サン・セバスチャンへ、ようこそ : 特集
映画愛溢れた映画はよく見るけど…想像以上の映画愛が
ほとばしる 名作のオマージュに次ぐオマージュに圧倒!
【ウッディ・アレンの集大成】今最も注目を集める街を
堪能 大人の恋が踊る至福のロマンティックコメディ
「映画愛に溢れた映画」というのは、おなじみの宣伝文句ですよね。ですが、名匠ウッディ・アレン監督作「サン・セバスチャンへ、ようこそ」(1月19日公開)の映画愛は想像以上! まさに「映画愛がほとばしる映画」といっても過言ではないんです。
その理由は……アレン監督がこよなく愛する、映画史に名を刻む名作の数々が、映画好きの主人公が見る夢という形でガチ再現されているから! 名シーンだらけのオマージュを通して、名作映画の世界を散歩している気分になれるんです。
舞台は、“世界屈指の美食の聖地”として今最も注目を集めるスペインの観光都市サン・セバスチャン。美しきリゾート地を舞台に、大人の恋が踊る、至福のロマンティックコメディが描かれます。この記事では、映画の魅力とともに、アレン作品を知り尽くす映画評論家・南波克行氏がオマージュを解説。「ウッディ・アレンの集大成」的な逸品、ぜひ味わってみては?
「パリタクシー」に次ぐ、旅行気分を味わえる良作誕生
らしさ全開! “見たい”ウッディ・アレン要素が満載
この項目では、「映画愛」「ロケ地」「集大成」という3つの魅力をご紹介。“見たい”要素がてんこもりなんです!
●【魅力①:映画愛】「ミッドナイト・イン・パリ」的トリップが誘うのは、名作映画のあのシーン予告編でも分かるように、主人公モートは、妻と気鋭の映画監督の浮気疑惑に動揺し、新たな恋の予感に胸を高鳴らせます。
悩みを募らせたモートが見る夢は、目くるめく名画の世界。以下は、高い“再現度”と洒落のきいた“アレンジ”でオマージュが捧げられた映画9作品。ラインナップが豪華過ぎやしませんか?
パリ、ニューヨークなど、世界中の華やかな都市を舞台にしてきたアレン監督。本作で選んだのは、風光明媚なサン・セバスチャン。アレン監督と4度目のタッグを組む名撮影監督ビットリオ・ストラーロが、モートが見るモノクロームの夢と対比して、サン・セバスチャンの街並みを、鮮やかに切り取っています。
【魅力③:集大成】人生に悩む主人公、恋愛のもつれ、ままならない人生…ウッディ・アレンのエッセンスの数々全編にちりばめられた、アレン監督の魅力全開なエッセンスの数々にも注目。アレン監督が自身を投影した、懐古主義者で悩みに悩む主人公。男女4人の交錯する恋心。そして誰もが、現状に満足できず、ままならない人生を嘆いている――そんな切なくもほろ苦い人間模様を描き、まさに「集大成」ともいえる物語に仕上がっています。
【映画評論家レビュー】名作オマージュを徹底解説!
アレン監督作に大きな影響を与えた「夢の映画たち」
名作のオマージュの数々と言われても、「どのシーンに、どの名作が、どんな感じで入っているの?」と疑問に思うかも。そこで、往年の名作やアレン作品に精通する映画評論家・南波克行氏に、本作に入っているオマージュや、アレン監督の過去作への影響を徹底解説してもらいました。
鑑賞前に知れば本編がもっと楽しく。鑑賞後に知ればもう一度観たくなる。そんな“魅惑のオマージュの世界”へようこそ――。
※以下、南波克行氏からの寄稿
●スペインの陽の下で「サン・セバスチャンへ、ようこそ」は温かさに満ちた、くつろぎの作品だ。名匠ビットリオ・ストラーロの撮影が、主人公モートのドタバタを、スペインの柔らかな陽光で優しく包んでいる。
今までのアレン作品の主人公なら、不安に思い詰めて大騒ぎしそうな災難にも、今回はどこか余裕がある。愛するヨーロッパの芸術映画に入り込むモートの性癖が、いいクッションになっているからだ。ここからは、そんなモートが夢見る作品を紹介する。
●夢の映画たち 「8 1/2」「勝手にしやがれ」「突然炎のごとく」劇中で、最初にオマージュが捧げられているのは、フェリーニの「8 1/2」(1963)。かつて人生を横切った人々を、郷愁をこめて振り返る、創作に悩んだフェリーニ渾身の一作とされる名作。モートも同じように、若い頃に出会った人々や、初恋の少女のイメージを見てしまう。アレン自身の監督作「スターダスト・メモリー」(80)は、過去の幻影と共に、創作に悩む映画作家を自ら演じた、「8 1/2」へのオマージュだ。
そしてモートは、白いシーツの中で恋人同士が愛し合う、ゴダールの「勝手にしやがれ」(60)や、男女3人が自転車で疾走する、トリュフォーの「突然炎のごとく」(62)のワンシーンに入り込む。
従来の映画技法を刷新した、ヌーヴェルヴァーグを代表する両作品も、アレンの自由奔放な映画術に強い影響を与えている。特に注目なのは「夫たち、妻たち」(92)だ。二組の夫婦がそれぞれに別の恋を始めてしまうこのアレン作品は、「勝手にしやがれ」が駆使したジャンプカット(場面がいきなり別の場面に飛ぶ)を多用し、「突然炎のごとく」が描いた複数の男女でもつれる恋愛感情をさらに深めている。
●不条理劇「皆殺しの天使」から、甘く切ない恋を描く「男と女」までモートが幻視する豪華な晩餐会は、ブニュエル「皆殺しの天使」(62)の一場面だ。この部屋に閉じ込められ、なぜか出られない男女の欲望が泥沼化する。アレン作品では「影と霧」(92)への影響が大だろうか。この作品はアレン演じる平凡な市民が、なぜか殺人犯扱いされ、否定すればするほど泥沼化する上、街からも出られない不条理劇だ。しかしそんな深刻な内容を、コメディにしてしまうアレンの才能はつくづくすごい。
これら厳しい芸術作を好むモートとしては、甘く切ない恋を描く、ルルーシュの「男と女」(66)を夢見るのは少し意外。とはいえ「男と女」のロマンチックな雰囲気は、アレン作品全体に通じる恋模様の源泉かもしれない。
●敬愛するベルイマン監督 「仮面 ペルソナ」「野いちご」「第七の封印」ベルイマンはアレンがもっとも尊敬するという監督だ。自伝「唐突ながら」によると、彼はかつてベルイマン本人に自宅に招待されたが、畏れ多いと断ったという。真のあこがれとは距離を置く流儀が、何とも彼らしい。
モートが夢見たベルイマン作品は、「仮面 ペルソナ」(66)、「野いちご」(57)、「第七の封印」(57)。2つの顔を並置した独自の構図をキーに、人間の二面性を描く「仮面 ペルソナ」は、アレン作品では「私の中のもうひとりの私」(88)の参照元になっている。「私の中のもうひとりの私」で描かれるのは、常識的な生き方をしてきたつもりだが、知らぬ間に多くの人を傷つけていたことに気付く女性。人の心は一枚岩でないことを考察する傑作だ。
女医との楽しいピクニックでは、「野いちご」に自分を重ねるモートだが、実にこの「野いちご」がアレンの「地球は女で回ってる」(97)と、まったく同じ話なのだ。両作品の主人公は、名誉ある賞の授与式に向かう道中で出会う人々から、自分の人生を振り返る。
そして映画史上でも屈指の名場面、「第七の封印」の死神とのチェス。生死について問答するこの深刻なシーンも、モートがやればどこか可笑しいのだが、この死神はいろんなアレン作品に登場するので、旧作を見る折にはぜひ注目してほしい。
●若き日々の夢がつまったオマージュたちこれらモートが愛した映画はすべて、スタンダップ・コメディアンとして活躍を始めた若きウッディ・アレンが、懸命に将来を探っていた頃の作品だ。きっと未来に心を弾ませて見たであろう、かつての彼の青春の夢、青春の輝きだ。
いつも深刻そうなアレンと違い、笑顔を絶やさず、丸っこい体型が人懐っこいモートは、そんな過去の想い出を表現するのにうってつけの人物ではないだろうか。
ゆるくておおらかな人生の落としどころ。今作はアレンのそんなすてきな境地だ。