劇場公開日 2025年2月21日

ゆきてかへらぬ : インタビュー

2025年2月19日更新

“新しい顔”を見せる広瀬すずの進化、根岸吉太郎監督と語る「ゆきてかへらぬ」撮影秘話

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広瀬すず主演で、根岸吉太郎監督が「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」から16年ぶりにメガホンをとり、「ツィゴイネルワイゼン」の田中陽造の脚本を映画化。大正時代~昭和初期を舞台に、実在した女優・長谷川泰子と詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄という男女3人の愛と青春を描いた「ゆきてかへらぬ」が公開となる。

才能あふれるふたりの男との恋愛に翻弄されながらも、自身の夢と格闘しつづけ、自我を貫いた泰子。心のままに生きる悪女的な面と愛に純粋にぶつかる繊細な顔を持つ複雑さが魅力の女性だ。数多くの出演作の名演のなかでも、今作では新境地とも言えるキャラクター像を全身で体現した広瀬と、泰子役に広瀬を熱望した根岸監督が、映画.comのインタビューに応じた。(取材・文/編集部)

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<あらすじ>
 大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子は、17歳の学生・中原中也(木戸大聖)と出会う。どこか虚勢を張るふたりは互いにひかれあい、一緒に暮らしはじめる。やがて東京に引越したふたりの家を、小林秀雄(岡田将生)が訪れる。小林は詩人としての中也の才能を誰よりも認めており、中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていた。中也と小林の仲むつまじい様子を目の当たりにした泰子は、才気あふれる創作者たる彼らに置いてけぼりにされたような寂しさを感じる。やがて小林も泰子の魅力と女優としての才能に気づき、後戻りできない複雑で歪な三角関係が始まる。

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――まずは広瀬さん、今作のオファーを受け脚本を読んでの感想をお聞かせください。

広瀬:この映画のお話をいただいのが4、5年前で、私は21か22歳くらい。物語が始まる時の泰子が20歳だったので、その年齢ならではの危うさみたいなもの、色っぽさと人間臭さを感じられたのが面白かったです。田中(陽造)さんが脚本を書かれた時代と、今の感覚とどこかギャップはあって、当時の言葉の言い回しなどは、今の私たちが演じてどう伝わるのかな? 大丈夫かな? とは思いましたが、ある意味、それもひとつの挑戦として演じてみたいなと思いました。

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――泰子は才能あるふたりの男性に触発され、そして愛に翻弄されながらも自分の夢や目標に向かう女性でした。同じ女優として広瀬さんが共感する部分はありましたか。

広瀬:今まで私が演じてきた現代の作品、特に10代の頃は、部活の話やラブストーリーや家族の話が多かったです。でも、私は仕事を始めたのが早かったので、学生らしい青春や恋愛みたいなものはほとんどできない環境でしたし、家族と過ごすよりも東京で1人でいる時間も多かったので、普通の10代が過ごしているであろう時間を過ごせなくて。それが蓄積されて、経験していないから普通の人の役のことがよくわからないな……そう感じていました。泰子は男性や人から刺激を受けて、自分の感性が豊かになって広がっていくのが、すごく羨ましいし、かっこいいなって思いましたね。

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――根岸監督にうかがいます。広瀬さんに泰子役をオファーした経緯を教えてください。

根岸:これは実際の話であり、本当に若い3人の物語なんです。ですから、そこに近い年齢でいろんなことを考え出したいなと思っていました。そして、3人の関係とは言いながら、主人公は泰子。それを誰がやってくれるのか――当時の業界を見回して、是非ともすずさんに頼みたいと思いましたし、実際にそこがスタートです。本当にこの映画はキャスティングが全てで、最初にすずさんに出演のお願いをしました。

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――その監督のお考え通り、泰子を演じるのは広瀬さんでなくてはこの映画は成り立たないと言っても過言ではないですね。

根岸:すずさんはいろんな役に挑戦してらっしゃいますが、彼女が持っている秘めたものが必ずこの役で出てくるはずだという確信がありました。実際に体現してくれたと思います。

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――泰子を広瀬さんに演じてほしい、根岸監督がそう思われた頃に印象的だった広瀬さんの出演作は何だったのでしょうか?

根岸:僕は「海街diary」の原作漫画の愛読者で、映画になったらどう撮られるのかな? と期待していました。いろんなことはさておき、すずさんがサッカーをする姿がすごくて、なんだなんだこの子は! と目が離せなくなって。その時以来、どういう風に彼女は育っていくのかな、と注目していました。だからきっかけは演技じゃなくて、サッカーなんです(笑)。

広瀬:「海街diary」(是枝裕和監督)では、台本をもらわずに現場に行っていて、何が大事なシーンなのかもよくわかっていなかったのですが、サッカーだけは半年くらいずっと練習してたんです。是枝監督にオッケーを言われても、私が納得いかなくて、「もう1回やらせてください、もう1回やらせてください!」ってお願いして。日が暮れて、これが最後の1回というテイクで、ものすごく気持ちよくできました。実際に映画でそこを使ってくれていたので、粘った甲斐がありました(笑)。

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――田中陽造さんの秘蔵の脚本だったということですが、今、令和という時期に、大正から昭和初期を生きた若者の恋愛を映画化することについてお聞かせください。

根岸:幻の傑作がこの業界のどこかに潜んでいる、という話は聞いていたんです。そして、手に入れて、読んだらものすごく面白く興味深いものだった。田中さんが書かれた時代だと、もう少し生々しいものだったのかもしれないけど、そこから何十年か経つと、ある種時代劇っぽくなっていて。そのことが逆に魅力的で、若者の青春を描いているけれど、時代劇。時代劇の中の青春っていうのかな、そういう新しいものが作れるのではないかな、と考えたのです。

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――時代劇と仰る通り、映画の雰囲気や世界観は現代から見ると新鮮味があると同時に、夢や将来や恋愛に悩み、精神的に病んでしまうことは、現代の若い人にもあることなので、青春映画として今の時代にもフィットする物語です。ただ、3人とも実在した人物ということで、映画化に際し配慮したことがあれば教えてください。

根岸:よく登場人物の少しだけ名前変えたりしますが、そういうことは今回はしていませんし、皆さん故人ですから、直接お話することはできないですが、ご家族などのルートを探して、遠回しに映画化することをお伝えしました。完成してから中原中也記念館の館長さんにも見ていただきましたし、小林秀雄さんのお孫さんにも見てもらって「おじいちゃん、あんなにタバコ吸うんだ」なんていうコメントをいただいて。そういう意味で、映画自体を受け入れていただいたと感じています。

ただ、田中さんは材料を自分で組み立てて、自由な物語を作っている部分もあるので、あまりに史実と違うことは、少しずつ修正しました。もちろん修正すると面白くはなくなりますが、仕方がないことです。あまりに史実とかけ離れることは良くありませんから。

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――念願の広瀬さんを泰子として迎え入れての実際の撮影はいかがでしたか?

根岸:すごく難しい役だったと思います。あのふたりの男は、頭抜けた文学的才能があり、自分たちもそういう才能を持っていると信じていて、なおかつお互いに認め合っています。泰子はその間に挟まって、女優として何者かになろうと、もがいている。でも、こういう言い方は故人に失礼かもしれないけれど、大成はしなかったわけです。

もがいている間に天才ふたりに挟まれて、少しずつ神経が、壊れていくというか……欠けていくんです。そういった人物を演じること、シーンを追って変化していくことをきちんと演じるのは、本当に難しいことだったと思います。でも、すずさんはしっかりとその流れを読み取って体現してくれた。僕はほとんど何も言ってないですよ。時々「右向いて、左向いて」って言うくらいで。

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――広瀬さんがこの作品の撮影中に印象的だったことを教えてください。

広瀬:ワンシーンへの時間のかけ方ですね。なかなか今の映画作りではできない時間の使い方でした。ワンシーンを10何時間もかけて撮って1日が終わる日もあったりで。役に向き合う時間も長いので、肌に馴染んでいく時間も長ければ長いほど、ちゃんと醸成されていく感じがありました。

そうすると、いい具合に3人がずっと噛み合わないんです。全員“個”が強すぎて、温度感も合ってるようで合ってなくて、お互いを直接見ているようで、フィルターが何枚も間にあるような三角関係のズレがありました。でも、それがズレたままちゃんと面白くはまっていく感じ、こういうお芝居もあるんだな……なんて感じて、しかもだんだんそのズレが心地よくなってくるんです。それは、なかなかほかでは体験できない贅沢な時間の現場だったなと思います。

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――長回しなど丁寧に撮られた様々なシーン、またポスターやチラシ、スチルからもわかるように、印象的な場面ばかりでしたが、とりわけ広瀬さんお気に入りのシーンはありますか?

広瀬:ダンスが楽しかったですね。

根岸:練習も含めてね、3人でずっと通ってくれましたね。

広瀬:3人でいる場面が結構好きです。小林の家に行った1日目、荷物を運んだ後のシーンが好きです。すごく独特な、間と圧。なんとも言えない不思議なシーンで、シュールにも見えるんですよね。そこがすごく好きです。

根岸:僕もあの台所で、中也が入るところ。セリフは普通の会話なんだけど、ものすごく微妙な流れが3人の中にあるいいシーンですね。

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――故長谷川泰子さんも、現代のトップ女優の広瀬さんに自身を演じてもらえたことはうれしいのではないでしょうか。広瀬さんは順調にステップアップされ、役柄の幅も広がっていますが、今後目指す方向性はどのようなものでしょうか?

広瀬:こういう風になりたい、と目指すものって全くないんです。想像も夢も特になくて。年齢を重ねていけばいくほど、いろんな役や人に出会えるので、その場その場で楽しいお仕事ができていたらそれでいいな、って思っています。いろんなことが可能になる世界にいるからこそ、何か1つに固執しないんです。

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――今年は、広瀬さんが主演、出演するドラマや映画が目白押しです。いろんな役のオファーが来る中で、選択の基準はありますか?

広瀬:なんか面白そうだな、そんな感覚だけで選んでいます。それが1番自分がワクワクするので。

根岸:最近はいつも新しいことに挑戦しているような選択をしていますよね。「キリエのうた」(岩井俊二監督)あたりからそういう感じがします。この「ゆきてかへらぬ」も含めて、ここ数年、常に新しい彼女を見せてるなあって思いますよ。

広瀬:自分でもお仕事が選べるようになってきたので、ここ1、2年はそうかもしれません。もちろん今まで導いてもらっていたものも嫌いじゃないし、とても楽しかったけれど、だからこそ、1回自分でハンドルをぐるっと反対方向に回したくなったんです。また、そういうタイプのお話が増えたのも嬉しくて。だから、自分がやりたい方向性というより、そういった役をいただいて、素直にウキウキしながらやっている感じです。

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・スタイリスト/丸山晃(Akira Maruyama)・ヘアメイク/奥平正芳(Masayoshi Okudaira)

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