ケナは韓国が嫌いで : 映画評論・批評
2025年3月11日更新
2025年3月7日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー
「グエムル」の天才子役が成長し、韓国社会の若者のリアルを等身大で好演
世界を席巻してる昨今の映画やドラマの中でも時おり描かれているが、現代の韓国の若者たちを取り巻く現実がこんなにも生きづらい社会なのかと、改めて驚きを覚える。「ケナは韓国が嫌いで」とはなんとも挑発的で、インパクトのあるタイトルだ。
生まれ育った韓国で生きづらさを抱える女性が、新たな人生を模索する姿を描いた本作は、韓国の小説家チャン・ガンミョンが2015年に発表した同名小説を原作に、“第2のホン・サンス”や“韓国の是枝裕和”と称される、「ひと夏のファンタジア」(2014)のチャン・ゴンジェが監督・脚本を手がけ映画化したヒューマンドラマである。

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20代後半の主人公ケナは、大手企業の正社員で、結婚相手としても申し分のない恋人がおり、生きづらさなどを感じなくてもいいように見える。しかし、ソウル郊外の小さな団地で労働者階級の家族と暮らし、通勤に片道2時間もかかり、何のためにしているのかわからないくらい仕事は単調。学生時代から7年交際している恋人の実家が裕福であるがゆえに軋轢が生じ、とにかく韓国の“寒さ”にもうんざりしていたのだ。
家に余裕がなかったために塾に通えず、それでも一流ではないが大学に進学して、給料も悪くはない会社に就職でき、家族からは引越しの資金援助を期待されるケナ。だが、受験戦争から続く競争社会に適合できず、自分はどんなに頑張っても韓国では幸せになれないという思いが鬱積。そして遂に、仕事と家族、恋人、故郷を手放して、単身で暖かい国ニュージーランドへと移り住んでしまう。
ケナに夢や目標があるわけではないが、ここ(韓国)では生きていられないといういら立ちはスクリーンからひしひしと伝わってくる。そんな人生に葛藤する女性を等身大で演じているのがコ・アソンだ。ポン・ジュノ監督の傑作「グエムル 漢江の怪物」(2006)でソン・ガンホ演じる主人公の中学生の娘役を演じた天才子役である。怪物に連れ去られたあの彼女が成長して、現代に生きていると仮定して見ると、また違った趣も加味される。
自国の社会や家族で受け継がれてきた慣習や古い価値観に従い、競争社会を勝ち抜いて幸せを掴んでいく生き方もあるだろう。でも、ケナはそんな枠にはめられたり、敷かれたレールの上を生きていくことを良しとしない。故に彼女の行動は“逃げた”ようには見えないのだ。抜け出して得た“自由”にはそれなりの代償も払わされるが、観客はコ・アソン演じるケナの目を通し、異国の地で生きてみることで、本当の居場所はどこなのか、自分とは何者で、人生における幸せとは何なのかという問いを突きつけられ、道を切り開いていこうとする姿を追体験していくことになる。
諸事情で一旦帰国したケナがラストに下す決断には、共感する人としない人に分かれるかもしれない。だが、韓国に限らず、将来や生きることに不安や悩みを抱える人、特に若い世代には、一度きりの人生なのだから、思い切って一歩踏み出してみては、という勇気と希望を与えることだろう。
(和田隆)