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○作品全体
スコセッシ監督作品をそんなに多く見たわけではないけど、やはりこの監督が描く「欲」は面白い。「グッドフェローズ」という他者との繋がりを意味する作品名でありながら、いや、だからこそ根底にある個の欲の表現がリアルになると感じた。
同じくスコセッシ監督作品である『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でも家族を含む他者との関わりと個人の欲が、『タクシードライバー』では個の欲と社会との間にある歪みが描かれていた。この『グッドフェローズ』では前者をマフィアのファミリー達が、後者は金に執着するヒルの欲望とファミリーとの信頼関係がその役割をになっていたように感じる。
それぞれの作品と『グッドフェローズ』の違いを挙げるとすれば『グッドフェローズ』における個の欲は終始人間関係の中で作り上げられていく、ということだろう。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』では会社設立から仲間たちとの成功体験があったが、物語を主導するのはいつも主人公・ベルフォートの鶴の一声だし、『タクシードライバー』は主人公・トラヴィスが孤独の中で自身の欲が芽生えていく。
『グッドフェローズ』ではまわりのファミリーたちに振り回されながら、時には個人的な、時には社会的な欲望を叶えるためにヒルはファミリーの中で生きていく。欲の軸が必ずしも個に存在するわけではないというところがこの作品をドラマティックにしている要因の一つだ。
作中ではあまり触れられていなかったが、アイルランド系であるヒルには幹部になる資格がないことも、ヒルの個の欲を際立たせる一つだったかもしれない。逸脱行為や離反行為の兆しがあると誰も信用できない状況になる関係性もそうだろう。
ヒルの個の欲は、ヒル個人の中で生成されたわけではなくて、「グッドフェローズ」とともに生きたからこそ生成されたものだ、という個の欲望と他者との関係性の描き方が面白いな、と感じる。個の欲望と他者との関係性のバランス。『グッドフェローズ』ではこの天秤が崩れるたびに、物語がグッと面白くなる感覚があった。
○カメラワークとか
・モノローグの使い方が特殊だった。序盤のシーンでヒルのモノローグが多く入るのは主人公の生い立ちを語ったり、時間が飛んで現状を語るのに必要なことだと思うけど、そのあとすぐにカレンのモノローグに入る。ヒルにフォーカスが当たり続けていたところで急にカレンの心情にフォーカスがあたった感じがしてちょっとびっくりした。ヒルの異常性を客観的に見ることのできる最初の演出だったわけだけど、一方でカレンがヒルを好きになった理由みたいなものも語られていて、必ずしもヒル個人の物語ではない、というフックを作る演出だったのかな、と感じた。
○その他
・小ネタ的な部分が目に留まった。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を直近で見ているからか、『グッドフェローズ』の劇中劇のようなカツラのCMと『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のセミナーCMが重なったり、『グッドフェローズ』のラストシーン、急にヒルがカメラに向かって自身のことを語りだすくだりと『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のIPOについて急にカメラ目線で説明し始めるベルフォートが重なったりした。
『グッドフェローズ』でソニーがポーリーに手助けされて店を出すけれど借金漬けにされるくだりで「火事にやられた?金を払え 落雷にあった?金を払え」…と続くところとか『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の「カードの支払いがある?直ぐに電話をかけ始めろ 大家が追い出しを?直ぐに電話をかけ始めろ」…と続くところは台詞回しがそっくり。違うところはFUCKとGOODの違いか。「最も多くFUCKという言葉が使われた映画」だという『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でGOODが使われているというところが興味深い(?)