劇場公開日 2001年7月20日

千と千尋の神隠し : 映画評論・批評

2001年7月16日更新

2001年7月20日より日比谷スカラ座ほか全国東宝洋画系にてロードショー

「宮崎駿という神様」が強いてくる、スリリングな体験

c2001 二馬力・TGNDDTM
c2001 二馬力・TGNDDTM

「不思議の町」に迷い込んだ十歳の女の子(千尋)が、両親を豚にされ、名前を奪われ、風呂屋の下女として働くことになり、しかし、そんな無理難題な境遇の中で、自らの「生きる力」を呼び覚まされていく……という筋立て。なぜ両親は豚で、千尋は風呂屋で働くのか? 説明もないし、そもそもこの疑問自体に意味があるのかもわかりません。

一般人には到底理解不能なこの物語は、宮崎駿という「神様」の存在を唯一の説得力とする、極めてアナーキーな映画です。もちろん、われわれ日本国民は、ほぼ全員が過去の宮崎アニメを見ていますから、子供さんは「トトロのまっくろくろすけが出てる」とか、オタクさんは「今度の飛行シーンはイマイチ」とか、OLさんは「千尋 もキキみたいに<働くこと>を通して、社会に居場所を見つけるね」 なんて思ったりするかもしれませんし、もしかするとインテリ爺さんは「風呂屋トイフ空間ハ、<森>同様、<湯>ニヨル生命ノ再生ノ装置ナノダ」とか、納得しちゃうかもしれません。

映画のアナーキーさを国民が各自各様に着地させていくという作業を強いてくるという意味では、次第にシュールさを帯びてきた宮崎アニメ。単にひとつの映画の出来を超えて、この夏休み、スリリングな体験を観客に迫ってくるでしょう。

日下部行洋

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