招かれざる客

劇場公開日:

解説

「アメリカ上陸作戦」のウィリアム・ローズのオリジナル・シナリオを、「愚か者の船」のスタンリー・クレイマーが製作・監督した。撮影は「手錠のままの脱獄」のサム・リーヴィット、音楽は「真昼の衝動」のデヴォル。出演は、これが遺作となった「おかしな、おかしな、おかしな世界」のスペンサー・トレイシー、「いつも心に太陽を」のシドニー・ポワチエ、「去年の夏突然に」のキャサリン・ヘップバーン、そのほか、キャサリン・ホートン、セシル・ケラウェイなど。

1967年製作/アメリカ
原題:Guess Who's Coming to Dinner
配給:コロムビア

ストーリー

サンフランシスコ空港で飛行機から降り、タクシーに乗った若いカップルが、人目をひいた。だが、人々のぶしつけな視線など気にしないかのように、黒人青年と白人女性は親しげに語り合っていた。青年はジョン(シドニー・ポワチエ)といい、世界的に著名な医師。女性の名はジョーイ・ドレイトン(キャサリン・ホートン)。2人はハワイで知り合い、互いに愛し合う間柄となったのである。ジョーイの母クリスティ(キャサリン・ヘップバーン)は、娘の婚約者が黒人であることを知り、驚いたが、娘の嬉々とした様子に、動揺は次第に喜びに変わっていった。だが、父のマット(スペンサー・トレイシー)は、そうはいかなかった。新聞社を経営し、人種差別と闘ってきたマットも、自分の娘のこととなれば、話はちがってくるのだ。ジョンは、学界でも有数な人物であり、近くジュネーブの大学院に迎えられることになっているということは、マットも知ってはいるのだが、黒人と白人との結婚には、想像を絶する困難がある。結婚を許しながらもマットは割り切れなかった。ジョンのジュネーブ行きの時間が迫っており、2人はその前に、互いに両親の了解を得たがっていた。息子の見送りと嫁に会うため、ジョンの両親プレンティス夫妻が空港に着き、ジョーイは出迎えたが、夫妻は嫁が白人であることを知り愕然とした。やがて、夕食の時が訪れた。ジョンとジョーイ、ドレイトン夫妻、プレンティス夫妻。そしてドレイトン夫妻の友人であるライアン神父。母親同士は結婚には賛成だったが、父親同士は反対し、とくに、マットは頑固だった。だが、そのマットも、若い2人のどんな困難にも立ち向かおうとする真剣さとその情熱に、かつての自分の青春を見、その尊さに気づき、2人の結婚を認めた。一同はそろって、夕食の席に着くのだった。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第25回 ゴールデングローブ賞(1968年)

ノミネート

最優秀作品賞(ドラマ)  
最優秀主演男優賞(ドラマ) スペンサー・トレイシー
最優秀主演女優賞(ドラマ) キャサリン・ヘプバーン
最優秀助演女優賞 ビア・リチャーズ
最優秀監督賞 スタンリー・クレイマー
最優秀脚本賞 ウィリアム・ローズ
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映画レビュー

5.0社会を変える人はいつの時代でも、一歩行動に出る!

2022年6月12日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

この映画は1967年12月12日にリリースされたと。 異人種間の結婚が最高裁を可決したのが1967年6月だと読んだ。 キング牧師やロバート・ケネディが殺されたのが1968年、翌年である。 スタンリークレーマの亡き後、伴侶が、この映画で、ジョン(シドニー・ポアティエ)がタクシーの中でジョーイー(キャサリン・ホートン)にキスをしたが、ハリウッドでは異人種間では初めてだったと。
この映画を鑑賞するのにこういう時代背景が重要になってくると思う。

仲間と『映画ディスカッション』の指定映画(と言っておこう)になってるんだけど、私は高校生の頃、大正13年生まれの父親にコタツに一緒に座らせられて、この映画を見ている。そして、人権(多分?)についての会話を父としている。他界している父を悪く言いたくないが、マット(スペンサー・トレーシー)と同様に矛盾も抱えていた。この矛盾が映画でもわかるように、カルフォルニア州サンフランシスコでリベラルと言われる新聞出版社の革命的存在であるマットが『自分の子供のこと』となると、反旗をひるがしてしまうが、彼も若い時、妻を愛していた気持ちと同様に娘もジョンを愛しているんだとジョンの母親(ビア・リチャーズ)から気づきを与えられ、気持ちが変わっていく。マットの机の上を見れば、一目瞭然であるがフランクリン・ルーズベルト(FDR)大統領の写真と家族の写真が飾ってある。 賛否両論はあるがひとまずFDRは民主党、リベラルの旗頭で、マットはきっと尊敬しているから、写真を飾っておくのだろうとおもう。 それに、カトリックの神父が友達であるように、無宗教で宗教にこだわりなく、友達を作れる。着物を着た給仕がいるバーでのジョーイー(キャサリン・ホートン)の友達の発言でもわかるように、彼は本物のリベラルなのだ。サンフランシスコに、人種の交わり、堂々と問題点を黒人が指摘できる(例えば、メルズ・ダイナーで車を事故を起こしたシーン)ような息吹を与えたのもジャーナリスト、革新的な存在のマットが一役かっているのではないかと思われる。

娘、ジョーイー(キャサリン・ホートン)は父親マット(スペンサー・トレイシー)の影響力下でリベラルに育てられたように、私も大正生まれのリベラルな父親に育てられ、すでに、5年生の頃、差別が問題であることを知った。その後も何度かこの映画を鑑賞する機会があったが、当時の歴史的背景を学んだことで、この映画鑑賞に厚みが出てきたと思っている。

スタンリークレーマー監督ほど、この当時、センセーショナルな監督はいなかったのに違いない。それに、当時のハリウッドのコロンビアとスタンリークレーマの関係を理解すると『なるほど』こうしなければ、この映画は撮れなかったのかと思った。

下記はシドニーの自叙伝をよんでその記憶を意訳したもの。

クレーマー監督は『手錠のままの脱獄』(The Defiant Ones (1958))でシドニーを既に使っている。監督は『招かれざる客』は『必要な映画だ』と言っている。そして、アメリカハリウッド映画業界はこういう話の映画の準備はできていないが、そうであっても作ると言っていた。
『招かれざる客』Guess Who's Coming to Dinner (1967) をシドニーの見解から述べている自叙伝によると(時々誤解して理解しているかもしれない)、監督はスペンサー・レイシーとキャサリン・ヘップバーンとシドニーで映画制作のを許可をコロンビアからもらった。撮影が始まって、コロンビア側は内容を聞いてきた。監督は『家族の話で、暖かく、人間性のあるもの』だと答えた。 その後、コロンビアは 脚本を読みたいと言ってきた。そして、読んで、『危険すぎる!』 と答えた。

(これは私の考えだが、スペンサー・レイシーとキャサリン・ヘップバーンは当時大物だったし、コロンビアは彼らの映画は金になると思ったと思うし、また、既に名作を作っているスタンリークレーマーが監督だから内容を聞かず最初に了解をしたと想像する。)

そして、当時、ストーリーは『We don't usually do that!』と。『いくらリベラルな白人でも、黒人が白人の家に食事に来るということはなかった』と言う意味でもある。それに、またいくらリベラルでも、黒人が国際的な医者のステータスでもこの二人のような異人種の結婚に賛同しないと言う意味でもある。ポール・ニューマンが食事にきて、娘との結婚を許可してもらうというよくありそうな話は、全くストーリーにならない。

映画界の大物、スペンサー・レイシーとキャサリン・ヘップバーンたちは当時ハリウッドに住んでいたが、ハリウッドに住んでいても、一度も、黒人を招いて食事をしたことはなかったろうとシドニーは言ってる。この映画のシーンで、母クリスティ(キャサリン・ヘップバーン)が豪邸である自宅に戻ったとき、シドニーを見て、『開いた口が塞がらない』ような驚きを示すが、シドニー曰く、現実問題、初めて、シドニーがキャサリン・ヘップバーンの自宅を訪れたときのキャサリン・ヘップバーン態度は全く同じだったと。その後の態度を見ても、キャサリン・ヘップバーンがこういう状態に慣れていないのがわかった。

上記はあくまでも私の意訳だが、
当時、こういう現実を踏まえた状態で映画が制作されたのだった。当時に戻って考えるのは難しいが、シドニーの自叙伝の一部が現実味を与えてくれる。

かなり書いてしまったが、映画の内容にちょっと触れたい。
強烈なのはジョン(シドニー)と父親(ロイ・グレン)との会話だ。父親は父親、彼の苦労話をジョンは尊敬し、否定はしないが、父親は自分を『黒人』として考えて生きている。息子のジョンとの違いは少なくても30年はあるようだが、ジョンはすでに、自分を『一人の人間』として考えている。そのご、60年以上経った私たちも『黄色人種の日本人』としてではなく、『人間』としてもっと自分の人権を尊重するべきだと思った。
神父(セシル・ケラウェイ)の当時の寛大な発言や家族をいたわる心には頭が下がる。

映画の中のマットと同様に、クレーマー監督はイニシアチブをとって、アメリカ社会を変えた。

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Socialjustice

5.0マンスフォードがあのような超エリートでなく、平凡なサラリーマン程度の黒人青年だったらこの物語はどうなったのでしょうか?

あき240さん
2021年8月2日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

スペンサー・トレイシー 67歳
アカデミー主演男優賞を9回もノミネートされ、2回受賞
本作ではノミネート

キャサリン・ヘプバーン 60歳
アカデミー主演女優賞を12回ノミネート、4回受賞
本作でも受賞

このアカデミー賞の常連俳優二人が共演して、主演男優賞ノミネートと主演女優賞受賞、さらにはアカデミー作品賞まで受賞しているのだから凄まじい作品

しかもこの二人実は内縁関係
トレーシーは先妻との籍は事情が有って抜か無かったそうです

彼が41歳、キャサリンが34歳の時に初共演した「女性No.1」がきっかけになって、内縁関係に発展したとのこと
前年の1940年の「フィラデルフィア物語」が大ヒットしたばかりの頃です
キャサリンは21歳で結婚していましたが、27歳の時に夫と死別していました

二人の共演作品は9作品あり、本作がその最後になります
何故なら、本作のクランクアップの僅か17日後にトレーシーが心臓発作で死去からです

看取ったのはキャサリン
しかし内縁の妻なので葬儀には出れなかったそうです

この二人の関係を頭に入れて、本作を観るのと知らないで観るのでは少し印象も異なり、味わいもより深くなると思います
二人のドライブインでのシーンは特にそう感じるはずです

しかも、本作のこの夫婦の娘ジョアンナ役のキャサリン・ホートンはキャサリンの姪であることは有名です
彼女は撮影時22歳、役でも23歳の設定です
ということはこの役の娘はスペンサーとキャサリンが内縁関係を始めてしばらくした頃の生まれの設定なのです
つまり、彼女はキャサリンの妹の娘という本当の関係を超えてスペンサーとキャサリンの実の娘であってもおかしくない女性なのです
だから、この3人の間には演技を超えた濃密なものが感じられるわけです

そして、シドニー・ポワチエ 40歳
大ヒット作「夜の大捜査線」は本作の公開と同じ年の4ヵ月前の公開作品

彼は本当はバハマの貧しい出で、15歳で一人でNYにでて職を点々としたので教育も無かったそうです
なのに彼は、教養があり、きちんとした服装とマナーと言葉の知的職業の黒人役が常でした

本作でも進歩的な白人なら「我が家の夕食に招いても我慢できる」と思うことのできる「白人が望む」礼儀正しい素直で経済力と教育を持つ黒人青年を演じています

本作の原題「Who's Coming to Dinner」
直訳すると「今日のディナーに誰が来ると思う?」とはそういう意味です
冷笑のニュアンスがあります
邦題はそれを「招かざる客」と上手く意訳しています

彼は23歳で結婚、その後38歳で離婚
そして本作の9年後の1976年に再婚しています
白人女優でその名前は「ジョアンナ」・シムカスです
面白い符合です

しかし彼が1970年代以降に活躍しなくなったのは何故かと考えてみると、その原因はその白人が望む黒人像であったからです

公民権運動が一段落した1970年代の黒人が望む黒人俳優は等身大の黒人スターだったということだと思います
黒人向けのブラックスプロイテーションの映画には、彼は大物過ぎたし、そのイメージも品行方正すぎたのです

本作の結末は、新しい時代への希望に溢れる物です
感動すらします

しかし、21世紀に生きる私達は知っています
半世紀たっても事態はなにも変わっていないことを
それでも当時よりは人種間の結婚も珍しく無いものになりました

本作公開当時は、白人と有色人種との結婚はそれこそ命掛けだったのです

マンスフォードの黒人の両親が反対したのは何故でしょうか?
それは息子が白人に殺されるかも知れないからです
息子だけでなく、自分達家族にも危害が及ぶことを恐れていたのです
白人が、有色人種と結婚する子供を止めようとする理由とは全く違うのです

だから二人の両方の両親からの何が有っても負けるなとの励ましは、文字通り命掛けだぞという意味なのです

そして黒人メイドのテイリーは、人種差別を打破して行こうとは考えていません
黒人は差別される境遇であることを変えられるなんてこれっぽっちも信じていないのです
だから小さな時から見てきている、ジョアンナをそそのかした男にしかマンスフォードを見ることができないのです

南部だけでなく、カリフォルニアのような進歩的な土地ですらそうだったのです

21世紀になっても当時よりは少しはましになった程度です
それはBLM運動があのように燃え上がった事でも明らかです

幾ら進歩的な事を口で言っていても、いざ自分の家族の事になれば違うことは今も繰り返されているのです

マンスフォードがあのような超エリートでなく、平凡なサラリーマン程度の黒人青年だったらこの物語はどうなったのでしょうか?

いやごく普通の黒人青年が本作を観たなら、どのように感じたのでしょうか

本作ですら微かな人種差別を感じとるのかも知れません
それが1970年代のブラックスプロイテーション映画の隆盛につながっていったのだと思います

「一発逆転」
1975年の映画
映画.comにはエントリがないのでこちらに着します
シドニーボアチエ監督&主演
この映画では、彼は教育のある立派な黒人役ではありません
アトランタで早朝から働く牛乳配達員です
彼なりのイメージチェンジの試みだったと思います

ソウルミュージックファンならマスト
なぜならカーチス・メイフイールドが音楽を担当しているからです

OST のアルバムを持ってる人は相当のマニアですね
ジャケットのボクサーのイラストが本作の役者に良く似て描かれていると感激します

映画自体は大したこと無いです
アトランタのとある教会の移転に必要な大金をニュオーリンズで弱いボクサーに催眠術をかけて掛けボクシングで一発逆転しようというお話
首尾良くいったのですが、ニュオーリンズからギャングの胴元が…というもの
まあテレビムービー程度、星3つがいいことです
それでも、カーチスの音楽で星ひとつオマケで星4つです

これもまたブラックスプロイテーションの流れの作品です
それ以上の作品では有りません
ギャングの親分役のジョン・エイモスが一番強い印象を残しています

しかしカーチスの音楽と当時の特徴的な素敵なコスチュームの数々を楽しめる人なら十分満足できるでしょう

新宿3丁目のエレベーターの無い雑居ビルの4階にカーチスという音楽バーがあります
コロナ禍が収まったならひさびさに飲みに行きたいものです

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あき240

4.0人種問題

kossyさん
2020年9月5日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

 キャサリン・ヘプバーンと姪のキャサリン・ホートンが母娘で共演。さすがに家族を演じるにはほのぼのした雰囲気が伝わってくる。新聞社主で元々リベラルの父マットも戸惑いを隠せないが、代表的な白人の感情なのでしょうね。

 お手伝いのテイリーが最も反対してたような気がする。そして短い時間で決着を着けなければいけない状況が上手い設定ではないような気がする。やはり人種問題を投げかけるという目的だけの映画に思えるなぁ・・・ジョンの両親の考え方が作り物っぽい。

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kossy

5.0ハラハラする会話劇⁈

tedさん
2020年6月21日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

泣ける

興奮

幸せ

 ケチのつけようが無い黒人であるが、当事者になると
許すことが難しい… 根の深い人種差別 黒人奴隷時代を考えると あの黒人のお手伝いさんのような感覚になってしまうところもあるのだなぁと思いました。

 時間制限があって、どうやってひっくり返せるのか なかなか考えさせられましたが、結局問題を解決できるのは男性よりも女性で 愛なんだと思いしらされました。それでも親世代で考えを変えたり出来る人は素晴らしいと思う。

 ひとつ気になった点としては序盤に出てきた精肉店の若者と女性が終始クネクネしていた事…でしょうか…。

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ted
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