満ち足りた家族 : 映画評論・批評
2025年1月21日更新
2025年1月17日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
防犯カメラと室内カメラが映し出す“満ち足りてない家族”の隠された真実
「満ち足りた家族」が決して満ち足りてないことは、すでに公開されている男女2組の絵に描いたような食事風景を映したキービジュアルを見れば容易に想像はつく。主人公は性格も価値観も異なる兄弟とその家族だ。弁護士の兄、ジェワン(ソル・ギョング)は正義より利益を優先するタイプで、自分の美貌に執着する2人目の年下妻と豪華マンションで暮らしている。一方、弟の小児科医、ジェギュ(チャン・ドンゴン)は道徳を重んじ、人命優先で周囲からの人望も厚く、年上の妻と年老いた母親の介護を引き受けている。
2つの家族は週に一度ミシュランの星を持つ高級レストランで会食するのがルーティンなのだが、まさに夫婦4人が食事をしていたその夜に、ジェワンの娘とジェギュの息子が路上生活者に暴力を振るう様子が防犯カメラによって拡散され、ジェワンはいつものやり方として事件を揉み消しにかかり、同じくジェギュは息子に自首を進める。しかし、物事はそれほどシンプルではない。我が子に火の粉が降りかかった時、ジェワンの中で長く封印してきた正義の扉が開き、ジェギュは自らの理想主義が息子の自由を奪い、心を蝕んでいたことに間際まで気づかない。やがて、兄弟の価値観と言動は完全に逆転する。
実利でも、理想でも立ち行かない韓国社会の捩れまくった現実がここにはある。このメインプロットの周辺には、拝金主義、階級社会、学歴社会、そして、美への執着と、主に韓国ならではの複雑なテーマが散りばめられている。「母なる証明」(2009)も手がけた脚本家のパク・ウンギョと共同脚本のパク・ジュンソクは、過去に3度映画化されているオランダの作家、ヘルマン・コッホの原作「The Dinner」(2009年に発刊)を巧みにアレンジし、原作が夕食の食前酒から食後酒までで構成さされているのに対して、時間軸も場所も大胆に移動させてハラハラするようなサスペンス映画として再構築している。韓国社会独特の風景がオリジナリティを生んでいることは言うまでもない。
鍵になるのは防犯カメラともう一つ、ジェワンが留守中の自宅にセットしてきた室内カメラが映し出す衝撃の映像だ。それは、親たちが抱え込む矛盾が子供たちにどんな悪影響を及ぼすかという、負の連鎖を物語る証拠の品でもある。筆者はそれを観て、すぐにミヒャエル・ハネケの傑作「隠された記憶」(2007)を連想した。しかし、劇中に散りばめられた演出ミスを装った映像の秘密が、最後には完璧に回収されるハネケ作品の冷たい完璧さはここにはなく、むしろ、人間に対する絶望と救済への願い、そして熱情が漂うところに、韓国映画の、また、ホ・ジノ監督の個性を感じたのだった。
(清藤秀人)