◆感想
・今作には複数の人物が登場するが、前半での出色のキャラクターは左卜全演じるお遍路の恰好をした老人である。
身元は良く分からないが、時に”河原の石ころの様に生きて来たから、丸くなった。”などと、仙人のような事を口にしながら、身元が知れない所や、絶妙のタイミングで諍いの場に登場する姿などは、ナカナカである。
・今作では、黒澤明監督の常連で出演時にはほぼ主役の三船敏郎をいるが、大屋の妻を情婦にしていながら、その妹かよを愛人にしようとしている屑男として登場しつつ、弾みで大屋を殺してしまい、アッサリと退場するのである。
つまりは、今作に主役はいないのである。が、それが今作を面白くしているのである。
・作品の雰囲気としては、元パンクロッカー町田康の著作のような負の訳の分からないエネルギーが漲っているのである。
勝手な推測であるが、町田康は今作に可なり影響を受けたのではないかと思うのである。
・まずは、メイン舞台のセットが凄いのである。
私は、邦画の屋内意匠を観れば、その映画の実力が分かると思っているが、今作のどん底に建てられたあばら家や、その内部の意匠は凄いのである。どうやって作ったのであろうか。
・そして、そのあばら家の中で繰り広げられる人間模様の面白さよ。嫉妬、諦観、昔を懐化しつつもそれを威張る虚勢、嘘、自暴自棄、酒に溺れる人間の姿。
今作では、人間の負の業が延々と描かれるのである。
・大家が死んだあと、お遍路の恰好をした老人は姿を消し、残った人達は酒を飲みながら、叩きものを叩きながら、チンドン屋の様に踊り回るのである。
そこに、黒澤組ならではの大雨の中、男が飛び込んできて”役者が死んだ。”と告げるのであるが、中心で踊っていた男はそれを嘆くわけでもなく”折角の踊りをぶち壊しやがって!”と眼をひん剥いて叫んで、画は暗転するのである。
<今作は四方を壁で囲われたどん底のあばら家に住む男女達の姿をワンシチュエーションながら物凄い熱量で描いたパンクな作品である。>