テオレマ

劇場公開日:2022年3月4日

テオレマ

解説・あらすじ

詩人・作家・映画監督として活躍したイタリアの異才ピエル・パオロ・パゾリーニが、ブルジョワ一家が謎の訪問者によって狂わされていく姿を描いた異色ドラマ。ミラノ郊外の大邸宅に住む裕福な家族。父親は多くの労働者を抱える工場の経営者で、美しい妻や子どもたちに囲まれ、平穏な日々を送っていた。そんな彼らの前に、ある日突然見知らぬ青年が現れ、一緒に暮らしはじめる。家族は青年の妖しい魅力と神聖な不可解さに狂わされ、青年が去ると同時に崩壊への道を突き進んでいく……。「コレクター」のテレンス・スタンプが謎の訪問者を演じ、エンニオ・モリコーネが音楽を手がけた。1968年・第29回ベネチア国際映画祭で最優秀女優賞と同時に国際カトリック映画事務局賞を受賞したことで物議を醸し、裁判沙汰にまで発展した。2022年3月には、特集企画「パゾリーニ・フィルム・スペシャーレ1&2」(ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか)にて、4Kスキャンによる修復版を上映。

1968年製作/99分/PG12/イタリア
原題または英題:Teorema
配給:ザジフィルムズ
劇場公開日:2022年3月4日

その他の公開日:1970年4月11日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

スタッフ・キャスト

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(C)1985 - Mondo TV S.p.A.

映画レビュー

4.0 流石パゾリーニ!彼の創造した乾いた世界が凄すぎる

2025年9月30日
PCから投稿

もちろん難解である。

主な登場人物は裕福な一家と謎の青年。
ジャズとクラシック、それと家政婦。
顔のアップに人間の内面を見せる。

人の本性とは
乾きとは何か
目覚めとは
潤とは何か

謎の青年の魅力
彼は何者なのか
明かさない。

受け取り方で沁み入るものの姿が違う。
それは何なのかは創造主しかわからない。

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星組

4.5 芸術とは何か?

2025年9月28日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

パゾリーニの『テオレマ』をAmazon Primeの4Kスキャン版で鑑賞しました。Criterionの修復版ブルーレイに基づいた映像は驚くほど美しく、とりわけ緑の発色が鮮烈でした。自然光を生かした庭や草木の緑はスクリーン全体に生命感を与え、太陽や夕日のモチーフとともに強い印象を残しました。

物語は、ブルジョアの一家に突如として現れる謎の訪問者(テレンス・スタンプ)を中心に展開します。父も母も娘も息子も、さらには家政婦までも、彼に魅了され関係を持ってしまう。彼は一体何者なのか。神なのか、悪魔なのか、あるいはパゾリーニ自身の投影なのか。その存在の正体は明かされず、観客に解釈が委ねられています。

家族は訪問者との関わりによって、それぞれ異なる変貌を遂げます。父は会社を捨て、駅で服を脱ぎ捨てて裸となり、所有や財産の虚構に気づいたかのように虚無の大地=火山地帯へと放逐されます。母は愛欲に溺れて彷徨い、娘は愛の不在に打ちひしがれて精神を閉ざし、息子は芸術へと逃避します。彼らはいずれも訪問者との出会いを「性愛=性(欲望)」としてしか受け止められず、結局は崩壊へと導かれるのです。

対照的に、家政婦だけは違いました。彼女は訪問者との体験を「性愛=愛(恩寵)」として受け止め、信仰を深め、やがて奇跡を体現する存在へと変容します。浮遊や殉教的なイメージを伴うラストは、その聖性の象徴でした。ここには明確な階級的対比が表れています。ブルジョア階級は神の愛を欲望に変えてしまうが、労働者階級は所有や欲望の回路に絡め取られないため、純粋に「愛」として受け止めることができる。つまり同じ出来事でも「物質的に受け止める者」は欲望や虚無へ、「精神的に受け止める者」は恩寵と奇跡へと導かれるのです。

こうした構造を引いて見れば、『テオレマ』は戦後イタリアそのものの寓話にも見えます。共産主義が台頭し、カトリック的な規範は揺らぎ、ブルジョア的価値観は空洞化する。再構成の可能性は描かれず、ただ「崩壊」の過程だけが示される。これは戦後ヨーロッパ精神史に共通する主題であり、神の不在や価値判断能力の喪失に直面する姿が寓話的に表現されているように感じました。

同時に、この訪問者は「映画そのもの」とも読めます。パゾリーニの映画は常に「不道徳だ」「芸術ではない」と批判され続けてきました。その映画を観客がどう受け止めるかによって、退廃か啓示かが決まる。ブルジョアのように「不道徳で欲望的なもの」と見なせば崩壊に導かれる。しかし家政婦のように「神の啓示」と受け止めれば、聖性や真実を開く契機となる。つまり『テオレマ』は「芸術とは何か?」というパゾリーニ自身の葛藤を寓話化した作品でもあるのです。

彼は自らの欲望(同性愛的傾向や若い男性への強い関心)を隠さず作品に投影しました。そのことは社会から「不道徳」「芸術ではなくポルノだ」と批判される原因ともなりました。パゾリーニ自身も「自分の映画は芸術なのか、それとも単なる欲望の吐露なのか」という葛藤を抱えていたはずです。『テオレマ』の訪問者は、その葛藤をそのまま体現する存在に思えます。芸術は退廃なのか、聖性なのか。その判断を最終的に下すのは観客であり、作品自体が試金石として提示されているのです。

結局、『テオレマ』のテーマは「芸術とは何か」という問いに集約されるように思います。芸術は欲望と退廃の表現なのか、それとも啓示と聖性の表現なのか。同じ体験を前にして、崩壊へと向かう者と、聖性に目覚める者とが分かれる。その分岐そのものを描きながら、パゾリーニは自身の作品の存在意義を問いかけているのだと感じました。

虚無や神の不在を描きつつも、そこに革命や聖性の契機を織り込み、同時に「芸術とは何か」という自らの葛藤をもさらけ出す。挑発的でありながら美しく、寓話的でありながら自伝的でもある。『テオレマ』はパゾリーニの芸術観を凝縮した、戦後ヨーロッパ精神史をも映し出す稀有な傑作だと思います。

鑑賞方法: Amazon Prime (4Kスキャン版)

評価: 90点

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neonrg

3.0 レトロぶっ飛び過ぎでワケわからん…

2024年12月28日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

本作は今まで全く聞いたこともなかったが、確か「Saltburn」鑑賞後に何かの記事で見かけ、何だか興味が湧き鑑賞。
確かに「Saltburn」と設定は類似しているが、雰囲気は全然異質。良く言えば芸術的なのだが、正直なところレトロぶっ飛び過ぎててワケわからん…。
本監督は特異な作風で名を馳せたようだが、相当な名画ツウでないとまず楽しめないような気がする。
VODで観たらエンドロールが無かったのもビックリしたわ。
でも本監督の代表作はぜひ何本か観てみたい、と思えるほどのインパクトは十分ありだ。

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いけい

2.0 ゲージュツ的〜!

2024年8月24日
Androidアプリから投稿

さっぱり意味わかりませんでしたが、教養だと思って最後まで見ました。これもし無名の評価されてない映画だったら当然途中でギブアップしてたと思います。ブランドに負けました。

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柴犬泣太郎