愛を読むひと : 特集
第2次世界大戦後のドイツに生きた一組の男女の愛と秘密、そして贖罪を描き、全世界500万人が涙したベストセラー小説「朗読者」を、「めぐりあう時間たち」のスタッフが映画化した「愛を読むひと」。第81回アカデミー賞において、主要5部門(作品・監督・脚色・主演女優・撮影)にノミネートされ、ケイト・ウィンスレットが主演女優賞を受賞した同作の注目ポイントを解説する。(文・構成:森山京子)
世界的ベストセラーを映画化した至高のラブストーリー「愛を読むひと」
■感動のベストセラー、待望の映画化
「愛を読むひと」の原作(「朗読者」新潮社刊)は、1995年に発表され、20以上の言語に翻訳されている世界的なベストセラーだ。作者はフンボルト大学の法律学教授ベルンハルト・シュリンク。1944年生まれのシュリンクは、主人公マイケルと同世代。戦後の民主主義教育で育ち、青年期になってから、ナチスの軍人だけでなく多くの一般市民もユダヤ人虐殺に関わっていたことを知らされた世代だ。自分の愛する人間、親しい人間たちが過去に犯した罪をどう裁き、受け入れるのか。シュリンクが体験した苦悩が、このラブストーリーにも大きな影響を与えている。
15歳の少年と21歳年上の女性とのセンセーショナルな性愛で始まる物語は、数年後、ハンナがナチスの戦犯だったという衝撃の事実で思いもかけない方向へ走り始める。その罪は許せないが、ハンナへの愛を断ち切ることもできないマイケルの苦悩。この愛の苦しみは戦後のドイツだけでなくどの時代のどの国の人間にも当てはまる普遍的なテーマ。だからこそ世界中の読者の感動を呼んだのだ。
■スティーブン・ダルドリー監督と脚本家デビッド・ヘアは名コンビ
監督スティーブン・ダルドリーと脚本家のデビッド・ヘアは、共にイギリスを代表する演劇人。バックグラウンドが同じで気心が知れている上に、作品のために出来ることは何でもするというスタンスも共通しているから、映画作りでも抜群の実力を発揮する名コンビだ。
ヘアはどう脚色したらいいか分かっている小説しか手がけないという主義。絶対に自信のある脚本だが、それでも撮影中は常に現場に待機して、完璧主義者ダルドリーの要求に応じて検討・推敲を重ねるという。こんなオープンな2人だからこそ生まれた傑作が02年の「めぐりあう時間たち」(アカデミー賞では作品賞、監督賞を含む9部門にノミネート。ニコール・キッドマンが主演女優賞を受賞した)、そして「愛を読むひと」なのだ。
■オスカー受賞は当然。ケイト・ウィンスレットの名演技
デビュー以来、「いつか晴れた日に」(95)、「タイタニック」(97)、「エターナル・サンシャイン」(04)、「リトル・チルドレン」(06)でアカデミー賞にノミネートされるなど、常に演技が上手いと賛辞を浴び続けてきたケイト・ウィンスレットだが、「愛を読むひと」でオスカーを受賞し、遂にキャリア・ハイの演技に到達した。
この映画のハンナは大きな秘密を抱えている。その秘密を隠し通すために彼女は生き方のルールを決めている。そのルールに固執する強さと哀しさが、マイケルとの幸せな愛の時間にも、生真面目に働く日常の時間にも顔を覗かせ、ハンナが背負った人生の重さを感じさせるのだ。目を見開き、耳を澄ませ、懸命に生きるハンナの悲しさに胸が締め付けられる。
■新人デビッド・クロスのフレッシュな魅力
ハンナの成熟した美しさに魅せられ、セックスを体験して有頂天になる15歳のマイケル。そしてハンナの過去に衝撃を受け悩む大学生のマイケル。その少年っぽさと大胆さ、人生の壁に突き当たった苦悩を、時間経過の中で演じきったデビッド・クロスが、撮影時、17歳だったというのは驚きだ。
オーディションの時は16歳、ラブシーンは18歳になってからの撮影と、3年間をマイケルと共に生きたデビッドの魅力は爽やかな自然体の演技。そのフレッシュな魅力でヨーロッパ映画界注目の存在になりつつある。