杏っ子

劇場公開日:

解説

東京新聞に連載されたベスト・セラー室生犀星の原作を、「女であること」の田中澄江と成瀬巳喜男が共同脚色し、「あらくれ(1957)」の成瀬巳喜男が監督、「狙われた娘」の玉井正夫が撮影した文芸映画。主演は「女であること」の香川京子、「悪徳」の木村功、それに山村聡に新人三井美奈。ほかに小林桂樹、太刀川洋一、加東大介、中村伸郎、などが助演。

1958年製作/109分/日本
配給:東宝
劇場公開日:1958年5月13日

ストーリー

戦後二年、ある高原の避暑地に疎開以来、作家の平山平四郎は妻のりえ子と、娘の杏子それに息子の平之助の四人で、不自由な生活を送っていた。ラジオ修理業をやりながら小説を書いている漆山亮吉は、杏子一家のためになにかと援助した。亮吉は杏子が好きだが、有名作家の平四郎に気兼ねしていいだせなかった。伊島をはじめ何人かの男と見合をした杏子は、結局気心のしれた亮吉と結婚して、本郷に新居をもった。二年の歳月は流れた。小説家をあこがれ、売れもしない原稿を書く亮吉は、毎日酒をのみ、いっこうに定職につこうとしない。杏子はそのために、嫁入り道具を売ったりして家計のヤリクリをした。平四郎は親子でも仕事のことは別だ、といいながら、知合いの出版社に紹介してやったが、やはり未熟なためにはねつけられた。みかねた平四郎は、自分の家の離れを杏子夫婦に提供した。劣等感に苦しむ亮吉は、毎日のように杏子にあたり、争いが絶えなかった。一方、平之助はちゃっかり屋のりさ子と結婚した。ともすると、平之助は、りさ子の尻にしかれがちであった。平四郎はこれも一つの夫婦の生き方として黙視した。日がたつにつれ、亮吉の劣等感は反感に変っていった。平四郎の弟子の菅が平山家を訪れたとき、酒の席で口論となり、揚句の果てに、亮吉は平四郎の丹精して作った庭を目茶苦茶にしてしまった。そのために、杏子たちは平四郎の家を出た。二人の間にはもう一片の愛情すらなかった。平四郎はそれでも別れるといわない杏子を痛ましげにみつめるのだった。その後も、杏子は亮吉のひどい仕打ちに、実家に戻ることも度々あったが、いつも二、三日してはまた亮吉のことを心配して帰っていった。しかし、亮吉は相変らずの酒びたりの毎日だった。平四郎は今日も、亮吉のもとに帰る杏子の後姿を、黙ってみつめるのだった。

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スタッフ・キャスト

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映画レビュー

4.0身につまされる人物

2023年7月29日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

単純

難しい

出てくる人物たちが特別なこともしていないのだが実在感をもってスクリーンの中にいる。 人間的によくできた父、同じ小説家をめざしているばかりにどんどん劣等感にさいなまれて堕ちていく亭主。 亭主を軽蔑しているのになぜだか見捨てることができない主人公。 亭主がだいたいにして、プロポーズの段階から人間的にいやらしいのがものすごくよく出ている! またそれをなんとはなしにわかっていながらも高潔な人格ゆえに許してしまう 主人公たち。 その高潔さがまた亭主の劣等感をちくちくちくちく刺激し続けるのだが。 うん、まあ、甘えですよね。 いやあ、観ているとほんとうにこの亭主にうんざりして早く離婚しろよと思ってしまうのですなあ。 でも亭主の気持ちもなんだかものすごくわかってしまうのが見ていて身につまされてしまうのだなあ。 ラストも、ええ~~~~……と思うが実際にこういう人々多そうだよ。 ここまで高潔ではないだろうけど。 最近こういう派手ではないけど真に迫る感じの人間を描き出す監督って他にだれがいるのでしょう。 私はあまり知らないから詳しい人教えてほしい。 そういうの観たいなあ。

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こまめぞう

4.0実験としての人生、または、映画から「怒り」を取り除く場合

2022年11月20日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

1958年。成瀬巳喜男監督。結婚適齢期の老作家の娘は実家で軽いお見合いのような出会いを繰り返すがこれという相手がいない。ある日、いい感じの男に出合って気持ちが動くが、それをきっかけに顔見知りの商店の息子にプロポーズされる。そうして始まった結婚生活と、その若夫婦を見守る老作家とを淡々と描く。 なんといってもすごいのは、自己中心的で酒にだらしがなく、しかも小説も書くので有名作家の義父にコンプレックスを抱いている若い夫の言動のいちいち(ほとんど言いがかり)に対して、若い妻がそれを感情的に受け取らないこと。自分自身を題材にして「夫婦ってどういうものか」という実験をしている感じ。何を言われてもされても耐えてしまう。それは老作家自身がそうなので、冒頭で娘のために怒りをあらわにすることはあっても、それは公平さのためであって、それ以降もふくめて一度も「肩入れ」しない。味方にならない。距離を保って突き放しつつ見守っている。この独特の距離感がおそろしい。 一般的に、「怒り」などで感情的に反発したり、自然の道理や理屈に従った論理的な反駁や乗り越えによってシーンがつらなって映画の物語が展開していくものだが、この二人は感情的に反発しないし、論理的に説得もしないので、物語が展開しない。なにがあっても受け入れて「人生ってこういうもんだよね」と親子ふたりで苦々しく笑い合ってしまう。二人の関係の濃密さだけがどんどん育っていく。すごい映画。 もうひとつの特徴は戦争の影が色濃いこと。昭和22年から25年の設定だが、復員兵がごろごろいて米や酒が配給制になっているという時代的な現実のせいだけでなく、居酒屋では軍歌がでてきてMPを気にしているし、老作家が夫婦の比喩に兵舎をつかったりと必然性のない場面にも戦争の影が。娘の見合いも疎開先でのようだし、戦争映画の一つに数えてもいいのかもしれない。 こういうわかりやすいとはいいがたい映画をつくれるところに当時の映画界の勢いを感じる。

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