悪人 : 映画評論・批評
2010年8月31日更新
2010年9月11日よりTOHOシネマズみゆき座ほかにてロードショー
地方の閉そく感や人間関係が希薄になった現代社会を鋭く反映した秀作
人間にはいろいろな側面があって、殺人犯だから悪人だと単純には決めつけられない。誰もがちょっとしたことで加害者や被害者になりえるのだ。土木作業員の祐一(妻夫木聡)と紳士服量販店で働く光代(深津絵里)の絶望的な逃避行は、祐一が保険外交員の佳乃(満島ひかり)をなぜ殺したのか、その原因と答えを探し続ける旅でもある。
吉田修一の原作は、事件に関係した人たちのモノローグで構成し、多角的な視点で祐一の人間像に迫っていく。だが吉田と李相日監督の共同脚本を映画化した本作は、登場人物を絞り込むことで、祐一の祖母・房枝(樹木希林)と佳乃の父親・佳男(柄本明)の比重が大きくなっている。祐一を母親代わりになって育てた房枝は、マスコミに追われて途方に暮れる。佳乃は殺されても仕方がないような自分勝手な女性だが、愛する娘を失った佳男は事件のきっかけを作った大学生の増尾(岡田将生)に怒りを向ける。房枝と佳男は正反対の立場でありながら、家族を奪われた失意と悲しみの深さは共通している。
祐一が光代や佳乃と知り合うのは出会い系サイトで、それしか若い女性と接する機会がないのだろう。地方の閉そく感や人と人のつながりが希薄になった現代社会を鋭く反映した秀作で見応えがある。個々の人間を凝視する李監督の演出は、チラッと出てくる人物にまで目が行き届いている。たとえば房枝に声をかけるバスの運転者や、ごう慢な増尾に疑問を抱く同級生が、かすかな希望を持たせる存在として印象に残った。
(垣井道弘)