コルチャック先生のレビュー・感想・評価
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当然善い作品かと思うが、118分を没入感を持って見ることができるか。
面白くなかった為、倍速でながら見したので自分から皆の参考になる感想ではなくただの駄文となる。今作を見ようと思ったのは、昨今のイスラエルによるガザやレバノンへの攻撃が虐殺であるという認識が世界に広まっている現在で、1940年代にゲットーの孤児院で子ども達の為に献身するユダヤ系ポーランド人のコルチャック先生に対して、今とは真逆の環境の中で彼がどんな人となりを映画の中で示すのか気になったからだ。で、途中でダレながらも流し終えた結果として、彼はどうしようもない状況で子ども達をよりよく導こうとした教育者という印象が残ったが、そこに自分の感情にも火が灯るような体験はなかった。それは自分が途中から倍速でながら見していたから当然なのであるが。
なぜ面白くなかったか?そういう話はこれまでも何度か感想で書いた気がするが、ようは、戦時迫害されていたユダヤ人の様子を悲劇としてドキュメンタリー的に描ききる内容に起伏があれどもポジティブな場面が少なくずっと陰気で退屈だというのが一つ。もう一つはコルチャック先生以外の主役的な存在がおらず(個人的には)、群像劇を俯瞰して見ているようで、感情移入ができなかったという点。あとはこういう古い作品(今作は1990年)を見るときに個人的意見として思うのが最近のルッキズムで甘く染めたエロ・バイオレンス・先進的映像表現・視聴者の感情に訴える感情のジェットコースター体験等々を込めた作品群に慣れたせいで感情や感受性が馬鹿になっているからだろう。
「カティンの森」より優先させた作品!
図書館からレンタルして、
岩波ホールでの上映以来、
約30年ぶりに鑑賞。
しかし、岩波ホールで購入していた
パンフレットに驚くべき記述があった。
“ワイダ監督は,「カティンの森」の演出を
信頼する助監督に任せて
(ワイダ監督は監修として名を連ねた),
「コルチャック先生」に全力を投じた”
とあるではないか。
「コルチャック先生」は1990年作品、
「カティンの森」は2007年の作品だ。
「カティンの森」は初上映の17年も前に
製作に着手されかかっていたのか、
しかし実行されず、その後改めて
自らの監督で世に出したことになる。
いずれにしても父親が犠牲者だった
ことから、執念の題材だったはずの
「カティンの森」を差し置いてでも
優先製作した「コルチャック先生」も
ワイダ監督にとって
重要な意味を持つ作品だったのだろう。
コルチャック先生がその道の権威であること
は幾つかの場面で顕されるが、
この作品では結構、別の面も披露される。
「世のため、人のため…は嘘です。
…自分のため…」とのラジオ放送発言や
「200人の子供がいるだけだ。誇りなどない」と
コメントしたり、短気だったり、
陰でこっそり酒を飲んでいたりする
身近な人間くさい描写も多い。
コルチャック先生は高名な方とはいえ、
ワイダ監督は、当時、犠牲になったたくさんの
“コルチャック先生的人々”がいたと
伝えたい意図があったのではないかと
勝手に想像した。
またこの映画の稀有なところは、
同じユダヤ人でも、
階層やドイツ兵への利便性の有無によって
運命が区別される現実を描いていることだ。
もっともそれも一時的な扱いで、
いずれは同じ結果だったことも示唆したが。
そして、ラストの幻想シーンには
涙を誘われるばかりであった。
専門である医師職を超えて人道活動をされた
結果、犠牲になったコルチャック先生は、
同じ医師としてアフガニスタンで灌漑事業で
復興に携わり命を落とされた中村哲さんを
想起させてくれた。
因みに、私のワイダ監督ベスト3は、
①カティンの森
②地下水道
③灰とダイヤモンド
です。
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