インビクタス 負けざる者たちのレビュー・感想・評価
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クリント・イーストウッドにはやられっぱなし
モーガン・フリーマンの演技、監督としてのクリント・イーストウッドは神聖なものを感じるほどです。
思わず涙が溢れます。
サブタイトルの邦題はいただけない
2009年アメリカ映画。134分。今年9本目の作品。世の中、宮崎駿とイーストウッド監督の悪口はいえない空気がなんとなく漂っていると思った矢先のイーストウッド監督の最新作でございます。
ご縁があり本作の試写会チケットを譲っていただけ、誕生日に観にいくことができました。そして、試写会の日が誕生日だったのはまったくの偶然で、さらに本作の舞台となっている南アフリカは実は個人的に思い入れのある場所なのです。
内容は;
1、マンデラ氏が大統領になり、それまで分離されていた黒人と白人の溝を埋めようと考える。
2、そこで大統領は1年後に南アフリカで開催されるラグビー・ワールドカップを手段にしようと考え、影から弱小だったラグビー代表チームを支える。
3、ワールドカップが開催され、南ア代表チームは快進撃し、決勝にいく。
映画を観ながら、まがまがしいナショナリズムを扇動してしまう危険性があるとう意味で「これは下手すれば危険な映画になるぞ」と身構えてみてしまいました。しかし、それは杞憂でした。恐らくイーストウッド監督本人が、そこをちゃんと自覚していたと思います。
本作はとても素晴らしい映画なのですが、それはご自分の目で確かめたほうがいいし、そうするべきと思った作品です。ラグビーが苦手な人も大丈夫。というのも、本作でのラグビーはあくまで素材であって、熱血スポ根映画ではないからです。
イーストウッド監督の緊張感を持続させる演出はお見事。終盤にはなんとも心憎い、気づかない人もいるかもしれない演出が待っています。映画という媒体をつかって雄弁かつユーモアをもって語るというのは、こういうことかと思わされました。そして問題のワンシーンを振り返ると、あとから「してやられた感」があり爽快になれました。
昨年の「チェンジリング」と「グラン・トリノ」は個人的にはイーストウッド監督にしてはぶれているとおもった作品なのですが、本作はぜんぜんぶれていない芯の通った作品です。
みなさん、機会があれば是非ご鑑賞ください。
揺らぎのない人生、揺らぎのない映画作り
結末が分かっている話。それも見どころまでも分かり切った話を、やはり画面に釘付けにする力量。イーストウッド作品は、ほんとに身体を預けて観ていられる。
この人が仕掛ける悪戯もいい。彼自身が持つイメージ、とくに事件性を感じさせる部分を巧みに使ってくる。冒頭の新聞、終盤の旅客機がそれで、前者は一気に観客を映画に引きずり込み、後者は少しダレてきたところを引き締めにかかる。旅客機のエピソードは実際にあったことだが、事前にパイロットがスタジアム周辺を下調べするシーンからして怪しく描かれている。
2時間そこそこで国をひとつにまとめあげたという構成にしなければならないので、表現に多少デキすぎな部分もあるが、今現在、南アの国情はどうなっているのか気になる。エンド・ロールに入ったところで、黒人の若者がラグビーの練習試合をしている絵が出るが、その空き地の向こうに見えるのは原子炉ではないのか。もしかしたら、白人と黒人が居住する地域はまだ隔絶されているのかもしれない。
マンデラが口にする「我が魂を支配できるのは我のみ」という言葉に、何があっても屈しない強い意志を感じた。その行動に一点の揺らぎもない。
今作のマット・デイモン、肌がつやつやして若々しい。
試合の臨場感、効果音、そして音楽もいい。
ちょっと違うけど、すばらしい
こんにちは(いま8日11:55分頃です)
これは「奇跡の物語」である。
「”事実は小説より奇なり”
これがノンフィクションじゃなかったら、出来過ぎた話といって、
リアリティを感じてくれなかったろう。」
と監督のイーストウッド自身が言っている。
この奇跡のはじまりは、マンデーラが囚人のときのインスピレーションだった。
ある日突然、閃いたという。
復讐してはならない、許すことだと。
そのために負けてはならない(インビクタス=負けざるもの)と。
そのインスピレーションがすべての奇跡を結びつけた。
①マンデーラの考えに共感した主将ピナールの存在
②白人のラガーマンたちが、アパルトヘイトの黒人のこどもにラグビーを教えに行ったこと。
③南アフリカが激戦を勝ち抜いて、最強のオールブラックスも破り、優勝したこと
④はじめのうちは自国のチームではなく、相手チームを応援していた黒人たちが最後は南アフリカの勝利にもろ手をあげて祝福したこと。
⑤その瞬間、黒人と白人が手を取り合い和解したこと(ように思う)。
奇跡が奇跡が呼んだ物語なのだ。
イーストウッドの映画は、一面では捉えられない複雑な人間を
描くところに大きな魅力を感じていた僕にとっては
ちょっと物語が大きすぎるなと思っていた。
しかし、
「復讐ではなく和解を」「憎しみではなく、喜びを共有化しよう」
というメッセージをそれを具現化した男たちを描き、歓喜の人々を描いた。
この映画は、クリント・イーストウッドにとって異色の映画といえるのではないかと思う。そこには一段、深さというものが欠けているようにも思える。
でも、クリント・イーストウッドへの信頼は揺るがない。
これは実話であることを忘れてはいけない。
苦悩が続く南アフリカ。今年はサッカーワールドカップ!
実話を下にした映画。1994年、南アフリカの歴史上初めての全人種が参加した大統領選挙に置いて大統領に当選したネルソン・マンデラ。政治的実権も握った圧倒的多数の黒人に対し、実権を失った少数派の白人側は戦々恐々としていた。そんな状況を見ていたマンデラは、翌1995年に南アフリカで開催されるラグビーワールドカップを通じて民族融和を訴えていく。
実話の映画化なので、ストーリーにあっと驚くような事は起きません。ただ、27年もの長期にわたり政治犯として投獄されていたマンデラが、何を考えて民族融和を図っていったかと言うことが良く分かります。そしてそんな彼の寛大な気持ちに周囲の人間達も巻き込まれて行ったかと言うことも。もっとも映画なので、その辺りは多分に脚色されているとは思いますけどね。劇中では英語がメインに使われていますが、それ以外にも南アフリカで白人に主に使われているアフリカーンス語も使われています。この辺りの考証は一応きちんとしていますね。
モーガン・フリーマンのネルソン・マンデラ良いですね。冒頭のマンデラ釈放のニュースシーンなどは、モーガン・フリーマン自身の映像を当時の映像に上手く組み合わせており、「あれ?マンデラ本人?」と思うような作りになっていました。(エンドロールの際には、本当のマンデラの静止画が映っていました。)
ラグビー南アフリカ共和国代表主将のフランソワ・ピナールを演じているのはマット・デイモン。新しい時代に戸惑いながらも、マンデラに共感していく青年を上手く演じています。こう言う好青年役は、彼に似合っている役だと思います。
実話なので、結末は分かりきっている訳ですが、中々、感動させられました。これまでのクリント・イーストウッドは、何と言うか、全体的に暗いトーンの作品が多かったわけですが、これはそれらとは一線を画した、希望に向かっていく明るい作品になっています。知らなければ、クリント・イーストウッド作品とは思わないでしょうね。
奇しくも今年は、サッカーワールドカップは南アフリカで開催されます。この映画から15年経ったわけですが、この映画の当時よりも治安・経済が悪化しているなど、まだまだ南アフリカの苦悩は続いています。この映画は、そんな南アフリカへのエールと言って良いと思います。ともあれ、良い映画です。
国歌斉唱に思わず涙
まず、監督がイーストウッド。映画業界での無印良品。
劇場予告を観た時から、泣ける映画なんだろうな、という想像が付いてました。
だから敢えて心の敷居を思っ切り上げて、泣かない覚悟で臨みました。
まあ、結果は…惨敗ですorz
マンデラという方は、その、何ですか。どんだけ心の広いお方なんですか??
アパルトヘイト…白人主導の社会…それらを含めて、カラードへの仕打ち、何もかもを無条件で赦す。その思想…投獄27年の末に導いた思想ですか??
敵いません。自分という人間性と比べると…とてもとても…到底無理。全てに兜を脱ぎます。
…てか、これ実話なんですよね??
凄いですよね??マンデラもさることながら、ラグビー選手の方々にしても。
マンデラの思想に則った、所謂ラグビー選手を奮起させた!!というノリなんですけど…ムリクリ過ぎるドラマ展開と思いきや、これは実話なんですもの。実際、選手達はその思想に奮起された訳ですよ。
参った。充分号泣に値するヒューマンドラマ。
実話なんですよねえ…凄え。
この映画、南アフリカ全国民の心をひとつにした、という意味では、現在…現状から察するに、今日の日本では到底実現し得ないひとつの奇跡であり、軌跡です。
高潔かつ純潔な思想。国民への200%無償なる奉仕精神。日本の政治家に何が不足しているのか……政治家共、この映画を観て学びやがれ!!
まあ、なんですかね。この高みに、自分も行きたいなあ…と痛感した一本です。
感動しました
南アフリカ共和国となったネルソン・マンデラ大統領の話です。
ただ一生を描いたのではなく、国民が団結する短い期間を描いています。
ラグビーを通して皆の心を一つにするところが感動できました。
もう一度観てみたいです。
マット・デイモン
ほんとクリント・イーストウッド監督の映画にハズレはないですね~
これまたとてもとても素晴らしい映画でした。
主演のモーガン・フリーマン、顔そのものはネルソン・マンデラと似ても似つかないのですが、劇中ではカリスマ性抜群の大統領になりきってました。演技力のなせる業なのでしょう~
あとマット・デイモンは、今まで『ボーン』シリーズ以外ではあまりカッコいいと思ったことがなかったのですが、ラグビーチームのリーダー役を演じた今作ではサイコーにカッコよかったです♪
実話って感動的~
試写会だったので期待しないで観たけれど、
非常に考えさせられる内容で、素晴らしい映画だった。
当時の南アでは人種間の問題もさることながら、
アパルトヘイト廃止後の混乱期には色々と問題も多かったのだろう。
ラグビーとどう関わってくるのかは最初は不明だったけれど、
ワールドカップが南アで開催されている時の話だった。
スポーツは人種間を超えて熱狂できるから、
南アが地元開催する事は素晴らしいきっかけだったに違いない。
マンデラが開催国大統領として、スタジアムに登場することも象徴的だ。
しかし、セリフの中で気になる事が。
「次の相手のNZオールブラックスは強いのかい?」
「ええ、昔日本と試合して145対17際試合の記録を作りました」
(間違ったスコアを詳しい方に指摘されてしまいました、訂正後の数字)
そーいえば、そんな事もあったね・・・。
だからって映画で蒸し返さなくたって!
また、マンデラの座右の銘とも言うべき言葉は私たちにも必要だろう。
To be the master of your fate.という感じのセリフだった。
簡単に言えば、自分の運命の主人になれ、
とか、自分の人生は自分で、と色々訳せる。
この言葉に対する訳を自分なりに考察したりした事を含め、
忘れられない映画になった。
人種間の問題は今も根強く残っているとされているが、
今度のサッカーのワールドカップでまた発展して欲しい。
力強い希望の秀作
ご本人にそっくりなモーガン・フリーマンが,
苛酷な過去を噛み締めて,
穏やかさの奥に情熱を持つ不屈の男,
寛容な心と,広い視野を持つ器の大きな人間
ネルソン・マンデラを魅力的に好演。
南アフリカ代表に国の未来を重ねるマンデラの思いと,
その時々の言葉を映すドラマの要所に,
感動と興奮ポイントが散りばめられ,
それが繋がる決勝戦の躍動感と喜びの演出に感涙!!
歓喜の爽やかな余韻が心地良い!!
さいごに一句
「掴み取れ ボールを繋ぎ 笑顔の日を」
希望があります
実話に基づいていることに、まず感動。たくさんの国をまとめるために、大統領が行ったことの1つかもしれませんが、その1つで全てがわかるという、愛と希望に満ちた興奮を覚える映画だと思います。
大統領と選手たちの交流の場面は、ぐっときました。
人間同士、地位にかかわらず、寄り添う気持ちが平和への近道なんだと、改めて、感じました。
監督としても最高
実は、寝不足状態での鑑賞で、睡魔の心配があったのですが。。。
夢中で観てしまいました。
イーストウッドって、本当にすごい人だと思う。
以前は、食わず嫌いだったのですが、
「グラン・トリノ」を観て、再認識しました。
さて作品ですが、実話の映画化なので、覚えてるはずなんだけど、
すっかり抜けてしまっていた出来事。簡単に言えば
元囚人のネルソン・マンデラ大統領(フリーマン)の功績なんだけど、
ネルソンによって意識が変わった、
ラクビーチームキャプテンのピナール(デイモン)の功績とも思います。
内容としては理解しているにも関わらず、終始惹きつけられてしまいました。
テロか?と思わせるシーンもハラハラでした。
しかし、トータルとしても『ムダ』と思えるシーンがありません。
キャストも最高だけど、監督の力量が優れていると思います。
五輪のラクビーがメインなので、男性的な感じもしますが、
女性が観ても楽しめる作品だと思います。
ぜひ劇場で、個人的には画面いっぱいで観た方が楽しめると思います。
とても勇気づけられる作品。諦めなければ我々の手で世界は変えられるという熱い思いがこみ上げてくることでしょう。
舞台は南アフリカ共和国。ネルソン・マンデラが1995年のラグビー・ワールドカップを通して国民をまとめあげてゆく物語。
大統領に就任したものの、白人と黒人の深刻な民族対立が原因となる社会的混乱に対して、『一つの民族 一つのアフリカ』を貫いたマンデラ大統領の信念が素晴らしいのです。 その信念は、常敗集団だったラクビーチームを変えて、大方の予想を裏切り大会優勝という奇跡をもたらしました。
ただ本作は、ダメチームが再建してサクセスを掴むというありきたりの話ではありません。ネルソン・マンデラが語る『インビクタス』とはこういうことなのだよということを描いて行くことで、イーストウッド監督は観客に、どんな逆境にも屈しない心の力の大切さ、ひとりひとりが魂の主人公であるのだと呼びかけた作品だったなのです。
最近のイーストウッド監督作品のキーワードは、エンディングのテーマ曲に込められていることが多くなっています。『ジュピター』の旋律に合わせて、歌われた歌詞には、ベストを尽くした人々は、国境もなく、民族の違いもなく、等しく勝利者なんだと歌い上げます。それを実践し、実証し得た人物として、イーストウッド監督は、ネルソン・マンデラを取り上げたのだと思います。
これまでどちらかというと、絶望的な状況の中で、それをどう受け止めて神にすがるかという、現実に諦観していく作品が多かったイーストウッド監督のなかで、本作は不屈に闘っていく精神を描いていて、小地蔵としては意外でした。
ただ、監督のどんな悪しき状況にも、揺るぎない信仰を求める気持ちは普遍のようです。マンデラがチームの主将に、明かした自らを支え続けてきた詩編の言葉は、『アフリカに神の祝福があれ』というものでした。
信仰に裏打ちされた勝利への確信。マンデラが、キャプテンのピナールに伝えた勝利へのインスピレーションの中身は、信じるということでした。
だから本作を見ていると、とても勇気が溢れてきます。それはたたみ掛けるように全編を通じて、観客に問いかけてくるのです。「私が我が運命の支配者、我が魂の指揮官である」と。
大統領の気迫あるメッセージに、すっかり感化されたピナールは、大統領が本気でワールドカップの優勝を狙っていることを悟ります。そして感じたのです。これは単なるスポーツの勝敗だけでなく、国家の明日を導く使命なんだと。
それからチームは変わっていったのです。どちらかと言えば、黒人はサッカーがメインで、ラグビーは白人のスポーツとして定着していたなかで、チームは積極的に地方を巡回して、地元の子供たちにラグビーの指導をしたりして、ワールドカップに向けた国民的関心を高めていったのです。
そのピークが、ワールドカップでの試合風景でした、6万人のアルプススタンドが埋め尽くされたシーンは圧巻。チームの勝利に、黒人も、白人も分け隔てなく熱狂する姿は感動しました。
その感動を上回る印象的シーンが、ピナールが大会開催中にチームのメンバーを率いて、マンデラが30年間閉じ込められてきた監獄を見学するところです。
監獄の檻の中の狭さに驚くピナールにマンデラの、日々いのちの危険と面と向き合いながらも、屈することはなかったという言葉が被ります。
『インビクタス』とは投獄中に心の支えにしていた詩編のタイトルで、『征服されない』という意味だったのです。マンデラが語る『インビクタス』の言葉の重みを感じさせてくれたシーンでした。
きっと皆さんもこのシーンを見れば、混迷を深める現代にあっても、諦めなければ我々の手で世界は変えられるという熱い思いがこみ上げてくることでしょう。
ネルソン・マンデラを描いた作品では、『マンデラの名もなき看守』(2007年)がありました。過酷な30年の監獄生活を描いたこの作品よりも、その後の釈放されたあとのことを描く本作のほうが、マンデラの風雪を感じさせます。
それは、マンデラを演じるモーガン・フリーマンがマンデラの心の内側から克明に、そのパーソンを再現していることです。
その一挙手一投足に、マンデラの苦難と強い信念が息づいているのです。さすがにマンデラ自身が自分を演じるのはこの人と指名しただけのことはありました。
ところで、本作での第3回ラグビー・ワールドカップは、1995年5月25日から6月24日まで、南アフリカ共和国で実際に開催されたもの。これまでアパルトヘイトの影響によりIRB主催大会から除名されていた南アフリカが初開催とともに初出場、そして初優勝を果たしたのです。
今大会で日本はニュージーランドに17-145と、1試合最多失点の大会記録となる大敗を喫した。その試合結果は、本作の中でも劇中告げられると、会場から苦笑の笑いが・・・。日本チームも頑張って欲しいものですね。
スポーツの純粋さに国の未来を賭けたマンデラの決意に感動!
95年のラクビー・ワールドカップ南アフリカ大会は、決勝直前までNZオールブラックスのジョナ・ロムーのための大会だった。いささか古風な表現だが、牛若丸のごとく、相手のタックルをヒラリヒラリとかわし、トライを積み重ねていくプレーぶりは華麗そのもので、ラグヒーファンの目を釘付けにしたものだった。
そんなロムーとオールブラックスの強さを感じる大会だったのが、決勝試合直前、ホスト国大統領ネルソン・マンデラによってガラリと変わり、ホスト国南アフリカのための大会となった。マンデラは、何と南アフリカのスプリングボグスのユニホームと帽子という姿で登場したのである。他国の大会で自国を応援するならばまだしも、相手を迎えるホスト国の首長として、それは完全なマナー違反の格好だ。なぜマンデラ大統領がそこまでしたのか、その理由がよくわかるのがこの作品だ。
アパルトヘイト後の南アフリカを、白人も黒人も一体となった国づくりをしていこうとするマンデラ大統領と、国の恥とのレッテルまで貼られたラグビー代表チーム・スプリングボグスを強くしたいと思うチーム主将ピナールを、イーストウッド監督は今回もシンプルな演出で描いている。特に、普通なら白人たちとの確執や黒人からの「白人より」との反発など、新国家が抱える問題をあまり深入りすることもせず、ただ「人種の枠を超えたい」というマンデラの純粋な思いを描くことだけに、イーストウッドは演出を絞っている。
この作品は、マンデラだけでなく、どの人間、との年代にも持ち合わせている、純粋な気持ちというものに訴えかけている。マンデラが、試合にユニホームを着るくらいになぜラグビーに力を入れるようになったのか。それは、勝利に向かうだけのスポーツがもつ純粋さ、それにひたすら応援しようと思う人々の純粋な心が一体になれば、マンデラが思い信じる新国家・南アフリカの未来が見えてくると感じていた、ということをこの作品では深く教えてくれて、マンデラの気持ちに感動させられた。95年の決勝試合を衛星中継で観ていたとき、ユニホーム姿でマンデラ大統領が登場した瞬間、思わず笑ってしまい、「この人、常識を知らないのか」と感じたものだが、そのときのマンデラの気持ちや南アフリカの実態を知らなかったわけで、今はひたすら小馬鹿にしてしまったことを恥じるばかりである。
ところで、この作品はエンタテイメントでは珍しいラグビー映画という側面もある。そのスポーツ映画という意味でも、合格点を付けられるだろう。実際の決勝の試合はトライがなく守りあいの地味な内容だったのだが、この作品での決勝の映像は、男の身体が激しくぶつかりあう迫力満点の連続で、観る者を実際の決勝よりもドキドキさせてくれる。特に、その当時のスプリングボグスが死力を尽くした「打倒ロムー」のタックルシーンは、ラグビー好きなら思わず見入ってしまうだろう。ただ、肝心のロムー役が当時の本人よりも小太りだったのにはガッカリ。減点の多くはそこなのである。
決勝試合からラストにかけて感動をよぶ作品だが、その前に、スプリングボグスがマンデラなどの黒人死刑囚たちが入っていた刑務所に訪れるシーンも、切なさと哀愁を感じる印象的なものだ。小柄なマット・デイモンが両腕を広げた程度しかない独房、炎天下の石打ち場など、アパルトヘイトの犠牲者の魂が今も悲鳴をあげているように思える地獄絵を観るかのようだった。その地獄で「インビクタス(征服されない)」と思い続けたマンデラの魂は、南アフリカの未来にも生き続けるはず、とこの作品を観ると信じられてくる。
ちなみに、南アフリカ代表・スプリングボグスは、三年前のラクビー・ワールドカップフランス大会で95年大会以来の優勝を果たし、昨年の南半球のオールブラツクス、オーストラリア・ワラビーズとの三国対抗戦(トライネイションズ)でもブッチぎりで優勝。現在、名実ともに世界一の実力を継続中である。
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