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『ディア・ハンター』が“「個」の狂気”を描いているなら、本作は“アメリカ社会の狂気”ひいては現代にも通じる“資本主義の狂気”を描いている。移民を受け入れて世界の大国となったアメリカにおいて、先に入植した西欧人が東欧からの移民を虐殺するというショッキングな史実をモチーフに描かれる一大叙事詩。富める者が貧しき者を排除する(顧みない)という構図(成功者こそが勝者というアメリカ社会の傲慢さ)は、そのまま現代日本における格差社会へ移行できる。アメリカの恥ずべき歴史を描きつつも、現代社会へ大きくメスを入れたチミノ監督の野心作だ。このように社会派作品としての観方もあるが、ラブストーリーとして観たり、人生の移ろい・虚しさを描いた作品として観るのも良い。
私は主人公の人生の移ろいを切ない想いで観た。冒頭の卒業式のシーンを無駄に長いと評価する声もあるが、私はこのシーンがとても好きだ。躍動感あふれるシーンには青春の息吹、恋のときめき、そしてなにより未来への希望に満ち満ちている。このシーンが美しく幸福であればあるほど、後に起きる悲劇が際立つ。映画史に残る赤字映画など数々の不名誉に輝いている本作だが、ヨーロッパや日本での評価は高い。本作を評価しなかったアメリカだからこそ、ここに描かれる歴史的悲劇が起こったのだ。
ワイオミングの雄大な自然の懐に抱かれながら、何故無意味な虐殺が行われたのか?本作の美しすぎる映像を観るにつけ(咲き誇る花に焦点をあてた馬車のシーンや、血なまぐさい戦闘シーンですら、舞い上がる砂埃の美しさに酔わされる)、人間の愚かさを痛烈に思う。
ラストシーンでは晩年の主人公の穏やかなワンシーンが映されるが、平和で静かな中に漂う喪失感に胸が痛んだ。世の中の全ての人に(富める者も貧しき者も)「天国の門」は開かれているはずだ。しかしそこへ足を踏み入れることのできる人間は少ない。それは自らの人生に真の幸福を見出せた者だけだ。愚かな行為を繰り返す多数の人間は、欲望に目を曇らされ、目の前の門に気づくことができないのだ・・・。