千と千尋の神隠しのレビュー・感想・評価
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新年初映画は名作で。
金ローでやっていたので鑑賞。何度見ても面白い。登場人物全員を好きになってしまう。宮崎駿監督の手腕と美しい背景美術、キャラクターに命を吹き込んでくれた声優陣、この作品に関わったすべての方に感服いたしました。全部大好きです。
愛じゃ、愛
少女の成長の物語
誰しも宮崎駿は天才だと言う。
大人になって、何度か観て改めて天才なんだと認識した。
彼が作り出す、彼だけの世界。
豊かなイマジネーションに、生き生きと動き出すキャラクター。
千と千尋は最初は好きじゃなかった。
甘ったれな子供の千尋。
身勝手な親。
異界に迷い込んだ千尋は親から引き離され、強制的に仕事をさせられることになる。
挨拶すら出来なかった子供が、生きるために自ら考え、行動しだす。
そして、よくよく見ると、千の周りにいる大人たちの優しさよ。さりげなく手助けし、彼女の成長を見守る。
初見では、やや唐突に思えた電車での旅立ちも、
彼女の独り立ちで、来るべくしてきた時だと分かった。
見てるようで、何も見ずに
ただ流されてきた千尋は、
周りに助けられていたことに気付き、
そして、物事の真贋を見抜く。
父母を取り戻した千尋は、異界の出来事を忘れてしまっても、
経験した大切な気持ちはきっと忘れない。
銭婆が、仲間と編んでくれた髪ゴムがきらり✨と光っているから。
キャラと世界観のみ良い
公開当時の初見では、あまり面白かった印象がなかったが久しぶりに見返してみた。結果的にはやっぱりイマイチ。
最近の異世界物アニメと同じでキャラや世界観のみ良くて物語は皆無。出オチって感じでストーリーにキャラが活かせてない。
時々眠気が襲ってきたので見逃してるだけかもしれないが。。。千尋が何故あの世界に紛れ込んだのか不明。お父さんお母さんが感じ悪かったり勝手に御飯食べるとかで無理矢理突入させてる。ハクと千尋との過去の繋がりも、あまりピンとこない。何故、川の神様のハクが魔法を習いたがったのか?銭婆の登場も必要性がよく分からない。千に旅をさせて成長感を出したいのだとは思うが、カオナシもそこで意味なく退場だし、いちいち釈然としない。銭婆は良い人っぽい扱いだがハクが黒い虫に操られてる事を知りながら瀕死まで追い込むのも釈然としない。そもそもあの黒い虫はどういう扱いなのか何故ハクに仕掛けられたのか?最後に豚の中からお父さんお母さんを探すところも、一体なぜ見分けがつくようになったのかも分からない。
名作中の名作
この作品は当時、未だ長女が小さかった時に家族で観に行った作品だ。確か長女は未だ未就学児で年長さんくらいだったと思う。やっぱりそのくらいの子供にはあの両親が二人共豚になってしまうシーン、途中で自らが透明になって消えてしまうシーンや船から次々に降りて来る神々達の怪しいシーンは相当強烈だったらしく劇場で泣いてしまって収拾がつかない事になり私が劇場から連れ出しあやしていた事を思い出す。
まぁ思えば、出だしのスタートから怪かった…。。先ずあのあやしく何処に行くか分からない小道に入って直ぐに達磨の様な石像がありあのトンネルに至っては暗くとてもとてもおどろおどろしかった…。幼い長女には怖くなってしまったのだろう…。。その点のジブリの演出にも感服します。子供が芯から怖しいと思える場面の設定から描き出す迄。だから劇場では確り観ていない。その後のレンタルやTVでの視聴となってしまった。いや、この作品は1年以上のロングラン上映であったので劇場で観たかも知れない(ごめんなさい、なにぶん昔の為そこ迄は思い出せない)。只小学生だった長男は大丈夫であったのでこの頃の数年の差はかなり大きいようである。
やはりこの物語りは千尋と同じく小学校中学年から高学年向きなのであろう…。。彼女彼らの等身大の物語りだ‼︎
その冒険は凄まじく我ら叔父さん世代にはインディージョーンズやグーニーズに匹敵するいや其れ以上のストーリーなのだ‼︎ それはまさしく見事と言う他には無い‼︎
宮崎氏は知合いの子の無気力さを知りこの物語りを造った。しかしそれはどの世代にも共通する悩みであった。SNS全盛の現代の方がより重いかも知れない…。。認証願望がより強くなりそして自己肯定感も強くなった。そんな我々だからこそこの物語りはより一層響くのだ。
今回はTVでの視聴であったがどうしても気になった点が1点あった。最後千尋が様々な難題をクリアし帰る際に母親の腕を来た時のようにしがみ付くシーンがあり母親から余りにも近かった為注意される場面がある。あんなにも成長した姿を見せていた千尋が、、である…。人とは所詮周りの環境次第なのであろうか…⁉︎宮崎氏は所詮未だ未だ子供であると言いたいのであろう……。その子がやがて大人になって行く迄の過程と環境次第でどんな子にも変われると言いたいのであろうか⁉︎
そしてまた千尋の気持ち次第であの髪留めはまた"キラリ"と輝くのであろう……。。。 "幸運の髪留め"として
カオナシ
こどもと大人の二重構造映画
なぜ長年、これだけ多くの人に愛されてきたか謎でしたが、こども向けには千尋の成長物語として、大人には自尊心へのメッセージだったんですね。
現代社会への警鐘を偶像化して宮崎駿が作りだしたポイントを解説します。
舞台…湯女の世界。湯婆婆が支配する搾取へ送り込まれる千尋。千尋ではなく千と名付けられる
湯婆婆…搾取と資本の権化。千尋の名前を奪う。日本社会の使い捨て社会
姿婆…湯婆婆の双子姉妹。自立と選択の象徴。千尋に信頼の証を渡す
ハク…自然破壊された川の象徴。記憶によって具現化。
坊…湯婆婆の支配から脱却し、千尋を元の世界に戻す
カオナシ…欲望の権化。金を人間に与えて、人間の心を支配する
金の石…千尋の前では石と化す。千尋は資本に支配されていないから
千尋…名前がない。名前を取り戻すことで自己同一性と自立を取り戻す物語
電車…内省の旅。自らの決断で進む千尋の目が心強さを増す
こどもには寓話ですが、会社で居場所をなくしていくサラリーマンの働き方を抽象化していると感じました。
会社から与えられる給料に支配されて、名前も奪われる。何十年も会社に属していると、外部評価が低下する。名前を奪われて会社に縋り付く。気づいたときは、どうすることもできない。
痛烈な風刺をあえて素敵な物語にすることで残酷に伝えているので、何十年もあとになって、物語の意図が回収されたり、見る時代によって、意味合いが変わります。
本当にこれはかつて興行収入が歴代1位のものなのか
ジブリアニメ(特にここ最近なら最近ほど)に顕著だが、どうも何がいいのかがわからない。
何かそれらしいメッセージ性を書いてはいるというが、てんでわからない。
ストーリー? 特に何を描きたいのか? 果たしてほかの人も見えているのだろうか?
何か視聴者に対して、自分が書いた素晴らしいものを描いているというが、雰囲気で何かやろうとしていること以外は伝わらない。
ジブリのイラストはいいと言うが、イラストが良ければよいのだろうか?
展開もなぜいきなりこうなったのか?なぜ、ここで主人公は親がいないことや龍がハクなのかがわかったのか?
生きる力?なぜ、そんなことがテーマに出されているのか?
どうにも伝わらない。
それに輪をかけるように、俳優の演技も感情表現より、抑揚のないどこか感情を感じさせないものが、余計にメッセージを伝えにくくしている。
もちろん、その演技は作品のノイズになっている。(それでも風立ちぬのアレよりましだが。)
それを「何かそれらしい」と感じさせる雰囲気やメッセージ性?でごまかしているように見える点もきになってしまう。
この頃はまだましだったのかもしれんが、やはり近年のどこか「独りよがり」ともとれる内容がどうにもこの頃から感じられる。
話の面白さも見ていてもよくわからない。
あとは、カオナシが現代の推し活だとか、オタクだとか言うが、これも後付けなのか何だかという話。
宮崎アニメがどうにも好きになれない原因はこういったところにあるのだろう。
ブランドを作る過程、そのブランドにどこか頼っている姿勢、そしてブランドを頼りにしているかのような見ている人たち。
これが昔から苦手なのだ。
水と日本人の関係が変わった事がわかる。現代人は自身で作ったお金を崇(あが)め欲望を肥大化させ水などの自然を貪(むさぼ)り神とすり替わろうとさえする。自然は人類の為にあるわけではない。と思った。(長文)
本作は絵も綺麗で中身もありメッセージも豊富で超お勧めです。作品テーマは「人にとって大切なものは家族や神や自然だ。だが現代ではいつのまにか大切なものがお金へとすり替わった。多くの人はそれらに気付いていない」です。主人公千尋の豊かな表情が素晴らしい。悪いところもいくつかあります。
あらすじ:
現代の日本、10歳の少女の千尋(ちひろ)は両親と車に乗り、引っ越し先の自然あふれる郊外のニュータウンの新しい我が家へ向かっている。千尋は小学校を転校するので以前の級友からもらったばかりのお別れの花束とメッセージカードを大事そうに持っている。級友とのお別れが悲しく千尋の表情は冴えない。父は道を間違え山道に入っていく。山奥で不思議な遺跡を発見した一家3人は車を降り興味本位で遺跡の建物のトンネルをくぐる。トンネルの向こうで一家は不思議な町に迷い込む。しばらくすると地形が変わり千尋は戻れなくなる。さらに両親は呪いをうけ豚になってしまった。両親を助け全員で元の世界に戻るべく千尋は不思議な世界で必死に生きようとする。
採点理由:
この作品の絵はアニメにとどまらずゲームなどの後世のクリエイターたちに非常に影響を与えたと思う。本作の不思議なファンタジー世界は臨場感のある絵で視聴者をまるで不思議な世界に入り込んだような体験を与えてくれる。私はゲームが大好きだが何度ゲーム内の3D空間で千と千尋の神隠しのような場面を見たか知れない。それほど本アニメがゲーム制作者に与えた影響は大きいと思うのである。もちろん普通の人が見ても非常にお勧めできる。
良いところ:
この作品の良いところは主人公の千尋の表情の豊かなこと。劇中で千尋は憂鬱になったり、不安になったり、びっくりしたり、息を止めたり、必死に仕事をしたり、掃除をしたりする。その表情が観ていて非常に良い。子供らしい表情だった千尋が物語の終盤で成長し表情が大人以上に大人らしくなっていく。困難にしっかり眼を合わせ問題を見据え冷静に世界を見る千尋の表情はこの映画最大の見どころである。
悪いところ:
この作品の悪いところは怖い描写とエロティックな描写が少し過剰なこと。昔の伝承や昔話は怖い話が多いので本作もそれに倣(なら)っていると思われるが怖いしグロテスクである。だが恐怖がないと子供の記憶に残りにくいので少々怖い方がいいのかもしれない。あと着物の女性が肌が露出したりエロティックな描写が多い。描き方がいやらしいおじさん目線になっていると思った。
視聴方法:
機器:液晶テレビ(無料地上波) 日時:2026年1月2日 人数:ひとりで観た
最初私はこの物語は日本人と水の物語であると思いました。物語は海や川や温泉など水に関係したエピソードが多いです。劇中に登場するカエルや竜は水に関わりの深い生物です。ナメクジは雨を連想しやはり水に関係する生き物です。主人公の名前の「千尋」という字は非常に長い、深いという意味をもつので川や海を連想します。川で溺れたエピソードからも主人公と水の関係は深いと思いました。かつての日本は農業国で日本中に水田が広がり日本人と水の関係は今とは比べ物にならないくらい深かったと思います。日本が工業国になると工業用水として水がおおいに利用され河川や水田などは姿を変え日本人と水の関係は変化しました。川や海を連想させる名前を持っている主人公の千尋が名前を奪われるのは日本の歴史的事情の比喩だったと思いました。しかし関係が少し変化したとしても水の重要性は変化せず、水はこれからも日本人にとって神とも呼べる存在であり続けると思います。世界的に日本が水という神に恵まれている国であるという事実を知らない人は多いと思います。私はこの作品から水(神)に恵まれた日本という国のすばらしさに気付いて欲しいという作者の願いを感じました。日本は神に恵まれた国なので主人公がラストでそうなったように私も神への感謝の気持ちを忘れることなく生きていこうと思いました。
追記1:
冒頭とラストのシーンにはこの物語が視聴者に一番伝えたいことが凝縮され表現されています。冒頭のシーンは現代文明の象徴である自動車が大自然の象徴である森の中を進みます。森の中には自然と一体化した人工物の神の像や謎の廃墟が存在しています。現代日本人は大自然の中に文明を築き暮らしているが大自然の神の存在を忘れかけている。冒頭では主人公の千尋は森を恐れてすぐに帰ろうと言い出す人物でしたがラストではしめ縄の様な髪留めを授かりその表情は自然の神への感謝の気持ちがあらわれているようでした。
追記2:(1月2日)
劇中でハクが言う「まだ分かりませんか。大切なものがすり替わったのに。」というセリフが印象的だった。かつて日本人が大切なものは自分たちを生かしてくれている神と大自然であったがいつのまにか大切なものがお金にすり替わってしまったと言っているようだった。クライマックスの両親を言い当てるクイズでは湯婆婆の時と違い千尋は大切なものがすり替わっている事を分かっており両親や家族という大切なものが豚たちや湯屋の中にはいないことを言い当てた。現代社会では家族の大切さに気が付きにくい。文明が進み生活が楽になったためであろう。現代ではお金があれば何でもできてしまうように思えるが実は家族がいちばん大切であることをこの物語は言っていると思う。
追記3:
ほかに印象的なシーンは海の中を電車が進むシーンである。あの海はかつての日本に広がっていた水田の風景に似ていると思った。千尋とカオナシと坊と鳥が電車に乗りかつての日本を電車から眺めるこのシーンは、電車が時の流れを表現しており、視聴者にかつての日本を見せているようであった。そう考えると主人公たちの向かう場所は現代である。じっさい銭婆婆の家は湯屋とは違い完全な西洋風である。現代の日本は西洋化しており大切にするものが「湯(水)から銭(お金)」になって時代が変わったということである。
追記4:
カオナシは劇中で数多く登場する黒く透けている幽霊のひとりだが彼だけがお面をつけている。黒く透けている幽霊はあの世界での人間の姿だと思われる。カオナシは人間の代表であり欲が深く、寂しがりやで優しさに飢えている。カオナシは現代人を表現しておりだから現代である銭婆婆のところへ行ったと考えられる。カオナシは欲望を全開にした現代人である。カオナシを主人公として映画を観てもよい。ナウシカのアスベル、ラピュタのパズー少年、などにあたるのがこのカオナシである。物語ではカオナシはヒロインの千尋と出会い、千尋を助け、千尋を追いかけ、千尋といっしょに銭婆婆の家に到着する。カオナシの行動は他作品の男主人公の行動と似ている。(メインの男主人公はハクである)
豚にされた両親とカオナシは大自然の資源を貪り肥大化していく現代の大衆の表現だと思う。現代人は資本主義によって欲望のたがを外され大自然の天然資源を浪費し大量生産、大量消費している。そしてほんとうに大事なものを見失っている。
神になりすますためにお面をつけるカオナシは神にすり替わろうとしている現代人を表現していると思う。現代人はお金を作りお金を崇め自ら人々の神になろうとし大自然の資源を浪費し神の秩序を破壊する。
追記5:
この作品を観て名前の大切さに気付かされた。本名の名前は主に両親からつけてもらうものであり、それは家族や先祖のつながりを表すとても大切なものであると思った。劇中で言われる「大切なものがすり替わる」というのは名前のことでもある。家族から受け継いだ大切な「千尋」という本当の名前が「千」という名前にすり替わってしまって主人公は両親を見失い自分さえも見失ってしまいそうになるがハクたちの助けもあり本当の名前を思い出し家族の大切さに気が付きハッピーエンドとなる。本名の名前はその人だけではなく先祖や家族のつながりをも表現しており大切なものなのである。私はこの作品を観て自分の名前を誇りに思うとともに日本人として人類の一員として気持ちを新たに人生を送れそうな気がした。
追記6:
主人公の千尋は引っ越しすることになり小学校を転校せねばならなくなった。私も幼少時に引っ越し同時に新たな学校に進学した経験があるがとてもきつかった。この引っ越しと転校(進学)が同時にくると非常に精神的にきつい。引っ越すと子供にとって精神的安定に必要不可欠な安心できる家という要素が脅かされる。そして学業に支障が出る。孟母三遷の教えというが間違っていると思う。小中学生で引っ越すのはできるだけやめたほうがよいと思う。千尋は級友からお別れの花とカードをもらい心の支えとしたが当時の私にはそんなものはなかった。趣味のテレビゲームと歴史小説を心の支えにしたのだった。千尋は自分の名前が書かれた級友のカードのおかげで忘れかけていた千尋の名前を思い出した。大切なものは友人のおもいやりであると思った。私も学生時代の友人もいるにはいたが形にすることはなかった。千尋は良い友人をもったと思う。
追記7:
神隠しとは子供などが突然失踪することである。人が行方不明になるのを経験するのはとても不思議な感覚である。私も家族が一時的にいなくなり結局警察と消防にすぐに見つけてもらったのだが、人がいなくなるのはほんの一瞬であっという間である。自分で必死に探すが息が切れアタマが冷静でなくなり時間が過ぎるにしたがってどんどんと不安になってくる。真っ暗な夜になっても見つからず打つ手がなくなると神に祈るしかなくなるので神隠しと呼ばれるようになったのであろう。
追記8:
人の名前は尊敬をもって扱わなければならないものなのに品性のないマスコミやSNSは犯罪を犯した者の名前を敬意もなく漠然と世間に公表する。名前を貶(おとし)める行為は自分たちの名前をも汚(けが)すものだ。人の名前とは先祖や家族やコミュニティや日本人全体や世界全体の人類の過去現在未来のつながりを表現しているものなので貶めるものではないのである。そういう行為が今後も横行するようならば千尋が千になったように人々は偽名を使うようになるので人類は大切なものを見失ってしまうだろう。
追記9:
「千」と「千尋」というふたつの存在は過去の日本と現代の日本をそれぞれ表現していると思う。過去の日本は水田の広がる農業国で人々は神と自然を大事にしていた。現代の日本では水田は減り住宅やビルや大中小工場が林立し自動車が道路にあふれている。現代の日本は加工貿易で栄えるハイブリッド農工業国である。工業のほうは最近はライバル国に押されている。そして現代の日本の人々はお金を大事にするようになった。
追記10:
「千」と「千尋」というふたつの存在は現代人が大切にするが「本物とすり替わっている偽物」と「本物の大切なもの」をも表現している。すり替わっている偽物とは紙切れや電気信号のお金であり、本物の大切なものは日本の豊かな自然や神や住む人々である。ほんとうの大切なものはお金ではない。お金は無限に複製できるデジタルデータである。インターネット技術が進む現代ではデジタルデータが神のように崇(あが)められている。神は物理空間に実体が存在しないがデジタルデータもまた実体が存在しない。人類は実体の存在しないものを崇めるのが好きなのだと思う。
追記11:
少女が神隠しに遭う物語といえば児童小説「不思議の国のアリス」(1865年)である。イギリスのルイス・キャロル(本名:チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)が自分の知人の少女のために作った話がもととなっているらしい。物語には言葉遊びや当時の流行や古い伝承などのパロディが多く入っている。宮崎駿監督の作品も不思議の国のアリスの影響を受けていると思う。宮崎駿作品は過去の他人の作品や現在の時勢などのいろいろなパロディの集合体を面白くまとめて丁寧にアニメ作品にするところがすごいと思う。巨人の肩の上に立つということわざがあるように科学論文のように論理的で緻密に過去の人類の遺産のパロディを積極的に利用していく監督の姿勢がこの素晴らしい作品を生んだと思う。
邦画史の中でアニメーションのナンバーワン❗️
映画館で観た時がもう四半世紀前なんですね。25年前かあ,宮崎駿作品の中でもその力量を見せつけた作品だと評価します。もう何回見ても面白いです。今回も千尋がハクと空を飛んでる時ハクの名前を思い出すところで感涙しました。
こんな映画はなかなか作れないですね。
人が成長し、真っ直ぐな目で生きて行く為の物語
初見で面白かったのですが、、、
寓話ではないので必ずしも映画に強いメッセージ性は必要ない
久々の鑑賞
この年になってみると20数年前に初めて観た時と明らかに印象が違う
何故だろう
2001年公開作品
アニメ作品としては初めて日本アカデミー最優秀作品賞を受賞
ベルリン国際映画祭に出品され最優秀賞である金獅子賞を受賞
2002年にはアメリカでも公開
本場アメリカのアカデミー長編アニメ映画賞を2003年に受賞
海外でも高く評価された
2022年には主演に橋本環奈と上白石萌音ダブルキャストで舞台化
監督と脚本は『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『紅の豚』『もののけ姫』の宮﨑駿
粗筋
荻野家の親子三人は引っ越しで車で移動中に道を間違え未舗装の道に迷い込む
4WDを良いことにそのまま突き抜けて主要道路に合流するつもりだったが目の前には奇妙な形のトンネルがあり車が入れる状態ではなかった
荻野家の娘の制止するのも聞かず両親はトンネルの向こうに歩いていく
渋々着いていく千尋であったがトンネルの向こうは無人の不思議な町があった
テーマパークかなにかと誤解した千尋の父
あとでカネを払えば良いと飲食店らしき店舗で盛られている食べ物を勝手に食べ始める両親は豚になった
その町は八百万の神が住む町で人が入ってはいけない場所であった
この町では誰もが仕事をしないといけない掟があるためなんやかんやで八百万の神々が客として集う「油屋」という名の湯屋で働くことに
油屋の主人は相手の名を奪って支配する恐ろしい魔女の湯婆婆
両親を豚にした張本人だった
湯婆婆に千と名付けられた千尋はなんとかして両親を人間に戻し元の世界に帰るため懸命に働く
油屋で働く男たちの多くは元々蛙
油屋で働く女たちの多くは元々蛞蝓
という設定
油屋の建物のモデルは群馬県中之条町の四万温泉「積善館」でボイラー室は東京都小金井市にある江戸東京たてもの園の武居三省堂の店内らしい
町並みは台湾の観光地九份で油屋のモデルの一つに阿妹茶樓もあげらている
朴璐美と勘違いしていたが千尋の声当てをしたのは柊瑠美
年齢も声質も全く違うのに
朴璐美は舞台の方に顔出しで出演している
かなりの昔からだけど声当ての仕事のみに拘る「声優」は少数派である
仕事を一つだけに絞るのも良いがそれにはリスクもある
湯婆婆をはじめとした油屋に登場するさまざまなキャラクターたちが良い
映像も良い
千尋の奮闘ぶり
ハクの存在
高く評価されるわけだ
出だしも締めも良い
木村弓が歌うエンディングテーマの『いつも何度も』は秀逸で自分的にはジブリアニメの曲では五本指に入る出来栄え
世界観にブリューゲルと楳図かずおをあげたレビュアーがいたが「成程そういう見方もあるな」と感心した
久々にブリューゲルの絵を観た
レビュアーに何人かいたが映画にそんなに強いメッセージ性は必要だろうか
必要だとは思わない
寓話じゃないんだから
全ての物語には教訓が必要なのか
日本の間違った国語教育の優等生であり被害者でもある
村上春樹にもアンチが存在するがおそらく彼の作品には強いメッセージ性が無いからだろう
村上春樹もその点は少し気にしていたが彼の作品で故郷の母を思い出したり人間の道徳心を掻き立てるものは殆どない
とはいえメッセージ性が弱いと感じると駄作認定するのは随分と乱暴な人たちだなと感じる
そもそも全て映画にメッセージ性があるとしたらいちいち他の人に聞いて共感するものでなくたった一人で自由に感じ取るものではないか
僕は忖度できる人間では無いので全てにおいてはっきり物事を言ってしまい人を傷つけ損ばかりしているがこれは死ぬまで治ることはないと諦めている
AIみたいな理系には強くも文系となると優等生ぶった頓珍漢に気に入られようとは思わない
声の配役
湯屋で下働きを始める荻野家の一人娘で小学生の荻野千尋(千)に柊瑠美
千尋が幼い頃に靴を拾うために落ちたコハク川で龍の化身で湯婆婆の一番の家来に甘んじている少年の姿の神のハク (ニギハヤミコハクヌシ)に入野自由
千尋の父親の荻野明夫に内藤剛志
千尋の母親の荻野悠子に沢口靖子
湯屋「油屋」の経営者で老魔女の湯婆婆(ゆばーば)に夏木マリ
湯婆婆の双子の姉で妹とは離れて暮らす魔女の銭婆(ぜにーば)に夏木マリ
湯婆婆の息子で大きな赤ん坊の坊に神木隆之介
湯婆婆に仕える三体いる緑色の頭だけの怪物でピョンピョン飛び跳ねて移動する妖怪釣瓶落としのような様相の頭(かしら)に佐藤重幸(現・戸次重幸)
油屋の地下のボイラー室を取り仕切るボイラー技士兼漢方医を務める黒眼鏡をかけた老人でクモのような姿をしている釜爺に菅原文太
油屋で下働きをしている中学生くらいの年齢の少女で言葉遣いは少々荒い千の姉貴分のリンに玉井夕海
油屋の中間管理職でハク以外では最も地位が高い父役に上條恒彦
父役より一つ下の中間管理職の兄役に小野武彦
番台に座り様々な薬湯の札を他の従業員に渡す役割を担っている番台蛙に大泉洋
油屋では唯一蛙の姿で青い着物を着ている従業員の青蛙に我修院達也
黒い影のような体にお面をつけたような姿をし殆ど喋れないため他人を飲み込みコミュニケーションをする油屋の客のカオナシに中村彰男
真っ白く太った体型に赤フンで両頬は大根のように垂れ下がっている大根の神様で油屋の客のおしら様に安田顕
ドロドロした悪臭を放ち這って移動する厄介な客だが本来の姿は河の神のオクサレ様にはやし・こば
千尋の成長物語
ネタバレ
映画館鑑賞の帰り道、父と母が豚になったらどうしようと泣きそうになった思い出。
丁度同い年くらいだったのでリアリティあって、おそろしかったなー。
10年くらい経ったけど、千みたいな行動できないと思う。
13.8.22
独特な世界観
両親と共に新しい家へ引っ越す途中の10歳の少女、千尋。しかし、彼女はこれから始まる新生活に対する不安を強く抱いていた。道中、千尋たちの車はいつの間にか奇妙な町に迷い込み、その異様な雰囲気に魅了された両親は、さらに奥深くへと足を進めていく。しかし、彼らは町のルールを破ってしまい、豚に変えられてしまうのだった。千尋は両親を救い出すため、不思議な町で奮闘することになる。宮崎駿監督が、前作「もののけ姫」とは対照的に現代日本を舞台とし、少女の成長や友情を描いた、自分探しの冒険ファンタジー。
湯婆婆や油屋の世界では、しっかりとしたリーダーシップが求められます。千尋自身も、初めは無力だったものの、徐々に自らのリーダーシップを発揮し、周囲を巻き込みながら行動するようになります。ビジネスでも、リーダーシップが組織を成功に導く要素であり、困難な状況でこそリーダーとしての役割が重要です。
『千と千尋の神隠し』は、ビジュアル、音楽、テーマ、キャラクター、そして物語の深さという多方面で秀でた作品です。ファンタジーが好きな方も、成長物語に感動を覚える方も、現実的なテーマに興味がある方も楽しめる、幅広い魅力のあるおすすめの作品です。
最初は訳わからず憤慨するも、ナウシカ漫画版を熟読することで宮崎言語を理解し、千と千尋も受容できるように
ストーリーに関してはタイトルに書いてあることが全てだが、初見時は全然理解できず「何でこれが大ヒットなんだ!!」と怒りまくったものだ。
しかし、これも不満に感じていた映画版ナウシカの漫画完全版を読破しショックを受け、何度か読み直し「宮崎言語」を深く理解した後に、千と千尋を見直し「そういうことだったのか・・・」と納得出来た次第。
とはいえ、説明不足と感ずる場面も少なくなく、カオナシの起源、ゆばあば双子姉妹の仲たがい経緯、はくがどうやって湯婆ば姉からハンコを盗んだか、など盛り込まれていれば、初見時でもある程度納得できたかもと思わないわけではない。
だから3時間、少なくとも2時間半あれば必要な要素は全て詰め込むことができたんじゃないかと悔やまれる。
そんなネガ点があってもなおこの作品を何度も見たくなるのは、好きな場面が多く散りばめられているから。
まず、古いトンネルの建物を抜けた後に広がる丘と草原と空の「スコーンと抜けた広がり」の感覚。
その丘と草原がなぜか妖怪(神々)が渡ってくる海原となる場面など、ハートをわしづかみにさせられる「絵」が満ちている。
それだけで充足感が得られるのだから大した映像作品だと認めないわけにはいかない。
全219件中、1~20件目を表示







