が見てくれて、色々な解釈や意味を見出してくれる人もいた。『あんなのゴミだ』と言う人もいたけど、そういう否定的な意見も含めて、健全な討論が繰り広げられたことがうれしい。それに、この映画がきっかけで若手向けのデジタルシネマのスクリーンもオープンしたんだ。これまでタイにはミニシアターがなかったから、とても画期的なことだと思うよ」
独創的な“映像作家”として世界中から注目を集めるウィーラセタクン監督だが、同作には「スター・ウォーズ」に出てくるウーキー族のチューバッカのようなキャラクターも登場し、実にさまざまな映画やメディアからの影響を感じさせる。
「実は、12歳の時に『E.T.』を見てスピルバーグから大きなインスピレーションを受けたんだ。特殊効果を使ったハリウッドの映画が劇場でやっていれば、駆け込まずにいられない。たった数秒の映像のために何百人もの人間が働いているなんて、尊敬に値するよ」