ギャング・オブ・ニューヨーク : 特集
スコセッシ念願の映画化作「ギャング・オブ・ニューヨーク」。監督、スタッフともに入魂企画のせいか、この作品を巡る発言が大量に出回る今日この頃、おもしろそうなとろをピックアップしてみた。スコセッシ監督と、主演のレオナルド・ディカプリオ、キャメロン・ディアス。今後の新作への先取り発言も要チェック。そして今回は、「ギャング・オブ・ニューヨーク」の、eiga.comでしか手に入らない壁紙プレゼントも用意したので、お楽しみあれ。
パート1:マーティン・スコセッシ
編集部
「タクシー・ドライバー」(76)、「レイジング・ブル」(80)など数々の名作を残してきたマーティン・スコセッシ監督。ニューヨーク出身、ニューヨーク大で映画を学んだ彼は、これまでもニューヨークを舞台にした作品が多い。「ギャング・オブ・ニューヨーク」は、その彼が1860年代、ニューヨークの勃興期を描くもの。
「マンハッタンのリトル・イタリーで育った子供の頃、近所に1809年に建てられたセント・パトリック・カテドラルという建物があったんだが、この名前はイタリアぽくない。じゃあ、僕たちの前にはどんな人たちがいたんだろう? そうして移民時代に興味を持つようになっていった。子供時代は、祖父母も同居していたんだが、彼らはシシリア人だった。両親はイタリア系アメリカ人。僕も自分をイタリア系アメリカ人だと考えている。僕の子どもたちはアメリカ人なんだろうと思うが」
監督がこの映画の原作と出会ったのは70年代。映画化が実現するのにこんなに時間がかかったのは、莫大な製作費もせいもある。
「映画化できるとは信じてなかった」
「最初の見積もりは9千万ドル(約110億円)だったんだが、それが1億500万だか1億800万だかになってしまった」
「この映画の監督料のほとんどを製作費に回した。こんなことは、これまでやったことがない」
「タイタニック」が大ヒットしたレオナルド・ディカプリオをキャスティングしたのは、しかし製作費集めのためではない。
「(ロバート・)デ・ニーロが『ボーイズ・ライフ』(91)でレオと共演した頃、彼の話を聞いたんだ。デ・ニーロが自発的に他の俳優の話をすることは滅多にない。だから、彼がそうしたら、それはもうその俳優の才能は確約されたようなものなんだ。その後に『タイタニック』(97)があった。そのことが資金集めには貢献してくれたかもしれないけど、そのためにオファーしたんじゃない。僕は『ボーイズ・ライフ』『ギルバート・グレイプ』『太陽と月に背いて』のころから、彼の演技はいいと思ってたんだ」
すでにディカプリオとはハワード・ヒューズ監督の伝記映画「アビエイター」の企画が進行中。最近の心境をめぐる発言はこうだ。
「どの作品も自分との闘いだ。でも文句は言わない。他の人が企画した映画を作るのは、僕にはむずかしいんだ。観客が望む映画を作れれば、仕事を続けていくことができると思う、それが僕にできるかどうか分からないが。夏休みの超大作だって? そういう映画には興味がないな。どこから始めたらいいかも分からない」
「私生活では結婚して子供が生まれてメロウになった。93年と97年に両親が亡くなって、今や自分の問題は自分だけの問題になったよ」