酔いがさめたら、うちに帰ろう。 : 映画評論・批評
2010年11月29日更新
2010年12月4日よりシネスイッチ銀座、テアトル新宿ほかにてロードショー
“すでに死にかけた男”の魂の放浪、その儚くも美しい終着点
いきなり主人公が死にかけている。そこから過去にさかのぼり、“なぜ彼はこんな苦境に陥ったのか”を明かしていくというのはスリラーなどによくあるパターンだが、この映画は時間を逆戻ししたりしない。すでに死にかけている男のその後の虚ろな闘病の日々を描いていく。冒頭、10度目の吐血をした主人公のもとに駆けつけた元妻のセリフがふるっている。「大丈夫。まだ死なないよ」。
アルコール依存症の主人公は、酒に酔って気絶する。家庭内で暴れて気絶する。医師の診察中にも、入浴中にも気絶する。それでも男はどこかのんきな風情を保ち、入院患者仲間たちと冗談を交わしたりする。東陽一監督の演出も浅野忠信の芝居も、この病気の根深さを伝えつつもシリアス一辺倒ではなく、ひょうひょうとした味わいがある。観ているこちらもまるで不条理ファンタジーのような展開に誘われ、つい場違いな笑いをこぼしてしまう。
ふらふら危なっかしい主人公をかろうじて現実世界に繋ぎ止め、仕事と育児にも奮闘する元妻役の永作博美がすばらしい。主人公の病状がいよいよ末期に差しかかった頃、映画はアルコール依存症という題材から解放され、ひとりの男のさまよえる魂の“よりどころ”にフォーカスしていく。題名に掲げた“うち”とはもちろん“家族”のことだが、やがて訪れる浜辺のラストにはちょっとした映画的なマジックが仕掛けられている。冒頭から死にかけていた男の生が最もきらめく瞬間。こんな儚くも美しい幻のようなシーンは、そうそう見られるものではない。
(高橋諭治)