彼岸花

劇場公開日:

解説

里見とんの小説を、小津安二郎・野田高梧のコンビが脚色したもので、結婚期にある三人の娘と、容易に意見の合わないそれぞれの家庭の親とを描いたもの。「東京暮色」以来一年ぶりに小津安二郎が監督し、「若い広場」の厚田雄春が撮影した。山本富士子の他社初出演をはじめ、有馬稲子・久我美子・佐田啓二・佐分利信・高橋貞二・桑野みゆき・笠智衆・渡辺文雄という豪華な顔ぶれである。

1958年製作/118分/日本
原題または英題:Higan-Bana
配給:松竹
劇場公開日:1958年9月7日

ストーリー

大和商事会社の取締役平山渉と元海軍士官の三上周吉、それに同じ中学からの親友河合や堀江、菅井達は会えば懐旧の情を温めあう仲。それぞれ成人してゆく子供達の噂話に花を咲かせる間柄でもある。平山と三上には婚期の娘がいた。平山の家族は妻の清子と長女節子、高校生の久子の四人。三上のところは一人娘の文子だけである。その三上が河合の娘の結婚式や、馴染みの女将のいる料亭「若松」に姿を見せなかったのは文子が彼の意志に叛いて愛人の長沼と同棲していることが彼を暗い気持にしていたからだった。その事情がわかると平山は三上のために部下の近藤と文子のいるバアを訪れた。その結果文子が真剣に結婚生活を考えていることに安堵を感じた。友人の娘になら理解を持つ平山も、自分の娘となると節子に突然結婚を申し出た青年谷口正彦に対しては別人のようだった。彼は彼なりに娘の将来を考えていた。その頃、平山が行きつけの京都の旅館の女将初が年頃の娘幸子を医師に嫁がせようと、上京して来た。幸子も度々上京していた。幸子は節子と同じ立場上ウマが合い彼女の為にひと肌ぬごうと心に決めた。谷口の広島転勤で節子との結婚話が本格的に進められた。平山にして見れば心の奥に矛盾を感じながら式にも披露にも出ないと頑張り続けた。結婚式の数日後平山はクラス会に出席したが、親は子供の後から幸福を祈りながら静かに歩いてゆくべきだという話に深く心をうたれた。その帰り京都に立寄った平山は節子が谷口の新任地広島へ向う途中、一夜をこの宿に過して、父が最後まで一度も笑顔を見せてくれなかったことを唯一の心残りにしていたと、幸子の口から聞かされて、さすがに節子の心情が哀れになった。幸子母娘にせきたてられて平山はくすぐったい顔のまま急行「かもめ」で広島に向った。

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映画レビュー

4.0見えないレイヤー

2024年12月29日
PCから投稿

小津安二郎はじめてのカラー映画だそうです。小津映画解説でよく引き合いにされる赤いやかんも出てきました。

大企業の常務である平山渉(佐分利信)が長女節子(有馬稲子)の突然の嫁入りに気を揉むという話で、父としての心境の変化をコミカルに描いていきます。

佐分利信が演じる父は、他の小津映画で笠智衆が演じる優しい父ではなく、昔ながらの封建的な父です。
前段で友人や人の娘にたいしては、結婚は当人の主体性に任せるというリベラルな結婚観を披瀝しておきながら、いざ自分のところへ佐田啓二が「娘さんをください」と願い出てくると、すっかり憤慨し、実質的に節子を家に軟禁してしまうのです。今なら虐待になるでしょう。

彼岸花の主題は娘を嫁にやる父の悲哀ですが、同時に父と母もしくは夫と妻の課題の違いが描かれています。
両者の意識と役割の差を如実にあらわしている会話がありました。
一家は箱根へ家族旅行に来ていて娘二人は芦ノ湖で手漕ぎボートに乗っています。湖畔でその様子を眺めながら、夫婦は久しぶりの一家団欒にしみじみとしています。

平山清子(田中絹代)『戦争中、敵の飛行機が来ると、よくみんなで急いで防空壕へ駆け込んだわね。節子はまだ小学校へ入ったばっかりだし、久子はやっと歩けるくらいで。親子四人、真っ暗な中で、死ねばこのまま一緒だと思ったことあったじゃないの』
平山渉『うん、そうだったねえ』
清子『戦争はいやだったけど、時時あのときのことがスッと懐かしくなることあるの、あなたない?』
渉『ないね。おれはあの時分がいちばんいやだった。ものはないし、つまらんやつがいばっているしね』
清子『でもあたしはよかった。あんなに親子四人がひとつになれたことなかったもの』
渉『なんだ、このごろおれの帰りがちょいちょい遅くなるからか』
清子『でもないけど。四人そろって晩ご飯食べることめったにないじゃない』
渉『そりゃあおれの仕事がだんだん忙しくなってきたからさ。そのかわり暮らしもいくらか楽になってきたじゃないか』
清子『でもやっぱり』
渉『やっぱり、なんだ?』
清子『ううん、もういいの』

この会話には三つのポイントがあると思います。ひとつ目は戦争、ふたつ目は高度成長期、みっつ目は家父長制社会です。
戦争が必要悪となって家族・夫婦の絆をつくり、戦争がおわると高度成長がきて夫は忙しくなり、夫の収入をあてにする妻は必然的に夫に従属的になる──という図式がこの会話から見えてくるからです。

小津安二郎の映画は総じて、戦後、民主化と西洋化の波が一緒くたになって押し寄せ、社会と文化が急速に変化しているときの映画です。平山はじぶんのビジネスや仕事量がじょじょに拡がることと、収入がふえるのを日々実感しながら、一方で娘が結婚するというごくありふれたイベントに直面しなければなりませんでした。これらの社会背景は小津映画のダイナミズムと無縁ではありません。父が娘を嫁にやるという珍しくもない出来事を描いた映画がわたしたちの心をうつのは、娘の嫁入りに戦後と高度成長期と家父長制社会(封建社会)が絡んでくるからこそです。彼岸花や秋刀魚の味を、今リメイクしたって面白くもなんともないわけです。

おそらく父・夫の気持ちは純粋な寂しさからくるふてくされだと思います。彼は封建的で頑迷な男ではありますが、最終的には、娘のためなら自我は引っ込めておこうとする賢さもありました。母・妻とは当初意見が食い違いましたが、完全に決裂することはありませんでした。
ある意味、平山渉の強情さを突き崩したもの、つまり封建的な男を教育した出来事が戦争だったとも言えるはずです。小津映画で「つまらんやつがいばっているしね」という台詞を聞いたのは二度目ですが、復員した男たちが、威張っている者とそれに隷属する者の構造、家父長制社会に不条理を感じるのは順当なことだと思います。敗戦が男たちの意識を変えたのです。

旧友である佐分利信、中村伸郎、北竜二らはクラス会をやりますが、そこで笠智衆が詩を吟じます。生きて帰ることはないと決心したので如意輪寺の門扉に矢じりで辞世を彫った──という太平記の一場面となる楠木正行の詩だそうです。そんな詩をしんみり聴くのはこの時代のクラス会が必然的に戦争で生き残った者の再会になっているからでしょう。
娘たちのあたらしい門出と戦争での喪失が同居していることも小津映画のダイナミズムを支えているはずです。

つまり、わたしたちは赤いやかんなど絵的に美しく配置された小道具に小津映画の美学を見いだしますが、じつは戦争や高度成長期や家父長制社会・その崩壊という、絵には見えない奥のレイヤーがあるからこそ小津映画はわたしたちの心に響くのだ、と思ったのです。

一方で、小津映画は日本の裕福な一側面だとは思います。平山は都心で仕事をしていますが、家には縁側がありどこからともなく練習中のピアノが聞こえてくるようなのどかな戸建てです。清子は専業主婦に見えますが女中を雇っていますし、帰ってくると背広を着物に着替え、風呂にするか晩ご飯にするか選ぶような暮らしぶりです。
こうしたポジションの人々を描くのは、おそらく衣食足りて礼節を知る──からだと思います。衣でも食でも住でも、足りないのであれば、娘の嫁入りが悲しい父の悲哀を描く以前の問題になってしまうからです。娘の結婚に対する父の心境に焦点をあてたいのであれば、他の問題が見えては焦点がぼやけてしまうからです。
と同時に、小津安二郎に、映画とはきれいなものを描くものだ──という強固な信条があったから、だとも思います。小津映画の、現代の日本映画よりも美しい画面構成や女たちを見ればおのずとそれがわかるはずです。

撮影に際して赤の発色がきれいという理由でわざわざドイツ製フィルムを選んで使ったそうです。そのせいか、赤いやかんが、たしかに鮮烈な赤でした。
また、すでにカラフルな彼岸花のコントラストをさらに強くしていたのは山本富士子でした。その母役の浪花千栄子が演じた、やかましくてそそっかしいキャラクターも出色で、昔の映画だと思ってたかをくくっていましたが、所々ほんとに笑えました。

英題Equinox Flower、imdb7.8、RottenTomatoes88%と87%。

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津次郎

5.0昭和33年のトリック

2024年1月14日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

舞台となる昭和33年頃からは一世代後ですが、昭和人である自分にとっては、すべてが懐かしい世界でした。たぶん、それだけでかなり没入してしまったように思います。小津作品はほとんど観てなくて、20年以上前に代表作「東京物語」(53)を観たとき、全く面白さが感じられず、自分の感性に合わない作風なのかなと思っていました。ある意味リベンジのような、でも、メインディッシュは後にとっておこうみたいな感じで恐る恐る本作を観ました。やはり、歳をとってわかるのかなというのが率直な感想ですね。平山渉(佐分利信)と妻の清子(田中絹代)は夫唱婦随の典型のような夫婦で、今の時代から観るとダメ出しされそうな言動のオンパレードですが、その時代なりの夫婦間、あるいは親子間の深い愛情が感じられて、嫌悪感はありませんでした。ご夫婦を演じている佐分利信さんと田中絹代さんがとにかく魅力的で、それは欠点の全くない優れた人物ということではなく、当時のごく平凡な日本人がもっている良識や感情をとても自然に表現されているというところで親近感がもてたように思います。すべてのカット、台詞に無駄がなく、今であれば2倍速で飛ばされてしまいそうな多くを語らないシーンでさえ後に尾を引くような深い味わいがあり、これが世界で賞賛される小津映画なんだな~と今更ながら感激してしまいました。今作に惹かれたもう1つの理由は、山本富士子さんの存在です。本作は脇役もしっかり活き活きと描かれていて、山本富士子さんも脇役ですが、扮する佐々木幸子のキャラクターが本当に魅力的で、とりわけ平山渉にトリックの話をするシーンの可愛らしさ、人としての美しさは、永久保存版の名シーンのように思いました。あまりに美しすぎる、この世には存在しえないかのような、武者小路実篤の世界観をふと思い出しました。

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赤ヒゲ

5.0良いのめっけて♥

2023年12月16日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD
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アンドロイド爺さん♥️

5.0小津安二郎作品で初めて笑えた。最高の映画。

2023年5月3日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

コメディ映画でした。最後に泣けました。

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あっちゃんのパパと