秋日和

劇場公開日:

解説

里見とんの原作を、「浮草」のコンビ野田高梧と小津安二郎が共同で脚色し、小津安二郎が監督した母娘の愛情を描く物語。撮影は「いろはにほへと」の厚田雄春。

1960年製作/128分/日本
配給:松竹
劇場公開日:1960年11月13日

ストーリー

亡友三輪の七回忌、末亡への秋子は相変らず美しかった。娘のアヤ子も美しく育ちすでに婚期を迎えていた。旧友たち、間官、田口、平山はアヤ子にいいお婿さんを探そうと、ついお節介心を起した。が、アヤ子がまだ結婚する気がないというので、話は立ち消えた。秋子は友達の経営する服飾学院の仕事を手伝い、アヤ子は商事会社に勤めて、親子二人郊外のアパートにつつましく暮している。たまの休みに街に出て一緒に過すのが、何よりのたのしみだった。母も娘も、娘の結婚はまだまだ先のことのように思えた。或る日母の使いで間宮を会社に訪ねたアヤ子は、間宮の部下の後藤に紹介された。後藤はアヤ子の会社に勤める杉山と同窓だった。土曜日の午後、間宮は喫茶店で、杉山や後藤と一緒にいるアヤ子を見た。後藤とアヤ子の間に恋愛が生れたもの、と間宮は思った。ゴルフ場で田口や平山に話すとアヤ子は母親への思いやりで結婚出来ない、という結論になった。秋子の再婚ということになった。候補者はやもめの平山だった。息子まで極力賛成されてみると、平山もまんざらではない。秋子を訪ねた田口は、亡夫への追慕の情たちがたい秋子にとっても再婚の話はもち出せない。アヤ子を呼んで説得したところ、アヤ子は母は父の親友と再婚するものと早合点して、母と正面衝突した。アヤ子は親友の百合子に相談した。百合子は田口、平山、間宮を訪ねると、その独断を責め立てたので、三人もいささか降参し、アヤ子は、一時は誤解したものの、母の知らない話だと分ってみれば、和解も早い。これから先、長く一人で暮す母を思って、二人は休暇をとって、思い出の旅に出た。伊香保では三輪の兄の周吉が経営する旅館があった。周吉は秋子の再婚にも、アヤ子の結婚にも賛成だった。その旅の夜、秋子は娘に自分がこれから先も亡き夫とともに生きることを語った。アヤ子と後藤の結婚式は吉日を選んで挙げられた。間宮も、田口も、平山も、ほっとした。ひとりアパートに帰った秋子は、その朝まで、そこにいたアヤ子を思うと、さすがにさびしかった。

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映画レビュー

5.0会話と会話の間と複数人の間合いの取り方が数学的に計算されている

2023年12月15日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD
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マサシ

4.0女性蔑視的会話が少し気になるが、面白かった

2023年5月10日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

岡田茉莉子の演技が良かった。

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あっちゃんのパパと

3.5時代の雰囲気。人生の一コマ・生活の一コマを丁寧に描き出す。

2022年7月31日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

単純

知的

幸せ

小津監督の映画を初めて観ました。原節子さんの映画も初めて観ました。
外国人が好きそうな映画。外国人が描く一つの理想の日本の形があるなと思いました。

バブル狂騒以前の、『サザエさん』の昭和。
 結婚は個人の物でありながら、まだ家と家との結びつきの頃。良家でありながらも、母子家庭だと 不利になることもある(経済的な、社会上の地位的な後ろ盾がないから)、そんな頃に、父の友人たちが、友人の忘れ形見のために、一肌脱ぎますが、話がおかしな方向に。

物語自体は特に目新しいものはない。昭和・TVのゴールデンタイムを飾っていたホームコメディにもありそうな物語。『寺内貫太郎一家』とか『時間ですよ』とか『ありがとう』とか。ちょっとお節介な人々に巻きこまれた人々のドタバタ劇。なんだかんだと言ってハッピーエンドになるのも同じ。どうハッピーエンドになるかは様々だけれど。
 でも、なんか違う。TVドラマが、ちょっとこげたゴロゴロのサトイモの煮っ転がしが器にドン!と大盛りに盛られているイメージなのに、この映画は有田焼等の器に美しく盛られた海老しんじょ、彩りも鮮やかなシシトウ付き。TVドラマが胡坐かいて頂くような感じがするのに対して、小津作品は正座していただくような感じ。といってもかなりリラックスしてお茶を片手に鑑賞できるのだけど。

この当時に大卒という大企業の部長や教授クラスのおじ様方という超エリート・上流階級を扱っているから?
 だけでなく、ウィキペディアによると、部屋の絵とか本物を使って撮影しているとか。そういうこだわりなどに現れる演出が、その雰囲気の違いを醸し出しているのだろう。
 当時、”モダン”の象徴の一つだった団地も、今あえて真似したいセンスの調度類・家電に飾られている。モデルハウスのようなインテリアだけど、モデルハウスにならない、生活感も滲み出る絶妙さ。
 言葉使い、抑揚、間、声の高さ・出し方そのすべてが洗練されている。「ごきげんよう」の世界。個人的には、上流階級の奥様方が「あんた」というのは好きではないけど、あの当時はそれが普通だったのだろう。
 寿司屋の娘がべらんめえ言葉を話すのでさえ、どこか上品、可愛らしい。丸の内に勤める寿司屋の娘となれば、寿司屋の在所は、銀座か築地か、足の踏み入れるのを躊躇する超高級店を想像してしまうが、魚河岸の威勢の良さを出しているのだろう。
 監督は、かなり細かい演技指導をされたとか。だからなのか、時折棒読みに感じるときもあるが、さすがにおじ様中年3人組はそれが鷹揚さにみえる不思議さ。沢村さん他、ご自分のものにして、近くに居そうなご婦人ぶりを見せて下さる方々もいらっしゃる。

 本牧亭はすでに閉館していて、ステーキの店がどこかは知らねど、松坂屋裏のとんかつ店は、小津監督が贔屓にしていたという、蓬莱屋(営業中)であろうとほくそ笑んでしまう。(何気に、上野・御徒町はとんかつ激戦地。老舗有名店が多い)
 学生時代に、湯島・御徒町・上野を散策していたとなれば、おじさま方の通っていた大学は東大か。
 そんな現実に即した土地感覚も嬉しくなってしまう。

 そんな時代の美しきかなを愛でる映画かな。
 でも、雰囲気だけではない。やはり人間や時代の雰囲気をしっかり描いている映画。
 戦争を経て、平凡な毎日が続くのが一番という手ごたえを感じさせてくれる。上流階級と言ったって、手が届きそうなクラス。しかも、高度成長期だから、ゆったりした中にも、右肩上がりの幸せを予感させてくれる。

そんな人物描写が、原さん演じる母に凝縮。

原節子さんは絶世の美女との評判の高い方。
 個人的には正直あまり美人には見えなかった。きゃしゃな司さん・岡田さんと並んでしまうから余計に原さんの大柄が際立つ。年齢的に若いお二人よりふくよかになられるのはしょうがない。ふくよかになったから大柄というのではなくて、意外に口大きいな、手も大きいな(白魚のような指とは例えがたい)、全体的に男性のような骨格をされているな、背も高いし。意外に所作が雑だし。中村玉緒さんの若い頃が文楽人形の娘にそっくりなのと比べて、原さんは日本人離れしている。あえていうなら、マレーネ・デートリッヒ系。三輪明宏さんにも似ている。やっぱり美女か、と思いながら観ていました。そんな方が、日本的な家屋に日本の着物着て収まっているから、縮こまって窮屈に見えるのかと。
 ああ、でもラストの場面。娘を嫁に出して、一人で寝支度する場面、あのほっと一息つく場面の美しさ。役目を果たせた安堵感と、これから一人で生きていかなければならない覚悟と、一人になってしまった気の抜け方と…。(この時代は、まだ娘は嫁に出すもの。気軽に実家に帰れない)空の巣症候群。それでもの、艶。円熟した色気。情感の細やかさをあれだけで表現してしまうその演技力。やっぱり美しい人だなあと感動しました。う~ん、年と美しさって重ねるものなのね。

今、美魔女とか流行っているけど、それらの美魔女と違い、人生を感じさせるひとコマ、日常のああいうひとコマに凝縮される美を丹念に描き出す。

小津監督ってすごいです。

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とみいじょん

5.0カラー版素敵

2022年1月5日
iPhoneアプリから投稿

母娘のダブル結婚式が、ラストシーンかな?
と思いきや。。。。

母の愛の深さ出てました。

東京駅の線路沿い都電の走るシーン

とても嬉しかったです!

昔の道具、テレビ、掃除機、懐かしかった☆彡

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花